2009年 10月

国葬メルセデス・ソーサ



各界の著名人が次々と葬儀を訪れ、クリスティーナ大統領も公務先から駆けつけられていました。その際にアタワルパ・ユパンキのトゥクマンの月を入場者全員で歌われていました。時折、ふいに彼女が歌う名曲が歌われ、そんなシーンをテレビで繰り返し見るたび、こみあげてくるものがあるのですが、実際に彼女の遺体に遭遇した際は何ともいえない安心感というか、、平穏な気持ちに包まれました。哀しみよりもホッとするというか、、本当に幸せそうに眠られている、、医師の話では彼女の希望で延命のための処置は敢えて行われなかったそうです。静かに旅立ちのときを待っていた、、そんな表情にトテモ癒されました。今日は日曜日だったので午前中に葬儀の列は100mほどで1すぐに入場することができました。夕方から列はドンドンと長くなり、現在深夜12時ですが、1kmほどの列が国会議事堂の周辺にできています。明日10時に訪問受付を終了、チャかリータ墓地で火葬され遺灰はチャカリータ墓地と彼女の故郷トゥクマン、2ヶ所におさめられるそうです。

Mari Sano

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登録日:2009年 10月 05日 12:19:25

追悼メルセデス・ソーサ



早朝5時15分、10月4日、メルセデスソーサさんが亡くなられました。葬儀が12時より国会議事堂のSalon Paso Doradoで行われます。今日はエスコバールの花フェスタに友人と出掛ける予定だったのですがキャンセル、2丁先の国会議事堂にこれから出掛けるところです。98年アルゼンチンで再び暮らすようになった際、まず彼女のCD「Mercedes Sosa 30anos メルセデスソーサ30年」を購入、毎日のように聞いていました。そのアルバムにおさめられた20曲で大きなラテンアメリカの音楽地図を深く心に描くことができました。アルバムを通して聞くと元気と力が沸々と沸いてくる。ラジオをつけると彼女の声、ベネズエラで落ち込んでレコード店に入ると彼女の歌声、、常に彼女の声に元気と感動を頂きました。タンゴ歌手のフリアセンコが亡くなる直前の病院前でのインタビューで話していました。「世界の何処にいっても彼女のレコードのストックに遭遇する、世界中の多くの家庭に1枚は彼女のレコードがあることでしょう」 音楽仲間の多くが彼女と共演、もしくは繋がりのある人ばかり、、数多くのソレゾレの哀しみを想っています。日曜日の今日、葬儀には多くの方が駆けつけられることと思います。心よりご冥福をお祈りすると共に、感謝そして大きな大きな拍手を今1度。

Mari Sano

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登録日:2009年 10月 05日 07:41:34

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プロフィール
Mari Sano
Mari Sano
1968年06月17日
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Mari Sano Diary はちどりの庭
著者・Mari Sano (佐野まり) シンガーソングライターとして全国154ヶ所で公演後、拠点を南米へ移し、98年よりアルゼンチン・ブエノスアイレス在住。独自の舞台「踊るチャランゴ」制作、数多くの音楽賞受賞。写真、報道、剣道に携わり、自由、創造、友情のシンボル・ハチドリをテーマに、相棒・青ボウシインコ・MARIOと共に活動中。現在、日本のテレビ番組「グッド地球便」による取材ドキュメンタリー「アルゼンチン・チャランゴ奏者 娘に届ける亡き父の想い」が全国で放送中。
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