氷上の女王

夜遅くまで仕事をした。そのままベッドにもぐりこむと頭が休まっていないのか、なかなか寝つけない。夜中だというのに近所の車が頻繁に出入りして浅い眠りから覚めては落ち、しばらくすると朝刊が配達される音が聞こえてきた。眠れない。いつものことである。さらに今朝方、家族が隣の部屋でテレビをひねり、壁のむこうから間接的に熱気だった気配が伝わってきた。そのあとどれくらいたったのかわからない。数時間後だったろうか、「君が代」が耳に入り込んできた。「誰かが女子フィギュアスケートでメダルを取ったんだな・・・」と、もうろうとした心持でふとんにからみついていた。明けてみれば、荒川静香選手が金メダルを獲得していた。
...

SPで3位につけていた荒川選手のことだから、特に大きな失敗がなければメダルは取るだろうと思ってはいた。だが、オリンピックでの国歌斉唱は金メダリストのためだけにあるということを、実は今朝初めて知った。

朝に弱い私はとにかく、朝はやくからスケートに釘付けになっていたらしい家族は、どういうわけかまるでお正月明けのように、朝早くからなんとなくめでたい雰囲気でお雑煮を食べていた。実にめでたい。久々にいいニュースだった。

スポーツは身体芸術である。だから私は勝ち負けよりも、競技する人、演じる人の美しさを見るのが一番好きだ。そして不思議に、上に立つ人というものは、ある種独特のオーラというかにおいを放っている。静かな興奮と集中力。まるで花が虫を呼ぶかのように開花し、女神を呼ぶのだ。

その点、今回のオリンピックでの荒川にはとても芳香があった。他の選手もそれぞれ持ち味はあり魅力的だったが、完成度という意味において、彼女は相当のレベルまで自身をひきあげてきていた。あとはその集中力と実力の上にどれだけ、女神の心をとらえることができるかである。そして彼女は見事に呼び寄せた。

フィギュアスケートの技術的な部分についてはよくわからない。ただ荒川選手は総合的に美しかったと素人出におもう。他のメダル候補の選手が転んでしまったから、不調であったからというわけではないように感じられた。

トリノ初の日本人金メダリストの姿をみたとき、野球のイチロー選手やマラソンの高橋尚子選手が発するのと同じ空気を感じ取ることができた。それはひょっとしたら「気」ともいうのかもしれない。

他の選手にくらべどこか近づきがたい雰囲気のする荒川選手は、コーチからも「笑顔がたりないから人気がないのだ」といわれていたという。

でも今回の、大人の女性として成熟した、凛とした姿をみて心しびれた人は多いだろう。彼女には、壇上に立つにふさわしい「気」があった。

今後、荒川選手はどうするのだろうか。イチロー選手が一昨年にアメリカで連続安打記録を達成したときに、「自分で自分の首をしめている。プレッシャーだ」とコメントしながら、いまなお挑戦を続けていることを思い出す。

一方で伊達公子さんのように、テニスを引退してしばらくは、それまでできなかったほかのことにチャレンジし、やがて教育者として自分を育てたスポーツの世界へ戻ってきたという例もある。

一極集中型になりがちな日本のスポーツ界では、しばらく金メダルが重いと感じることもあるかもしれない。それでも、今後の彼女の人生の輝きや幸せの度合いは、マスコミ云々が測るものではない。また彼女らしい新しい一歩を踏み出してほしい。いまはただフィギュアの美神に拍手を贈るのみである。

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登録日:2006年 02月 24日 09:20:32

コメント

いやいや、すごいですね。荒川選手。
久々の明るいニュースでした。

たくさんのトラックバックありがとうございます。
この場を借りてお礼いたします。

もしよろしければコメントもお気軽にどうぞ。

Mika @ 2006年 02月 24日 23:06:07

荒川選手の”気”論は明言である。
広辞林的にいえば気はいわば空気のことであろう。思えばこの字ほど身近なことばはない。気持ちがいい、気がある、気合を入れる、そんな気がする、気ぐらいが高い、等々.

ゴルフでいえば気合を入れてスウィング!気合じゃなくて気負うからダフる。池ポチャ。気の表現、気のことばは多様で際限ない。なぜか。空気の気だからだろう。空気は宇宙の、人間の、生きとし生けるものを包み込む。すべてに関係し、すべてを創造する。けれども誰もそのことを意識しない。自然の中にそれはある。

荒川選手に気を感じるのは、荒川が気を取り込み、気のなかに自分をおき、自分が気そのものになったからである。彼女は空気になったのである。即ちごく自然体なのである。そうなろうとしてできるものではない。たゆまない訓練と強靭な意志力と努力の継続と失敗にくじけない忍耐と徹底した集中力で、彼女が試行錯誤してやっとオリンピックの最高の舞台で花咲かせることができたのは、彼女が自然の空気のなかで、気を自分のものにし、自我を昇華し、自然体の中でおおらかに悠然と大きく舞えたからである。コーエンにもスルツカヤにもそれはなかった。荒川がみごとな自然体を体現できたそのことに観る人は気の風格を感るのである。それが他の選手との決定的な差であった。

Y.F. @ 2006年 02月 25日 06:43:05

YFさん
素晴らしいコメント、ありがとうございます。
世の中には不思議なことがたくさんありますが、
今回の金メダルには
まわりの空気をそのまま引き寄せてつかんで
美しいものにかえてしまったような
かんじがしましたね。まさに空気になってしまったというか。
アメリカ、ヨーロッパ各国から、
大変大きくニュースで扱われているようです。

新しい伝説がまた生まれそうです。

Mika @ 2006年 02月 25日 10:41:06

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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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