2005年、マクラーレンを最も悩ませたエンジニア
【バレンシア/スペイン 31日 AFP】F1・バレンシアテスト1日目。世界ロードレース選手権シリーズ・MotoGPクラス5連覇を含む通算7度の世界王者に輝いているバレンティーノ・ロッシ(Valentino Rossi)は、初のF1合同テストに臨んだ。ロッシはウェットコンディションのコースにフェラーリ(Ferrari)の新車、248F1で挑んだがコースインした周にスピンオフを喫してしまい、タイム計測なしに終わった。(c)AFP JOSE JORDAN
チーフデザイナー、ロリー・バーンの空力開発面の右腕として1998年~2003年までのフェラーリ復活~黄金時代を支えたのはニコラス・トンバジスであった。彼がキャリアアップを切望し、よりマシン全体の開発に責任を持つ地位を期待してマクラーレンへ移籍したのは2004年の4月頃であった。
■空力スペシャリスト
2006年2月現在、ミハエル・シューマッハが獲得した計7回のドライバーズチャンピオンシップのうち、6回はニコラス・トンバジスがチーフエアロダイナミシストとして手がけたマシンによるものである(94、95年:ベネトン。00-03年:フェラーリ。)この計算には2004年のタイトルはカウントしなかった。彼は2003年の中頃に故国ギリシャの兵役に就くためにフェラーリを離れているため(そしてそのままマクラーレンへ移籍したため)、2004年型マシンである“F2004”の空力開発にはほとんど貢献していないからである。(F2004の空力開発の総括はチーフデザイナーのロリー・バーンが兼務した )
■チーフデザイナーへの道
しかしトンバジス加入の2シーズン前に、マクラーレンには破産したアロウズからマイク・コフランがチーフデザイナー(正式には“Head of Vehicle Design”)として加入しており(2002年9月)、それまでチーフデザイナーであったニール・オートレイが新設されたエグゼクティブ・エンジニアリング・ディレクターに昇格してコフラン以下のシャシー・デザインチームを統括していた。
■技術の専門化と分業化
技術が専門化するに従って一層分業化が進んでいる今日のF1デザインチームにおいて、エアロダイナミシストとしての実績しかないトンバジスがマシン全体の実質的なデザインに責任を持つ「チーフデザイナー」に抜擢されることは難しい。特にトンバジスが移籍した時期のマクラーレンは厳密に任務と責任範囲を定めた独自の人事システムである通称「マトリックス・システム」が動き始めた後だった。しかもマクラーレンにはコフランだけでなくその部下にもマーク・ウイリアムスなど実務派が揃っており、内部異動でトンバジスがチーフデザイナーになれる可能性は非常に低いと言えた。
■チーフデザイナーに必要な資質
確かにエアロダイナミシストがチーフデザイナーやテクニカルディレクターに抜擢される時代があった。例えば2001年は11チーム中、5チームのテクニカルディレクターがエアロダイナミシスト出身であった。ネジ一本デザインしたことのない空力エンジニアでもマシンデザインの総責任者に就任することが珍しくなかったのである。トンバジスがフェラーリからマクラーレンに移籍する際に抱いていた将来像とは、ウイリアムズ~マクラーレンのアドリアン・ニューイやベネトン~トヨタのガスコインらと同様のキャリアであったろう。確かにトンバジスがベネトン~フェラーリで残した実績は、ニューイやガスコインに劣らないものである。しかし彼らはより小規模のチームで何年もチーフデザイナーを経験しており、トンバジスの行動はいささか性急過ぎた。
■頭を抱えるマクラーレン
比較的小規模の下位チームなら、トンバジスをチーフデザイナーとして迎えるところもあったかもしれない。しかし「大企業」のマクラーレンでは事情が違った訳である。マクラーレン・レーシングのCEOであるマーティン・ホイットマーシュは「F1以外」ではあったが、トンバジスの望みをかなえるポジションも提示したようである 。1995年にルマン24時間を制覇した究極のロードスポーツカー、McLaren F1を開発したマクラーレン・カーズ社のチーフデザイナーの地位である。現在はメルセデスSLRの製造を担当しているだけの同社だが、2005年初頭にチーフ・デザイナーであったゴードン・マーレイが突如退職してフリーランスになっていたのも好都合であった。
■マクラーレンの頭脳流出
2004年は空力部門の実務者として翌年タイトル獲得寸前まで争ったMP4-20の開発に貢献したトンバジスであったが、2005年はチーフデザイナー職を求めるあまり、ビークルプロジェクト・ディレクターというF1デザインの本流から離れた名前だけの管理職に持ち上げられてしまった 。ホイットマーシュにしてみれば頭脳流出を避ける苦肉の策であったわけだが、トンバジスの神経を逆なでする結果となり、このF1界きっての優秀なエアロダイナミシストがマクラーレンを離脱することが決定的となった。
■騒動はフェラーリ人事をも動かす
2005年のトンバジスの動きは間接的にフェラーリのテクニカルスタッフの人事をも玉突き的に動かす原動力となった。フェラーリのチーフデザイナーであるロリー・バーンが2007年シーズン以降はチーフデザイナーを続投せず、ステップダウンしたコンサルタントという形で長期プロジェクトを統括することになり、後任にはバーンの薫陶を受けた「正統後継者」であるアルド・コスタが決定した。フェラーリ一番の心配はバーンの空力パッケージング能力が失われることであったが、このコスタの弱点ともいえる領域をマクラーレンからトンバジスを迎え入れることで補強することに成功し、バーンの引退後の体制としてはほぼ完璧な陣容になったわけである。
■トンバジス、新天地でチーフデザイナーに
トンバジスの新たな上司となるコスタの職名はまだ不明だが、トンバジスには「チーフデザイナー」の肩書きが与えられ、彼の功名心も最高の形で落ち着き所を見出せたわけである。実質的なデザイン統括はコスタが担い、トンバジスはチーフデザイナーの職務の実際をコスタから学びつつ、フェラーリから最も期待されている分野であるシャシーデザインと空力開発プログラムとのコーディネイトをメインに行っていくことになるだろう。
コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2006年 02月 07日 23:55:30
コメントを追加
Trackback
この記事に対するトラックバックURL:
- プロフィール
- 久慈 護
- (男)
- ■現在の職業:図書館職員。
■経歴:米国留学中にパイロットライセンス取得(ME+Inst.)。商船大学を経て、東大先端研で英国モータースポーツ工業を研究。
■得意ジャンル:英国モータースポーツ工業史、「のりもの」全般。IT。スタジオジブリもの。
■ひとこと:キャリア形成や自己実現において、「個」の力だけの徒手空拳でどこまでできるのか、ということに大変興味があります。
■連絡先:kuji_f1@yahoo.co.jp
■原稿依頼はお気軽にご相談ください(^^)
- 最近のエントリー
- [06/11] Red Bullを離れるアガサンジェロウの去就
- [06/10] ホンダRA107の基本設計を再確認する
- [06/03] Renaultが英国内のF1エンジンR&D部門を閉鎖
- [01/31] F1デザイナー/エンジニアになりたい方たちに(最終blog)
- [01/12] スパイカーがエアロラブ社の風洞を使用すると発表
- [01/05] NPL風洞とスーパーアグリ
- [12/25] PANOZのチャンプカー・シャシーについて
- [12/18] BMWザウバーの空力部門とCFD設備
- [12/11] Paul White Draughting Ltdについて
- [12/04] ジョン・デイビス博士がローラのテクノロジー・センターのマネージャーに。
- 最近のコメント
- [06/18] Red Bullを離れるアガサンジェロウの去就 横山 充
- [01/31] F1デザイナー/エンジニアになりたい方たちに(最終blog) 晴天
- 最近のトラックバック
- カテゴリー
- モータースポーツ、F1 [31]
- お気に入りリンク
- 検索