2007年 12月
ネパール暫定議会、王制廃止を正式決定
【12月29日 AFP】ネパール暫定議会は28日、王制を廃止し共和国を宣言することを正式に決定した。
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(c)AFP
現在のネパールの「グルカ王朝」がカトマンドゥを征服して王位についたのは1768年。
ゴルカの辺りにいたアーリア系の武士カーストのサハという一族が、カトマンドゥに進入し、ビルマ語系のネワール族の王朝を倒して新王朝を立てた。
しかしそれでも、生き神少女「クマリ」(ネワール族から選ばれる初潮前の少女)による承認の儀式を経て王位についたということ。いくら侵略王朝でもこれをしないとカトマンドゥの人々からは王として認められない。
タイの現王朝、チャクリ王朝が謀反によって王権を奪ったのが1782年だから、タイ王室より少し歴史が古いということになる。
アジアの王室がまた一つなくなるのは残念ではある。白人のアジア支配の常套手段は、まず現地王室を排除する、現地の王家一族を滅ぼしてしまうということだった。
しかし、先代のビレンドラ国王ならともかく、ギャネンドラではなあ、というところも確かにある。
それをいえばタイも明らかに明日はわが身だろう。
もっといえば畏くもわが御皇室とてまったく試練を免れているとはいい切れないのだ。
ちなみに、タイの現チャクリ王朝によって倒されたトーンブリ王朝は完全に中国人だった。トーンブリ朝のタークシン王は「潮州系中国人の子で、父親は賭博場で税徴収をしていたと言われる。」(ウィキペディア)。ビルマの侵略に乗じて華人の勢力を集めアユタヤ朝を乗っ取ったようである。
現チャクリ王朝ラーマ1世は謀反によって王位を簒奪後、中国(清)から「シャム国(タイ国)の新しい王鄭華(ラーマ1世)は、父タークシン王の意志と遺領を受け継ぐことを認める」という許可を得て王位についた。つまり現在のタイ王室も中国の柵封を受けた王朝だということ。要するにアジアの万年属国の一つ。
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登録日:2007年 12月 29日 14:55:04
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