2007年 07月

幸せ

中国貴州省で少数民族の伝統的な結婚式

【7月23日 AFP】中国南西部の貴州(Guizhou)省黔西(Qianxi)で19日、少数民族プイ(Buyi)族の伝統的な結婚式が行われた。同日は旧暦の6月6日にあたり、プイ族の伝統的な休日。新郎新婦は雲南(Yunnan)省昆明(Kunming)の大学で出会い、ともに美術を学んでいた。(c)AFP

AFPBB News


結婚の「婚」の字を調べてみると:

婚は「女+音符昏(コン)」で、古代は夜暗くなって結婚の式を営んだので昏(くらい)を含む
とある。

「黄昏(たそがれ」」の意を持つ「昏(くらい)」、が昔の慣わし―日が落ちてから結婚の儀式を行う―を表わすという。 
暗くなってから結ばれる。 字のごとくなのだが、よくよく考えてみると何だか微妙なニュアンスを感じるのは果たして自分だけなのであろうか。

で、結婚したこの中国の2人、とても幸せそうではないか。 見ていて本当にほのぼのとした気分になってくる。 見て解るとおりに、まだ日もある内に式を行ったようなので、はじめに書いたような微妙な感じは皆無である。

先日、ひょんなことから結婚にまつわる話を聞いた。
男と女の相性についての話だったのだが、惹かれあう2人の間に走る電撃的「スパーク」は、最長でも5年位しか持続しないという。 その後は、どうあがいても情熱は冷める方向に向かうらしく、そうなる前に何とかしないといけないらしい。 もちろん何とかするとはその「スパーク」的エネルギーを他の形に置き換えること。 このお話をしてくれた人によると、その変換先には、「友情」「愛情」などのなにかしらの「情」が当てはまるらしい。 恐ろしいことに、その変換努力を怠ると、その先には崩壊以外何も残らないという。

崩壊した際、その影響が当事者2人だけに及ぶのであれば、ダメージは最小限で済む。 もちろん、寂しかったり、苦しかったり、つらかったりもするだろうが、それはあくまで当事者2人の問題にとどまり、努力を怠った結果だと諦めることも出来るであろう。 しかし、もしそこに子供の存在が介入するとなると話はまったく別の方向に進み始める。

もちろん未来のことなど誰にもわからないし、ましてや「情」を育むことなど、「こうすればうまく行く」といった方程式も存在しないので、手探りで努力する以外に方法は無いのだろう。 たとえば100組のお付き合いをしている2人が居るとすると、おそらくそこには100通りの「ベスト」なやり方が存在するはずであろうし、もしそれが1億組だったなら、1億通りとなるはずである。 どちらにしろ、幸せを掴むためには何かしらの努力が必要なのであろう。

今、この文を書いている横では幸せそうにネコが寝ている。 そして、反対側にはイヌも。 この子たちを幸せにしてあげるために何をしてあげればいいのだろうと、考えることがよくあるが、そんな偉そうなことを考えてはいけないのかもしれない。 まずは、自分たちから幸せに、というのも間違いのような気がする。 おそらく、全て平行に、同時進行で進めることが不可欠なのではないか。 そこには、インテンションとしての気持ちではなく、あくまで自然な流れから来る「幸せの空気」が漂っているのが不可欠となるのだと思う。 

結局のところ、何をどうしていいのかは何もわからないが、「努力とは努力にあらず」とのスタンスを取ること意外に方法は無いのかもしれない。 「何」かをする、もしくは「何」かをしてあげるのではない。 唯一できることは、気持ちをいつもそこに「置いておく」以外には何もしなくて良いように思える。

この中国の新婚さん、お互いの表情にその「気持ち」が良く表れているじゃないですか。 おそらく、この2人には幸せが訪れるんだろうな。


Art of 幸せ
Artと同じで幸せにも方程式は無いようだ

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登録日:2007年 07月 31日 18:52:12

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