向日葵の咲く頃に
<イスラエル軍進攻>戦火を逃れた家族に会うため、山道を裸足で数十キロ - レバノン
【ティール/レバノン 12日 AFP】レバノン南部から避難した子どもと孫に会うため、レバノン人漁師、Sami Meslemaneさん(75)は、地中海沿いの曲がりくねった山道を数十キロ裸足で歩いた。
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(c)AFP/BEATRICE KHADIGE
3歳のころ、8月生まれの私に5月生まれの弟ができた。生まれたばかりの弟が赤ちゃん用のベッドに寝ているのを、ガラス越しから背伸びをして一生懸命見ようとした。弟はとてもはかなげでちっぽけでかわいらしく見えた。私には姉がいて、すでに妹という立場を経験していたけれど、今度はお姉さんにもなるわけだから、なにか特別なような気がして胸がわくわくした。新しい家族が出来た。これが私の生まれて初めての記憶である。
...
それから後、子供から大人になっていくにつれて、記憶は瞬く間に増えていく。
子供時代をすごした70~80年代は、まだかろうじて昔ながらの日本の姿が残されていた時代だった。多くのお年よりは着物を普通に着て暮らしていて、仏壇の世話をしていて、いつも会話の中に「センソウ」という言葉がきかれた。「センソウ」というものがとてつもなく理不尽で、人一人の手にはおえないことを子供ながらに感じ取った。
小学生のころ、教室には絵本や簡単な児童用の本が蔵書としておさめられていた。その中にどうしても自分からさわりもできない分厚い写真集があった。「ゲンバク」という名の爆弾にあった人たちの凄惨な写真の数々。こんな出来事が実際におこった、ということはとても信じがたい気がした。しかし目をそむけても事実というものはかわりようがないということも、また事実でしかなかった。
ある高齢の先生が、防災訓練のときにごく自然に、「防災頭巾」ではなく「防空頭巾をかぶりなさい」と子供たちに指導した。「防災頭巾」も「防空頭巾」もなんら違いはない、そんなような口ぶりだった。そんなことがたびたびあって、体育館で行われる「映画鑑賞会」で、体育すわりをしながら「ガラスの林檎」を見たときに、話の中で人々が私たちと同じ「防災頭巾」と同じ形をした「防空頭巾」をかぶっているのに気づいた。飛行機が空を飛び、爆弾がヒューヒューと音をたてて街中に投下され、人が沢山死んだ。
10歳になり、10年という時間を改めて考えてみて、歴史が世の中に終わりなく存在するということを知り、センソウが私が生まれる「つい」30年前までおこっていたということをあらためて数え、子供ながらに驚愕した。本で読んだり見聞きする以上に、センソウの事実は想像をこえていた。「ガラスの林檎」の映画で見た東京の焼け野原から、「太陽にほえろ」の石原裕次郎が闊歩する、大きなビルが立ち並ぶ大都会に変貌を遂げるには、もっと長い時間を要しているように感じられたからだ。
30年は短いのか長いのか。センソウが終わってから私の存在がこの世に出るまでに約30年。そして私が人としての記憶を持ってから約30年。いずれも同じ30年の年月、世の中はめまぐるしく変化して、「あの」センソウのことは人の記憶のかなたにごくゆっくりと、少しずつ、少しずつ遠ざかりつつある。
着物姿で縁側に座り、センソウを遠い目で語るお年よりたちも数少なくなった。人生で初めて「記憶」した生まれたばかりの小さな弟も、いまはもう立派な父親となった。戦いを知る世代、知らない世代。いつの世も、この世代交代の流れの中で歴史はよどみなく続いていく。
季節はめぐり、肌身に触れて生きていることを知り、命の意味に思いをめぐらす。毎年、夏になると向日葵が陽の光を追い、緑が一年で最後の栄えをみせ、セミが歌い、盆の花が静かに咲き乱れる。そんな日本という国の美しくも儚い季節に、私は生まれた。
それでも世界からは毎日のように戦争や紛争、テロのニュースが届く。人は涙を流し、命は露となり消えていく。争いにかかわるすべての要素への糾弾と警鐘は鳴り止むことがない。正義と称して撃ち、撃たれる、撃ち返すことの一体どちらが善でありどちらが悪であるのかという懐疑はいまだはらんだままだ。
カテゴリー[ 徒然 ], コメント[2], トラックバック[1]
登録日:2006年 08月 15日 00:46:26
コメント
奇しくも8月15日の昨日、「向日葵の咲く頃に」を拝見。自分の人生と歴史の流れとのかかわりの中での戦争を論じて、格調高く、いい文章だなと感じた私は早速ご返事を詳しく差し上げたのですが、ジョギングに出かける前に今朝開いたパソコン画面からそれは消えてしまってました。私のパソコン操作上のミスだったかも知れません。
同じ文章を再度というのもしんどいので割愛しますが、前の大戦のことは、充分な検証がされずに、ワンパターンのマスコミ好みの「歴史認識」なることばを中心にして軽薄な論調が世に出回っていることに、ひごろから私は「不快」と「危惧」の念を
いだかざるをえないで現在に至っております。
昨日の読売新聞は前の大戦を「昭和戦争」と呼称し、特に「戦争責任」の所在についての詳しい検証を試みておりましたが、これなどは比較的良心的に整理されたものだと感じます。
ただ、戦争責任は、当時の人々の力不足や勇気や信念が全体としてプアであったことや戦争抑止力として機能しなかった社会システム上の未熟さやお上への日本人全般の弱さみたいなものがあったことを考えると、責任の大半を東条英機や軍部官僚のせいにするには難点があるようにも思います。当時のマスコミの軍部への迎合主義は恥ずかしいぐらいの醜態でしたが、
それらに対するマスコミ側の真摯で痛烈な反省はないようにも感じます。
いずれにせよ、古代よりおろかな戦争を人類は繰り返してきました。現在もそうです。
静かな「向日葵の咲く頃に」の文章に触れて、ワンパターンで硬直した戦争論を展開しないでも済むしばしのこころのゆとりを持つことができただけでも幸せと思うべきかも知れません。
それにつけても、前の大戦で亡くなった多くの戦士に先ずは素直に哀悼の意を表したいと思います。
名画「ひまわり」でのソフィアローレンの悲しい名演技を思い出すたび、それの数万倍の悲劇と惨状がいまだに繰り返されている人間のおろかさに改めて思いをいたすのは私だけでしょうか。
Y.F. @ 2006年 08月 16日 05:00:10
戦争のこととなると、日ごろはおとなしい日本人も
途端にナーバスになり、筋のとおらない感情的な主張や
自国・諸外国批判、
自己憐憫のオンパレードになりがちですね。
主義主張を無理強いしたり悪口をいってそのままであることと
正確に理解して、冷静に学び、
今後のよりよい世の中につなげようとするのは
根本的には違うと思います。
投げやりになることがケジメであるわけでもありません。
ですからマスコミの扱う言葉の危険さ、そして
コンセンサスをつくりやすい日本文化の風土の中で
YFさんがコメント中で示唆された「危惧」は
私の心中にもおおいにあります。
お国・外交のことは、やはり政治(あるいは経済)に
よって動くものですが
その動きの後押し、あるいは種まきをするのは
一般によるところもおおいにあるとおもいます。
混沌とした世の中、ひとりひとりの自覚の重さがいかに大切か
思い知らされます。
mika @ 2006年 08月 17日 03:39:27
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空からみた侵攻の傷痕。 戦闘が行われたその場所に、どれだけの“生活”と“笑顔”があったのだろう。 ミサイルなんだか、鉄砲なんだか、爆弾なんだか、どんな武器をもってこの土地を攻撃したかは知らない。侵攻の理由も知らない。歴史も、事情も知らない。...
date:2006年 08月 28日 02:40:57
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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