アムステルダム滞在記 DAY-1
DAY-1
9th April 2010
アムステルダム再び
4月中旬、休暇でアムステルダムへ飛んだ。欧州便でいつも使っているのがKLMなので、アムステルダムにはこれまで何度降機してきたかわからない。けれど意外にも、アムステルダムその街には、いまから10年ほど前に仕事で一度訪れたのみだ。今回は英国のイーグルバーガー先生と、スキポール空港で待ち合わせ。イーグルバーガー先生は小型機でものの40分くらいという目と鼻の先ノーリッジからやってくる。わたしははるばるシベリアを越えてアムステルダム入りした。
わたしのほうが少し早く到着していたので、先生が出てくるはずのゲートを確認して待っていたが、なかなか姿が現れない。ひょっとして飛行機に乗り遅れたんだろうかとちょっと心配になる。すると、しばらくしてアナウンスが。「トーキョーからきたミス・ミカ・フクシマ・・・・」。おや、わたしの名前が呼ばれてるなぁ・・・そう思ってベンチから立ち上がり歩きだすと、すぐそばのインフォメーションカウンターの目の前で先生にばったり。「いま呼んだばかりだよ」「聞いた聞いた!」。背中合わせで待っていたわたしたち。とにかくなんとかふたり、落ち合うことができた。
旅程はアムステルダム市内のホテルに5泊6日。賞味中4日で、5日目には空港に向かわなければならない。おもに街の見物をしながらのんびり過ごすつもりだったけれど、天気によってはレンタル自転車を借りてちょっと郊外まで遠出してみるのもいいかもしれない、そんなことを話しながらの小さな休暇が始まった。
スキポール空港から列車でアムステルダム・セントラール駅へ向かう。電車はすぐに乗れて、すべてがスムーズ。「イギリスとはぜんぜん違うよねぇ。電車もちゃんと時間通りにくるね」と、長旅で疲れきっているわたしはイーグルバーガー先生にちょっとだけ嫌味を投げかける。先生も(珍しく)素直にオランダの便利な雰囲気を楽しんでいる様子。
セントラール駅は、東京駅のモデルにもなった建物だけれど、どちらかというと駅構内は新宿駅をかなり小さくこぢんまりとまとめあげたような、そんな雰囲気。10年前に仕事できたときも、はたしてこんなだったろうか。当時のことはほとんど覚えてはいなかったせいもあって、新鮮な気持ち。年齢や目的によって、ものごとはけっこう違って見えるものなのだ。
わたしたちはレンブラント広場の近く、アムステル川を目の前に見渡すホテルに宿をとっていた。わたしはセントラール駅からホテルまで、トラム(路面電車)で向かうつもりでいた。ところがイーグルバーガー先生はどこから仕入れた情報か分からないけれど、とにかく地下鉄で行くという。実際にホテルを予約したのは先生だったので、時差ボケのわたしは素直に彼のいうとおりに地下鉄へ。
もうそろそろ夜になろうというころで、地下鉄はがらんとしていた。二駅目のウォータールー広場駅で降りたった。右も左も分からない状況でホームに立つと、飾り気がなく人気も少ない。アムスっ子とみられる黒人の男の子が、どの出口から出ていいのかわからず、所在無げにきょろきょろしていたわたしたちに声をかけてきた。「レンブラント広場だったら、出口を出て、左に曲がってまっすぐに進むとありますよ」という。
それまでにも切符売り場の男性や、換金所の女性、インフォメーションのスタッフなど、皆が(先生のお国である英国に比べたら)ずいぶんフレンドリーだったこともあって、イーグルバーガー先生とわたしは「アムステルダムの人はずいぶん親切な感じがするね」と言い合いながら、男の子のいうとおりに出口へ向かった。
方向音痴の地図
駅の改札を出てすぐのところに、日本と同じように周辺地図が壁に用意されていた。わたしたちはマップを確認して階段を上った。さきほどの男の子の言うとおり、さて左へ・・・とはいっても、メトロの入り口を出ると正面に道はなく、かわりに出口を出て左手に大通りが通っていた。土地勘ゼロの中で、きっとこの大通りを左に行くという意味だったんだろうと解釈して進んだ。もう薄闇が差していた。わたしは時差ボケ、イーグルバーガー先生は方向音痴。キャリーケースを引きながらとりあえず進む。
すぐそばに比較的大きな教会の尖塔が、薄闇の中をそびえていた。これは翌日モーゼス・エン・アーロン教会であることが分かったのだが、このときはそんなことは露知らず、わたしたちはさらに先を進んだ。街のようすはどんどんがらんとした雰囲気になっていった。いっこうにホテルが現れない。
方向を間違えたのかなぁ。そもそもホテルはアムステル川沿いだったはずだけど、運河そのものがあたりに見当たらないね、立ち止まってそんなことを話していると、仕事帰りのような風情の男性が声をかけてきた。彼に事情を説明すると、「アムステルダム川はあっちの方だよ」とアドバイス。彼のいうとおりに進み、結局あっちだ、こっちだと、結局もう二人に道をきいた。皆が驚くほど英語が流暢で親切だったが、彼らは日ごろから自転車での移動が多いからなのか、徒歩のための方向感覚はそれほど正確ではなかったようで、ホテルはいっこうに現れない。
ようやく、ホテルがあるはずのアムステル川と、その脇を通るアムステルダム通りに行き当たった。運河の周辺にはイルミネーションが輝き始めていた。薄闇に暮れたアムステル川の対岸に、ホテルの案内の写真に似た建物が見えたので、イーグルバーガー先生に「ねぇあの建物がホテルじゃないかなぁ」と言ったけれど、聞こえているのか聞こえていないのか、先生は絶対こっちだと決め込んで先へ進んでいってしまう。
進めば進むほど、番地の数にずれていくことことに気付いたころには、すでに半マイルは歩いたかもしれない。わたしたちは巡り巡って、アムステル通りが、川を挟んで両脇に存在していることを知った。しかも目的地の対岸の道を、ホテルのある番地とは逆行するように進んでいたのだった。
イーグルバーガー先生は、英国式に番地を追いかけられないことに若干の憤りを感じていたようだった。そして「道に立つ家は、英国式に、道の片方が奇数、もう片方が偶数で並んでいるべきだ。それが理にかなっているんだから、オランダ式の番地の付け方は理論的でない」とかなんとか、ぶつぶつ言っていた。「ここはイギリスじゃなくってオランダだよぉ」と弱弱しげに言いながら、わたしはすでにへとへとだった。(いっそ自分が地図を監督しておけばよかった・・・)
おかげでわたしたちはアムステルダムに到着したその日に「マヘレの跳ね橋」をいち早く観光することになった。わたしはあまりにも力なくとぼとぼと、建物の番地を確認しながら先を行く先生の後ろを進んだ。ぼんやりと歩きながらも跳ね橋のイルミネーションが眠い目にもじんわりと染みた。丸みを帯びたさまざまなダッチゲーブルに縁取られた独特の街並みは、春の始まりとともに生温かく、また水辺ならではのいい香りがふわりと漂っていた。長い寄り道を経て、ようやくホテルにたどり着いたころには、時差ボケによる睡魔はこれまでにないくらいだった。
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登録日:2010年 05月 27日 14:19:22
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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