デマと真相
マリー・アントワネットの浪費癖は仏人恐喝グループの「作り話」? - 英国
【ロンドン/英国 1日 AFP】フランス最後の王妃マリー・アントワネット(Marie Antoinette)にまつわる浪費癖のエピソードは、当時ロンドンで活動していたフランス人恐喝グループによるねつ造だったと英国の研究者が発表した。
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(c)AFP/OLIVIER LABAN
歴史関係の新事実(あるいはデマ)はいつも意外性があり、過去の思惑と現代との共通点を見つけられておもしろい。有名人や重要な出来事の周りにはとかくさまざまなうわさがついてまわる。それは真実かもしれないしつくりごとであるかもしれない。情報や観念というものはまたたくまに人々の意識に浸透し、それが増殖して変異を繰り返し、世の中の大きな渦となって時代を揺り動かすことがある。私たちが生きている現在を含め歴史はまさにそれの繰り返しである。
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うわさはときには手に負えないほど膨張して一人歩きする。特にそれが政治や経済(および宗教)の世界に結びつくと始末が悪い。人物や出来事は後世の不遇にあい、また逆に異常なまでに神格化されてあがめたてらつられたりもする。
フランス革命時に断頭台にのぼったマリー・アントワネットにしても、これまでの通説であった放埓で贅沢な生活ぶりが「デマ」であったとしたなら、私たちはあらためて漫画「ベルサイユのばら」から得た知識も訂正しなくてはならない。
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うわさや情報といえば、それを利用したプロパガンダとなると話はさらに大きくなる。
アメリカのジャーナリストであるボブ・ウッドワードBob Woodward氏は、ブッシュ政権と中東戦争の真相を暴こうとする「State of Denial」という本を出版し現在のアメリカ政府がいかに情報操作をおこなっているかを指摘する。
腑に落ちないものや極端すぎるものには必ずウラがある。胡散くささがつきまとう。昨今のアメリカ政府による情報操作の指摘も、世界の多くの人々が感じ取っていることだろうから、この本が注目されるのは当然だ。
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ギルガメシュ、メソポタミア、ギリシャ、北欧、ケルトそしてキリスト教やイスラム教、ユダヤ教、云々・・・と、世の中には沢山神話がある。どれもへたな小説よりよほど面白く読める。
しかし意外に知らないのが母国日本の神話。日本の神話=ウソ、だとか右翼、という「イメージ」を抱かれる人も多いのだろうが、私個人としてはそんなことは思わないし、ましてや断言するのはいささか性急だ。
外国の神話を読むならば日本のものも、と、1970年代生まれという半現代っ子的な素直な気持ちで日本の神話の本をいくつか手にとって読んでみた。もちろん、戦争や天皇家、国家のアイデンティティなどに関わる分野でもあるだけに、極めて神経質な議論が世の中や学界に渦巻いていることをあらためて痛感させられたのはいうまでもない。
個人的には、日本の神話を読んだり知ったりすることが、過去から受け継ぐ諸事情により「よろしくない」とされるのは不当な扱いだと感じる。民族の起源を知る資料として、神話はどの国のものをみても人間研究にはまたとない素材であり、日本のそれだけが例外と片付けることもするべきではない。
日本の神話の存在そのものを否定する声があるとしたら、そうした否定の文化をつくりあげてしまった精神性や背景、事象そのものについて検討するべきだ。もちろん、こうしたことはしかるべき先生方がさんざん意見しているのでここで細かくいうことはしないが。
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歴史の中では、戦争や紛争の勝ち負けの結果により、都合の悪い資料は大概消滅してしまったりする。日本でも大昔に仏教派の蘇我氏と神道派の物部氏が戦って物部氏が破れたとき、蘇我氏はそれまで保管されていた朝廷図書館の貴重な資料を焼き払ったという事件が起きている。このときにどれほどの重要な歴史的真実が消滅したかは計り知れない。
日本の古代史はいまだ謎に満ちているその理由が、焼けた文書に少なからず関係しているとすれば残念だ。証拠がなければすべて想像に任せるしかない。
事実関係や人々の生涯およびそれから生まれた名声や功績のまわりに装飾された、「ひだ」を取り払い、政治や経済を含めた人々の「思惑」をきれいに洗い流し、核となる部分だけを見つめたら一体なにがのこるだろう。
虚偽と真相は表裏一体となって、時代によって再生や活性化、低迷や絶滅の危機にはあってもとどまることのない変異を続けていく。どんな出来事もマリー・アントワネットになる可能性を秘めているというわけである。
カテゴリー[ 時事 ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2006年 10月 03日 10:42:51
コメント
鋭い考察見事です。
何事も複眼的な角度、視点でものを
考察するということでしょうね。
今まで事実と伝えられ、真実と思い込んで
きた事象ですら、何十年後に当時の記録の封印が
解けると、真相はそうではなくてこうだったんだ
と言う卑近な例は結構あるものです。特にその傾向は
現在も続いている世界的な紛争や戦争の世界では
顕著です。
複眼的にものを見るといっても、人がその歴史のいま、現在を
生きていく場合におけるそのときの待ったなしの判断やそれに基づく身の処し方は
難しいですね。いま答えを出せといわれたそのとき、
どれだけの人が正しき答えを持ち合わせているのでしょうか。
その人を取り囲む環境や時代の流れや現状のなかでしか
ものは見えないし、ましてやその人を律する行動規範も
定めにくいかもしれません。そうした不確かな状況のなかでも
できるだけ幅の広いいろいろの視点からのものの見方を平素心がける
習慣が重要ということしか言えないかもしれませんね。そうすることにより、多少は
うそや偽りを見抜けるかもしれませんし、後世自分はそのとき良心的に対処できたのではないかというせめてもの気持ちをもてるかもしれません。多くの人がうそやでまや謀略に翻弄され、正直そのときは真実を見抜く目をもたず、なす術ももたず、歴史の流れに身をまかせてきたというのが歴史の一般傾向ではありますが。
今回の記事を大変おもしろく拝見しました。
益々冴えた論述を期待します。
Y.F. @ 2006年 10月 15日 06:14:51
年に数回、あらためてギルガメシュ神話や旧約聖書、ギリシャ神話といった
古い神話を読み返すことがあります。すると毎回、
新しい発見があり、そして子供のころや若いころには
わからなかった隠喩が分かったりすることがあります。
そこでいえるのは、どの時代のひとも結局は同じ人間であるということ。
過去の資料を通した思想文学や歴史、いま現在よいとされている通説が
正しいのか否か、どうしてそうした形に形成されてきたのか
その問いはたぶんこれからもずっと人類が続く限り、止むことがないのでしょうね。
ただ先人たちに学ばずして、無駄な争いを頻発させてしまう
そのことだけは避けたいものです。
mika @ 2006年 10月 23日 13:58:42
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- プロフィール
- 福嶋 美香
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- ◆経歴:ふくしまみか
ライター/ジャーナリスト。東京生まれ千葉育ち。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、コピーライター、新聞記者を経てフリーランスとなる。現在日本と英国を中心に活動中。詳細・近況などはNEWSリンクからご覧ください。
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