イコン
【イスタンブール/トルコ 19日 AFP】18日、イスタンブール(Istanbul)のアジア側にあるカドキョイ(Kadikoy)地区のモスク、ハイダルパシャ(Haydarpasa)で米国主導のイラク侵攻開始3周年の記念日を直前にして反戦集会が開かれた。写真は、「アメリカ、ゴーホーム」と書かれたプラカードを手に反米スローガンを叫ぶデモ参加者。(c)AFP/CEM TURKEL
9月11日にアメリカそして世界が受けた衝撃と無実の人々の悲劇は、いまも忘れることはできない。だがいまではグラウンド・ゼロも復興がすすみ、ひところよりは感情を制した視点で、あるいは回顧的にものごとが語られるようになってきた。そのひとつとして、先ごろ英国のチャンネル4局で「The Falling Man」というTV番組が放映された。「The Falling Man」つまり「落ちていく男」である。
...
その「男」は、たったひとり、四角い枠の中で足を天に、頭を地に向けて静止している。9月11日、世界貿易センタービルが倒壊する前に、煙にまかれて苦しさのあまりビルから投身した人物の、命に終止符を打つ直前をとらえた写真である。
「静止した」落ちていく形を逆にかえしてみてみると、その人物は落下しているのにもかかわらず、完璧な四肢のバランスを保っているようにみえる。背景のストライプは、ビルの構造上窓を縁取る部分で上から下へ均等かつ垂直にひかれており、天地を逆にしてもその陰影は左右対照のままだ。いやおうにも、落ちながらにして静止する非現実とも現実とも思しき男の姿を強調する。
こうした「落ちていく人々」の姿をとらえた写真はいくつもある。しかしほかのどの写真よりも、その男性の姿が取り上げられる大きな理由のひとつは、その「形」あるいは絵としての構図が、視覚的にあまりにも完成され、メッセージ性が強いからにほかならない。
名も知れぬ男性の最後の命の露。その形は人の姿を残しながら不動のまま、なにもいわず、ただ絶望をはらむのみである。それは一度見たら忘れることができない。「まさか」と目を疑い、意識していようがいまいが、その完璧さに躊躇し、見てしまったことに居心地の悪さを覚え、不謹慎さを恥じずにはいられない。そしてじわじわと、こんな事件が起きてしまった悲劇の実像を理解していく。
「落ちていく男性」はただこの時代に生まれ、偶然にも高い完成度を帯びて写真の中におさめられてしまったがゆえに、悲劇の象徴として扱われ、それは度がすぎればプロパガンダ的な様相さえ帯びていく。
彼は9月11日より罪なき人々の死の象徴となり、秘めやかにあるいは公然と語られていく運命を背負ってしまった。彼は写真の中でイコンとなってしまったのだ。生前、自分がこの一連の悲劇のために繰り返し語られる運命にあったことを一度でも予想しただろうか。
ある事件から発生した「形」が、あまりにも強烈に人の視覚や思考に焼きつくと、時を経てその姿は事件の象徴となり、歴史の一端に刻まれ、さまざまな解釈と議論を生み、ときとして行動の原因となり、継続を強く後押しする。
アメリカが負った心の傷は深い。悲しみと怒りはまぎれもなく戦争継続を牽引する要素となる。だが、どんな理由であれ命の重さは同じだ。戦地の瓦礫の中で息絶えようとしている無実の人々を語らずして「落ちていく男」を語るわけにはいかないはずである。
すべての欲と怒りや悲しみを、戦争ですべて根絶やしにすることができたなら、人類はとっくに戦争することをやめている。アメリカがこの矛盾をできるかぎり消化し、行き過ぎた報復は悲しみを癒すことにはならないことを知り、一日も早く戦地を後にすることを願う。
カテゴリー[ 時事 ], コメント[3], トラックバック[1]
登録日:2006年 03月 19日 22:12:01
コメント
I was very much impressed by your excellent article through which any kind of war has to be absolutely avoided. Details as to my opinion will be commented later.
Y.F. @ 2006年 03月 20日 06:17:10
イコンの記事、秀逸です。透徹したものの見方と人間の営みの根源的なあり方をもクールに見抜いて、久々の感性を刺激する文章にお目にかかれました。ありがとうございます。結局のところは、宗教や人種や地域のしがらみやこだわりが政治や経済とも複雑に絡み合い、もっと素直に語り合い、認め合い、切磋琢磨すればいいものを、話をややこしくしているそんな現代の世相をみると、人間のおろかさとか悲しさがひとしお分かりやるせない気持ちになります。栄華の限りを尽くしているかに見える超大国アメリカも、ほころびが見え隠れしだしました。
しかし、アメリカが一歩身を引き、謹慎の意を表したところで、また、あらたな勢力や動きが不気味な首をもたげ、また、あらたな混乱と悲劇をつくり出すでしょう。しかし、そんな展望の中で、あなたの文章は限りなく光彩を放っています。感謝と共にご健闘を祈念します。
ガンジー @ 2006年 03月 20日 15:29:21
おほめの言葉をいただき大変嬉しく思います。
記事はテレビ番組から着想を得たものです。その番組をみていて、あらためて感じたのは、欧米ではなにごとにも理路整然と説明することがインテリジェンスであると考えるところです。
ひとりの男性が落ちていく姿を、周囲の人々の感情も含めて熱心に探求していく番組だったのですが、どこかゴシップ的なにおいさえ漂い、個人的に「その人ひとりだけがなぜ?ほかにも沢山苦しんだ、苦しんでいる人がいるのに」と思わざるを得ませんでした。
人の命も、テレビ番組などにかかるとすべて理論で説明されてしまうんですね。そしてその理論が勝てば、すべてが正義かというとそうではないと思うのですが・・・・。有事なことに対して理論づけを怠らない欧米人の特質をあらためて見た気がしました。
mika @ 2006年 03月 21日 02:20:52
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狐に摘まれた感じがします!! 消えた!!?? それは見たかったDVD まあ確かにマイナーだし多分問題作だと思う。 タイトルは確か「ホーリングマン」 何かの雑誌で紹介されていて 先週、アマゾンで検索したらその商品は 確かに有りました。4,000円くらいで 販売されていまし..
date:2006年 10月 22日 02:45:31
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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