「ユ」「二」「ク」「ロ」
ユニクロ、ニューヨーク・ソーホーにグローバル旗艦店オープン-米国
【ニューヨーク/米国 10日 AFP】日本のアパレル企業「ユニクロ」(UNIQLO)が10日にニューヨーク・ソーホーにショップをオープンさせた。
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(c)AFP/Getty Image Rob Loud
昨年秋にNYに世界最大の「ユニクロ」の店がオープンした。日本のユニクロの店は英語で「UNIQLO」。しかしNYでは逆にカタカナで「ユニクロ」だ。NYではジャパニーズブランドを印象付ける意味では効果があるだろうが、目にとまったのはむしろその「ユニクロ」の看板に掛けられた文字のデザインについてである。
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そのデザイン、NYの「ユニクロ」の文字あるいは造形が、「ヘブライ語」の文字を想像させるのだ。私自身ヘブライ語を読むことも話すこともできない。が、そのときたまたまヘブライ語に関連する本を読んでいたこともあってか、どうも「ユニクロ」の文字そのものがヘブライ語のアルファベットにそっくりだと感じてしまったのである。
私のようなヘブライ語のずぶの素人が、日本語がヘブライ語に「似ている」というのは、実は妙な話でもない。実際に日本語のヘブライ語起源や、ヘブライ語を話していたユダヤ民族と日本民族との関係については学者らにより日々研究が進められていて、ある方面からは「日ユ同祖論」などと分類される。
日本とユダヤの関係についての研究に半生をささげたヨセフ・アイデルバーグは、「日本書紀と日本語のユダヤ起源 The Biblical Hebrew Origin of The Japanese People」という遺稿の書の中でヘブライ語(あるいはアラム語)と日本語の類似点を数多く挙げている。この手のものに興味がある人なら必ず読んでいるはずの本だ。
同書に収録されている言葉のリストにはもう一歩つっこんで精密に検証されるべき箇所があることは否めない。だがふたつの言葉の類似点にわかりやすく明かりをあてていて興味深い。アイデルバーグは発音や意味だけではなく、カタカナやひらがなの文字のつくりとヘブライ語の文字のつくりの共通点までも指摘する。
日本古来の宗教や伝統に由来する慣習や言葉の中に、ユダヤ教古来のものと共通する点が多く見受けられると研究家や日本文化に詳しいユダヤ教のラビたちは言う。ユダヤ人が日本に来ると、不思議な懐かしさや安堵感を得るという話も、何度か聞いたことがある。
私はとりたてて「日ユ同祖論」の“信者”ではないし、この一連の研究が宗教そして政治に結び付けられるべきでもないとも考える。しかし民族のルーツにはかねがね興味があり、自分の民族のルーツを知りたいと思うのは当然だ。だから日本民族が2000年以上前からなんらかの形でユダヤ民族に関係してきたかもしれない可能性を想像すると、変な歴史小説やドキュメンタリーを読むよりも奇妙な胸の高鳴りを覚える。
言葉は民族のルーツをたどる文化遺産だ。言葉は時代と慣習とともに、人の流動・交流により受け継がれながら進化していく。
例えば世界の共通語とされている英語にも、ゲルマン語やロマンス語などさまざまな要素が融和し、ギリシア語そしてヘブライ語やアラム語起源のものも多く存在する。だとしたら日本語とヘブライ語が遠い昔なんらかの関係があったことは否定できない。ヤマト民族とユダヤ民族が、はるか遠い昔にまったく関係がなかったと言い切ることはできないだろう。
***
イスラエルの公用語はヘブライ語だ。エリエゼル・ベン・イフェダーが、長らく死語になっていたヘブライ語を蘇らせたのはほんの100年前のことでしかない。死語が国語になったのは、史上でヘブライ語のみだそうである。
アメリカのノーベル文学賞作家アイザック・バシャビス・シンガーを思い出す。ポーランド出身のユダヤ系アメリカ人であるシンガーがこだわり続けたのは、ユダヤ語から色濃く派生したイディッシュ語だった。イディッシュ語は大戦中のホロコーストにより使い手が激減し死語とまで言われたが、彼は自分が生まれ育った言葉を愛し、生涯イディッシュ作家として生きた。
中央大学哲学科の教授であった故・今泉三良は私の大叔父にあたる。今泉は西欧の中世哲学の大家としてアウグスチヌスの「告白」の翻訳などを手がけた。その大叔父が、生前よく「この道を究めるにも結局はヘブライ語に行き着くのだろう。ヘブライ語を学ばなければならないな」とこぼしていたという。果たして何の意味でヘブライ語へ思いを寄せていたのか。哲学をきわめるうちにヨーロッパ周辺に編みこまれるヘブライ語起源の言葉の影に秘められた真意を大叔父はとらえたかったかもしれない。
「ユ」「ニ」「ク」「ロ」の文字たちは、日本語を知らない外国人が見れば飾り文字のように見えるかもしれない。でもひょっとしたらヘブライ語を読むユダヤ人であればヘブライ語として読み替えてもおかしくない形をしている。
あるいは日本人としてヘブライ語の形を注意深く「見てみる」のだ。一見ちんぷんかんぷんだけれども、日ごろ日本語のひらがなやカタカナを読んでいる感覚で、ヘブライの文字を読むのではなく眺めてみる。すると深い歴史の奥底にひきずりこまれるような気分になるのは私だけだろうか。超自然的な偶然かはたまた未知の歴史に秘められたナゾなのか。研究はこれからさらに進んでいくに違いない。
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登録日:2007年 01月 14日 12:40:21
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- 福嶋 美香
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- ◆経歴:ふくしまみか
ライター/ジャーナリスト。東京生まれ千葉育ち。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、コピーライター、新聞記者を経てフリーランスとなる。現在日本と英国を中心に活動中。詳細・近況などはNEWSリンクからご覧ください。
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