英語上達のヒント①


英語は勉強しないほうが上達すると説く語学の指南書をときどきみかける。これについての私の個人的な見解には、そのとおりだし、そのとおりでもないという両方の側面がある。帰国子女やバイリンガルは別格として、文法だとか慣用句など基本になる部分については、ある程度は意識して勉強したほうがよいだろうと思う。知識の引き出しは多いほうが便利だ。いざというときになんとかその引き出しを開けて、その中のものをつなぎあわせればかたちになっていく。勉強は外国語の読み書きに役立つ。文法をだいたいはマスターして、次の応用段階としては語彙がとても重要になってくるが、この語彙ばかりは、なんとなく生活しているだけではなかなか身につかない。やはりこまめに調べたりメモをとったりなどのインプットの作業は必要だろう。

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けれどもコミュニケーションの技術については、勉強が大きな効果を発揮するとは限らない。教科書を暗記しても完璧に実践できるわけではない。色々なケースをとにかく数多く経験すること、そのうちにおこる些細な、あるいは強く印象に残った出来事とか、何かと反復して起こる出来事が積み重なっていくうちに、外国語を通した自分なりの表現方法が少しずつ増えていく。もちろん最初から一気にその階段がのぼれるわけではない。根気よく脳みその回路がつながってくるのを待たねばならない。

「英語(または外国語)の読み書きはできるけれども、話すことができない」という人をよくみかける。おそらく読み書きと発話の間を邪魔しているものの一つが、母国語と外国語との常識のギャップだ。

例えば、日本語を勉強している英語のネイティブスピーカーで、「わたし、あなた、彼、彼女といった主語をフレーズの冒頭に入れないのは失礼な感じがする」というのを何度か聞いたことがある。主語がないと文法が成り立ちにくい言葉を母国語にしているせいもある。けれども日本人としては、いちいちすべてのフレーズにそうした主語を入れられては、逆にしつこい感じがするし、そもそも日本語は主語がなく、動詞が変格しなくても文法が破たんせずに、コミュニケーションもだいたい成り立つ。このことに「主語」にこだわる英語スピーカーたちは依然として腑に落ちない様子で、主語をやはり「英語の文法通りに」使いがち。かなりレベルの高いところまできているけれども、まだ母国語の常識が外国語の常識ではないということを、頭では一応わかったつもりでいても体では理解していないのだろうと思われる。

100%正しくしなければならないとか、習ったとおりに従わなければならない、という先入観だとか性格的なプライドは、上達するうえでの壁になる可能性がある。「身につける」とは、この常識の壁を一つずつ崩し取っていくことでもある。かくいう私もそんなことを何度も経験したし、多少英語を扱えるようになったいまでも、これから先ずっと終わりはないように思う。

ちなみに世界では色々な種類の英語が話されているので、英語の中でも常識のずれがあることも知っておく必要があり、代表例で英語と米語にそれなりの隔たりがあるのは周知の通り。それは日本国内でも東京と大阪の言葉はあきらかに異なるが、同じ日本語であるのと同じことだ。他の言語でも同様である。もちろん勉強はそこそこに、言葉も世界中にひろがる人々がつくった文化と楽しみつつ長いおつきあいをしていく。そうすればいずれふっと頭の中に、自然にその言葉が口から出てくるようになるかもしれない。

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登録日:2009年 11月 02日 11:21:08

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福嶋 美香
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◆経歴:ふくしまみか
ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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