空力エンジニアの休日
【バレンシア/スペイン 30日 AFP】F1、ウインターテスト。今季から新たにフェラーリと契約を交わしたフェリペ・マッサ(Felipe Massa)は、タイヤの開発プログラムを中心にバレンシア・サーキット(Circuit de la Comunitat Valenciana Ricardo Tormo)を95周走り、ベストタイム1分13秒165を記録した。(c)AFP
“busman's holiday”という言葉があるが、昨年までBARのシニア・エアロダイナミシストだったウィレム・トーエもそんなエンジニアだ。休日には英国ヒルクライム選手権に参戦し、しかもただエントリーしていただけでなく、本気でタイトルを狙う有力なエントラントだったのである。
■F1エンジンを所有
トーエは昨年までの英国ヒルクライム選手権でJUDDのEVエンジンを使用していた(シャシーはPilbeam)。このEVはご存知1989年にデビューしたF1エンジンで、当時レイトンハウス・マーチのチーフデザイナーであったアドリアン・ニューイの求めに応じてV型の挟み角を76度に狭めたものである(前年までのCVは90度)。トーエのEVはヒルクライム用にロングストローク化し、4リッターまでボアアップされている。このあたりがモータースポーツ文化の断層を最も感じるところであるのだが、トヨタやホンダのエンジニアが自分の稼ぎ(とスポンサーマネーで)F1エンジンを所有して実戦でブン回している等という話は寡聞にして知らない。
■EVエンジン売却の裏には何が?
今年始めにトーエがそのEVエンジンを売りに出しているという情報を目にしたときには、目下のところ同選手権を3年連続で席巻しているニコルソン・マクラーレンのNME-V8エンジン(1992年にCARTで使用されていたコスワースXBエンジンをベースにしている)に対抗できる秘密兵器をトーエが手に入れたのだと胸が躍った。なにせ同選手権には2000年にARROWSが使用していたHARTのV10エンジンとギヤボックス(ジョン・バーナードがデザイン)を搭載したマシンまであるのだから。しかもそのシャシーはロータス79等で有名な、かのマーチン・オジルビーのデザインであったりするのである。
■トーエ、BMWザウバー移籍
しかしそれは深読みのし過ぎであったかもしれない。トーエが“EV”を売りに出しているという情報と前後して、彼がBARのシニア・エアロダイナミシストを辞めたというニュースも入ってきた。そして間もなく、1月も中頃にはトーエのBMWザウバー移籍(空力部門の責任者として)が報じられた。つまりこういった考え方もできる。トーエのEV売却はスイスのヒンヴィルに自社風洞を持つBMWザウバーに移籍することの前兆であったと。さすがにスイスと英国を行き来してヒルクライム選手権を戦うのは現実的に思われない。空力エンジニアとして20年を越えるキャリアを積んできたトーエも、さすがにそれが許されるほどの大物エンジニアではない。
■BMWザウバーで進む空力部門拡張
スイスに拠点を置くという地理的な問題から優秀なエンジニアをリクルートすることは容易ではないBMWザウバーであるが、目下3シフト体制で最新式の風洞を運用できるよう、空力部門のスタッフ拡充に力を入れている。今回のトーエ獲得であるが、「ウィレム・トーエ」の名前がメディアに出てきたのは1994年末にベネトンからフェラーリへ移籍(Head of Aerodynamics)した頃からである。マラネロでは空力開発、CFD、そして(当時の)新風洞建設の責任者を務めていた。また、1999年にBARに移籍(Senior Aerodynamicist)し、最近では2004年末に建設を始めて今年の夏には本格運用が予定されているBARの風洞2号機の建設に深くかかわっていた。
■トーエに立った白羽の矢
このようなトーエのキャリアはBMWのマリオ・タイセンが求めていた風洞実験、モデル製作、モデル設計、CFD・・・それら全体を統括運営する「空力開発のコーディネイター役」そのものだったと言えよう。トーエ加入によって、ザウバー時代から空力部門を支えてきたシーマス・マラーキーを雑務から開放し、より開発に集中できるバックアップ体制が構築されるはずである。
■余録:フェラーリでトーエの後任だった者の現在
ちなみにトーエと入れ替わるようにしてマラネロのChief Aerodynamicistになったのが4月にマクラーレンからチーフデザイナーとしてフェラーリに出戻りすることが決まっているニコラス・トンバジスだ。面白いものである。
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登録日:2006年 02月 17日 14:45:42
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- プロフィール
- 久慈 護
- (男)
- ■現在の職業:図書館職員。
■経歴:米国留学中にパイロットライセンス取得(ME+Inst.)。商船大学を経て、東大先端研で英国モータースポーツ工業を研究。
■得意ジャンル:英国モータースポーツ工業史、「のりもの」全般。IT。スタジオジブリもの。
■ひとこと:キャリア形成や自己実現において、「個」の力だけの徒手空拳でどこまでできるのか、ということに大変興味があります。
■連絡先:kuji_f1@yahoo.co.jp
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