アムステルダム滞在記 DAY-3
DAY-3
11th April 2010
オランダ的ケトル事件
二泊目にはいちどチェックアウトすることになっていた。5泊ずっと同じ部屋にするのではなくて、同じホテルの中でも、はじめは運河側のちょっといいデラックスルーム、あとの3泊は運河側ではないスタンダードルームを試しに取ってみたのだった。
日本人の感覚からすれば一気に5泊同じ場所というのは、よほどのリゾートでない限りあまりないだろうけど、欧米人からするとそれは珍しいことではない。わたしもたまにはこういう過ごし方もいいだろうと思いつつ、それこそオランダで忙しく動く理由もなかったので、この二人旅のヨーロッパ代表イーグルバーガー先生のやり方に合わせることにした。
はじめ過ごしたデラックスタイプの部屋は、正直わたしにとってよいとは思えなかった。メリットといえば運河が見えること、といっても、高い位置にはまっている窓からのぞく程度で、ホテル前のアムステル川沿いはけっこう車通りが多く、時差ボケがまだなおらないわたしには、夜中に間隔を置いて過ぎ去っていく車の音のせいでなかなか落ち着いて眠れなかったからだ。
三日目、昼前にチェックアウトをしてスーツケースは預かってもらい、その足で一通り出掛けたあと、夕方にホテルに帰ってからあらためてチェックインするつもりだった。ところがホテルのフロントが便宜を図って、チェックアウトのあとすぐに新しい部屋のかぎをくれたので、その場ですぐにチェックインし、新しい部屋へスーツケースを置きに行った。
出鼻をくじかれたかたちで入った今度の部屋は、窓からほんの小さな中庭というか、建物と建物の隙間が見渡せる、極めてそっけない位置にあった。けれどもサイズや防音の意味では、デラックスタイプの部屋よりもわたしには快適だと思えた。5泊も運河をみていたらきっと飽きてしまうよといって違う部屋を予約しておいたのは正解だった。
一見して平凡なるスタンダードルームをすぐに出てしまわず、せっかくだからお茶を飲んでから出掛けようということになって、ケトル(湯沸かしポット)に水を入れようとした。すると、おや何かおかしい。据え付けのクロゼットの扉のどこを探しても、ケトルもコーヒーセットもない。置き忘れたんだろうか。イーグルバーガー先生がフロントに電話を入れると、「お客さまのお泊りのお部屋では、ケトルとコーヒーセットは別途有料になります」とのこと。
記憶をたどっても、これまでのホテルライフの中でこんなことは始めてのこと。ケトルと、コーヒーカップのセットが2脚、それに粉のコーヒーのスティック数本と、ティーバッグ2袋、佐藤、パウダークリーマー。これを「レンタル」することで1日7ユーロ。デラックスタイプにはこれらのサービスはすべて料金に含まれていたらしく、事前に部屋にセットしてあった。なるほど、部屋の広さはあまり変わらないのに値段だけはしっかり違う。デラックスのその意味は実はケトルの有無にあったのかも。
ここでケチケチしても仕方がないので、わたしたちはその7ユーロを払うことに。フロント側は「では、いますぐお持ちします」ということだった。妙なホテルもあるものだと思うのだが、それともオランダではこれが当たり前なのだろうか。スタンダードタイプの部屋に泊まる人はお茶を飲まずにペットボトルを持ち込みってこと? そういえば英語で「Go Dutch」というのは『割り勘』という意味で、金銭については合理的なオランダ人というイメージは、事実こうしたことにも表れているらしい。国によって実にいろいろ商売がらみの常識が違うものだ。
オランダ人はいい意味で合理的だが、一方で商魂が強くケチだという表現を耳にしたことがある。確かにこのケトルの一件をみても、商売上手で、価値観に値段を付けるのがうまいと言えるかもしれない。まぁそれをケチというのかどうかは分からないけれど、なんというか、その国の人によって必要なものと、不必要なものへの感度が違うということなのかもしれない。日本人はウォシュレットが必須だと思っている人が多いが、外国人の中にはウォシュレットなるものは必要ないと考えて、それで付加価値が高まるわけではないと感じるのと同じようなものだ。
さて、10分20分過ぎてもいっこうにケトルのセットが運ばれる気配がない。「オランダ人はヨーロッパ人の中ではやはり勤勉な人々なんだなぁ」と思っていたわたしは、「オランダ人といえども働き蜂過ぎることはない」と思い始める。紅茶なしでは生きられない英国人のイーグルバーガー先生はしびれを切らし、直接フロントに声をかけてみるといってとうとう部屋を出て行った。すると部屋を出たすぐのところの廊下で、先生と誰かが話す声がする。そしてすぐに先生は部屋へ戻ってきた。たまたまルームクリーニングの女性にばったり出会ったので、彼女にケトルを持ってきてもらえるよう頼んだとのこと。
間もなく大柄の黒髪の女性がケトルを持ってきてくれた。その女性の英語には素晴らしく強いアクセントがあった。彼女の言葉に、わたしはたまらなく不思議な懐かしさを感じた。どこかで聞いたようなアクセント。
お陰様で出掛ける前の一杯の紅茶にありついたわたしたちはほっと一息。イーグルバーガー先生が思い出したように言った。「そうそう、あのケトルを持ってきてくれた女性は、スコットランド人だったんだよ。こっちで就職したみたいだね」。「ははぁなるほど、奇遇だね。なんだか妙に聞き覚えがあるアクセントだったわけだね」
彼女は気前よくイーグルバーガー先生にちょっと多めのコーヒーをもってきてくれていた。ケチと商魂、気前のよさと大らかさは、オランダでは矛盾せずに渾然一体となっていて、そしてこの自由な国の気風を育てている。あるいはコーヒーの量が多かったのは、それが単にスコットランド人の女性であったからかどうかは、はたして知る由もないことだけど。
ゴッホ美術館の印象
遅まきながらわたしたちはホテルを出た。賞味中4日という旅程をどうするか、わたしたちはあくまでもやんわりと予定をたてていたつもりだった。インターネットでむこう数日のアムステルダムについての天気を調べると、二日目の今日、それに三日目の明日は晴れの予報。そしてどうやら4日目は曇りらしい。ということは、今日は街をぶらつくとして、もし遠出をするとしたら、天気がよさそうな明日が最適だということになった。
今回のアムステルダム滞在の目的の一つに、もう一度オランダ国立ゴッホ美術館に行く、というのがあった。10年前にここに来たときにも仕事の合間にゴッホ美術館を訪れたことをよく覚えていた。それまで、ゴッホにあまり興味がなかった。単に当時はゴッホの本物の絵を、直接目にして、しげしげと、しかもじっくりとみる機会が少なかったせいもあったかもしれない。ところが、10年前にご当地のゴッホ美術館で彼の一連の絵を観たときに、絵というものが、粗削りであっても完成度が高いものであっても、画家によってはこんなにも純粋に心を打つものなのだという、そのこと自体に感動して、その視覚にこびりついた手触りをずっと忘れることはなかった。また彼の絵のよさを素直にみることができるようになった。1人の貧乏な才能ある画家の絵は、特殊な感動をわたしに与えた。
20代のときにみたゴッホの手触りはまだわたしの胸のうちにあった。いまみたらどう思うだろう? 20代のころは自分はもう大人だと一丁前に思っていたけれども、いま考えてみればちっともそうではない。世の中というものを本当の意味で実感し始めたのは30代に入ってからで、それでもまだまだだひよっこだと思う。そうした中でも数年前からは、子どものころによく描いていて一度はやめた絵を、もう一度素直な気持ちで描き始めている。そんな自分が、この目でもういちどゴッホをみたらどんな感触を得るだろう?
むかし造幣をしていたというムント塔や、カフェが集うレンブラント広場、世界の植物の苗や球根が手に入るシンゲルの花市などをぶらぶらとひやかしたあと、その足でゴッホ美術館に向かった。快晴だがちょっぴり肌寒い。散策にはぴったりの陽気。とりわけチューリップの季節には、オランダには世界中から人々が集う。だから美術館も混んでいるだろうと覚悟していたが、案の定、美術館の入り口は大変な混み具合。よいことにイーグルバーガー先生が用意してくれたオランダ・パスがあったので、ゴッホ美術館の入り口をふさいでいる長蛇の列をすり抜けて入場することができた。
まずクロークにコートを預けた。10年前になかったものは身体検査。とにかく、あのニューヨークの同時多発テロ事件以来、一般の罪のない人間に対してまでずいぶんと厳しくなったものだ。美術館に入る前に、上から下まで空港のセキュリティチェックで使われているようなゲートをくぐる。この厳重ぶりに、生前に金持ちになることはなかったゴッホ本人が見たらどう思うだろう。
不思議なことに、この美術館でわたしは日本人らしき人を見かけなかった。ほとんどはヨーロッパからの観光客だったようだ。数年前、東京にもゴッホ展がきたことがあったことを思い出した。そのときは、東京駅の丸の内口近くから美術館まで専用バスが出ていたが、そのバスに乗り込むまでに1時間待ちと聞いて、わたしはそのゴッホ展に結局行くことはなかったというようなことがあった。それほどまでに日本人に人気があるゴッホでも、アムステルダムの美術館にはなぜか日本人がいない。
絵は相変わらず見応えがあった。最近は油絵も描き始めているわたしにとっては、テーマや構図に限らず、技術的なことが以前よりも見てわかるようになっていたために、ゴッホという画家があらためて、色彩や構図、テーマなどについて、いろいろな角度から新たなことに挑み、実験している画家なのだということがよくわかった。10年前は理屈なく感性に訴え、そしていまでは、その開拓精神の片りんをみた。もう10年たってからこれらをみたとき、40代になっているわたしは一体どう思うだろうか。
絵を観終わったあとに、お腹が空いたので美術館の中にあるカフェテリアで一休みした。せっかくの旅なんだからと言い訳をして、昼から景気よくハイネケン・ビールとロゼワインのグラスをトレーにのせた。彼は大きな骨付きの鶏肉のローストを1人でを満足そうに食べていた。その横でわたしはローストした野菜が乗ったサラダと、よく焼けたこんもりと丸い、さまざまな種がトップにちりばめられた白いパン、それに巨大なチーズケーキを食べた。アムステルダムに着いてから、時差ぼけのせいか食欲が出ず、デリカテッセンのテイクアウトで適当に済ましたりしていたので、ランチとはいえいわゆる大きな食事は初めてだったし、お腹が空いていたからかあっという間にぺろりと平らげてしまった。
すっかり平らげて紙ナプキンで口をぬぐって、ふとわれに返った。カフェテリアに座る人々の姿をみて、じぶんたちもその中にいたにもかかわらず苦笑いをした。「生前むくわれることのなかった画家の絵の美術館に、いまではこんなに人が集まって、しかも市場価格よりも高いカフェテリアで飲んで、食べて、おしゃべりする。なんだか世の中って妙なものだね」
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登録日:2010年 07月 24日 19:31:40
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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