2007年 06月

体内への旅

39のパーツで組み立てる4D人体パズル「ヒューマン・アナトミー」を発表

【6月28日 AFP】都内の東京ビッグサイトで28日から開幕した「東京おもちゃショー2007(International Tokyo Toy Show 2007)」で、パズルメーカーのハナヤマが、39のパーツを組み立てて人間の体を完成させる4D人体パズル、「ヒューマン・アナトミー」シリーズの「人間の頭」の新バージョンを発表した。7月から1500円で発売される。
(c)AFP/Yoshikazu TSUNO


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この発表された頭部のパズル、39のパーツから構成されているとのことだが、どのような区分けでパーツ化されているのか興味のあるところである。 おそらく、大脳・前頭葉・小脳などと大まかに区分けされているのであろうが、個々の関係性やら、いまだ解明されていない脳の仕組みを想像させてくれるようなものとなっていたら、とても面白いものであっただろう。 まあ、パズルとしてつくられている以上、そんな部分をカバーする必要はないのであろうし、販売小売価格が1500円ならそこまでは求められるものではないから仕方がない。

しかし、この何倍もの金額設定がされようとも、そしてモノが大きくなろうとも、細部にわたって再現され、その個々のパーツ間の関係性などが手に取るようにわかるのであればとても面白いものになるのではと思う。 もちろん、そのような専門的な人体模型は存在するのであろうが、一般向けにそのようなものがあっても良いと思う。 たとえば頭の痛い時にその模型と対峙することによって、頭のどの部分が痛いのかが解るし、その頭痛の原因が何なのかをパーツの関係性をたどっていくことによりなんとなくだが憶測可能となるのではと思う。 そうすれば、もしかすると頭痛薬を飲まずに頭痛を解消することが出来るかもしれない。 昔から、「病は気から」というではありませんか。 模型を用いて視覚的に体内を想像しやすくなれば、悪い部分に気持ちを集中させることもいくらかは簡単になるだろうし。 セルフヒーリングのためにはもしかすると必需品となるのでは。

もうひとつ、この模型にあって欲しい機能として、「感覚・感情」と人体の関係性を指し示すもの。 もちろん、完全に解明されていない分野のものを形に表わすことは容易ではないはずだが、あえてそこに果敢にチャレンジして貰いたい。 自分の体験として、内臓と感情、そして脳みそは何かしらの形でリンクしている。 ここは譲れない。 精神的につらいときに体は素直に反応を示した。 おそらくどのような形でリンクしているのかは十人十色なのであろうが、その可能性を示す何か、たとえば胃潰瘍などの場合、脳みそと胃腸の間にある神経や血管などをたどることが出来るようなマッピング機能が欲しい。 だからといって、何かが解明できるなどとは思わないが、内部で何が起きているのかを想像することはとても大切だと思う。 脳みその内部、断面図のみを見るだけではおそらく何も解らないであろうが、どこがどのようにしてつながっているかを普段から意識できるようになれば、不安要素も少しは取り除けるであろうし、何よりも想像することが楽しくて逆にわくわくとした感覚に囚われるかもしれない。 病気に対してしっかりとした「対象」を持って対峙することはやはり大事なことだ。

医者や研究者、そしてさまざまな識者が「こうだ」ってきめた事項はおそらくそうなのかもしれない。 しかし、それが全てだとは到底思えない。 そこで、自分のことを別の見地から見たり想像したりすることもまたひとつなのではと思えて仕方がない。 何かしらの確実な解決策とはなりはしないであろうが、そこに働く想像力が実は自分自身にとっての一番の薬となりえるかもしれない。 思ったり、感じたことは体に反映されることだってある。 さっきもあげたが、胃潰瘍にはストレスが一番悪いというではないか。 だったら、逆も然りかと思えてくる。 いいことを考えてそれが体に素直に反映されるのであれば、これ以上にいいことはない。 医者いらずだ。 そのためにもお助けツールとしての模型は本当に役に立つのではないか。 万人にわかりやすく、単純明快な模型。 よく駅前にある地域地図のように、あるランドマークを探すときにリストアップされた項目のボタンを押すと、地図上でその場所が光るあれのように。 中には現在位置から目的位置までの道順もたどって光るやつだってある。 そのようなものがあれば、自分の体内を想像するときにとても役に立つ気がする。

想像するだけでいいのだから、お金も掛からない。 それがどういうことかというと、医療業界に入ってくるお金の流れが止まってしまうことに他ならない。 そうなっては困ることから、今までこのようなものが世の中に出回らなかったのであろう。 政府の陰謀だ!!
ってのは冗談。 だけど、本当に誰かこんなもの作ってくれないかな。 やっぱり自分でつくらないとだめなのかな。 

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登録日:2007年 06月 29日 19:30:08

小さな手

ビュッフェスタイルの食事にサルたちが舌鼓 - タイ

【ロッブリー/タイ 26日 AFP】バンコクの北方約150キロにあるロッブリー(Lopburi)で26日、サルにビュッフェスタイルのランチを振る舞うイベントが行なわれた。観光客を引きつけるために行なわれている毎年恒例のこのイベント。今年は、2千キログラム以上のフルーツや野菜と飲み物が振る舞われた。一年に一日のこのチャンスを待ち望んでいたサルたちは、手を器用に使い、テーブルに並べられた食事を思う存分味わった。写真はペットボトルの飲み物を飲み干すサル。(c)AFP/Pornchai KITTIWONGSAKUL

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都内のあるペットショップでサルを見た。
このサルがどのような経緯でこのお店にたどり着いたのかは判りかねるが、目の前に居たのは確かに小さなサルだった。

ちょっとした用事で立ち寄ったこのペットショップ、店頭には最近人気の愛玩犬や一風変わった猫たちが陳列されている比較的新しい大型のチェーン店舗。 少し重たく、そして体にまとわりつくような甘くて少し臭い、あのペットショップ独特のニオイをかぎ分けて店の奥へと足を運ぶと、鉄製のケージの中で身軽に動き回る小さな生き物が目に入った。 
サルだ。
値札には2歳のリスザルと表示され、価格は約50万円。 正直、この値段が高いのか安いのかその場ではよく分からなかったが、実際のところあまりこの値段で驚くことはなかった(今となってよく考えてみると、しゃれにならない位に高い値段だ!)。 大きさにして大体15センチ位だったと思う。 とても小さな人間のようだった。 いや、人間というより、動くおもちゃの人形に見えて仕方がなかった。 このサルのことはテレビや、雑誌などでは見たことがあるが、あのような至近距離(目の前のケージだったので、触ることも出来る)でのコンタクトは初めてだったので、イメージしていたものとはかなりかけ離れていたというのが正直な感想。

しかしこのサル、見れば見るほど面白い生き物ではないか。
ひょうきんな表情ももちろんそうなのだが、自分の興味をもっとも惹いたのが「手」。 
全身体毛に被われているのだが、手足だけには一切毛がなく、地肌が露出している。 毛が生えていないせいで、その肌色の地肌が露出する手足の動きがよく見え、そして見れば見るほどにその活用方法が人間のそれと酷似しているのが見て取れる。 よく言われることだが、やはり霊長類の「手」を特徴付ける親指の存在がポイントなのであろう。 「手」でモノを「つかむ」行為があれほどまでに印象深いものだとは、この歳になるまで考えもしなかった。 

ケージの下に敷き詰められていたおしっこを吸収するための紙製のペレット。 どうやらこれらのペレットは小さな短冊状の紙が巻物のように巻かれて出来たものらしいが、なんとこのリスザル、おもむろにそのペレットをひとつ掴み、それを上手に解いていくではないか! 左手でペレットを掴み、右手で紙の端を引っ張りするすると解く。 あたかも時代劇の中の1シーン、殿様の前に座り巻物を読み上げる忍者のように。 サルの左手にはペレットが乗せられ、それを押さえる親指で握力をコントロール、「軽く」掴むという行為を行っているのだ。 日常では当たり前となっているこの行為ではあるが、正直驚いた。 別に人間以外の生物がこの行為を軽くこなしていたからではない。 この行為自体に対する自身の無知ぶりに驚き、それをまざまざと見せ付けられたことに驚いたのだ。 長年生きてきたが、こんな衝撃は稀としか言いようがない。 

リスザルの手の大きさは(手首から指先まで)、大体3センチ弱といったところか。 人間のそれと比べるとかなり小さいのだが、つくりはほぼ同じように見えた。 ただのスケールの違いなのだが、そのスケールの違いが実は大きいのだろう。 というのも、逆に人間の手よりも大きかったりすると、それはまったく違う感想を与えるものとなるであろうし、小さかったからこそ「観察行為」につながったのであろう。 3センチ程の小さな人間の手(実際はサルの手)が目の前で通常通りに機能していたらどうだろう? おそらく、誰しもが見入ってしまうと思う。 そして、よく出来たおもちゃの手が自身の意思で勝手に動きまわる様を見て、少しぎょっとすると思う。

よく、「視点をずらすと、新しい発見がある」などとは言われるが、「視点がずらされたら、これまた新しい発見がある」とは言わない。 言わないのだから聞いたこともないのは当たり前なのだが、実際に体験してしまったのであるから、実際はどっちもアリなのであろう。 まあ、これもまた視点をずらすことに他ならないのであるが。

Art of 小さな手
自分の人差し指を握るサルの小さな手
あまり暖かい手ではなかったが
それはとてもやわらかく、優しい感触だった

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登録日:2007年 06月 01日 03:11:26

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