ピクトグラム
【ニューデリー/インド 21日 AFP】インドのニューデリー(New Delhi)では、屋外広告は交通事故の要因と見なされており、掲示はバス停やごみ収集センター、または公衆トイレなど公共施設の壁面のみに限られている。写真は21日、ニューデリーで屋外広告の前を通り過ぎるライダー。(c)AFP/MANAN VATSYAYANA
欧米などの表音文字圏の国々からやってきた人々が日本の風景で目を奪うもの。それは街中に埋め尽くされた、比類なきバラエティで繰り広げられる日本語の看板や広告だという。日本語は、彼らにとってピクトグラムつまり「絵文字」の集合体なのだ。
...
例えば日本人がアラビア語や韓国語、タイ語、ロシア語、ギリシア語など、ある程度の知識がないと読むことができない文字で埋め尽くされた街中に立ち、「外国だな!」と異国の空気を嗅ぎ取るのと同じ感覚だろう。
確かに、日本は型にはまらない文字の宝庫だ。漢字を使う中国人や韓国人をのぞいて、外国人にとって日本はとりわけ「解読」しなければならない文字であふれかえっている。
ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字…と種類が多く、その組み合わせたるや数え切れず、縦書きであったり横書きであったりするだけでなく、文字のスタイルは明朝やゴシックから筆文字や鉛筆書きまで多種多様。ひらがなや漢字の中に英語も韓国のスペルをあてて読ませることもありえるわけで、その意匠や組み合わせの幅は数限りなく多い。
***
私がイギリスに長期逗留するとき、いつもキッチンのひきだしをひとつ貸しきらせてもらう。その引き出しは「ジャパニーズ・ドロー」と名づけられ、アジアの食材専用になっている。
「ジャパニーズ・ドロー」の中は、おもに私が食する日本と中国産の食材で占められている。インスタントラーメン、うどん、そば、片栗粉、ふりかけ、お茶漬けのもと、だしの素などの、日本人からすればごく平凡なものばかりだ。
その引き出しを開けて見るたびに、ハウスメイトのG君はいつも「この引き出しは花火みたいだ」という。G君はこれまで日本に何回か訪れたことがあり、多少の日本語を理解するイギリス人である。その彼が、さまざまな色彩の、決まりなき形態の、左右非対称のデザインのパッケージをみて花火というとはおもしろい。
英語のパッケージであれば、当然ながらローマ字の横書きと相場は決まっている。しかし日本語は、横もあれば縦もあり、斜めあり、印刷文字から手描きの文字までエジプト象形文字をしのぐバラエティがあるように見えるらしい。「縦横無尽に」飾られた食材のパッケージは、表音文字圏の人々にとっては一枚の絵そのものなのだ。
「確かにそうだ」と、私はあらためて、日本食材を手に取り、その柔軟性に満ち溢れたパッケージを眺めてみる。しかし外国人のように絵を見て楽しむということができない。残念ながらその「花火」の中身をすべて読めてしまうからだ。
書いてあることの意味がわかるので、絵的に美しいというよりは、「これはおいしい」「これは○×料理にあう」という実践的な意識が先立つか、あるいは職業柄「色が込みすぎているな」とか「このコピーの内容はいまひとつだ」などといった広告パッケージデザインの出来具合についつい目が向いてしまう。
日本語は確かに多くの魅力を備えているのだが、日本語を異国文字として「見て美しい」と感じる体験も、一度くらいしてみたいものだ。しかしそれは日本人として生まれた以上、無理な相談である。せいぜい昔の人が書き残した筆による手紙を見て、現代人には到底行き届かないその達筆ぶりに唸るくらいのものである。
***
ところで、外国語をよく知らなかった子供のころ、アメリカ映画に登場する俳優たちを見て、単純に「素敵!」と感じることができたものだ。
しかし英語を多少理解するようになってからは、その美しさは、いきすぎであったり、しらじらしいものであったり、控えめなものであったりとさまざまで、「素敵!」とひとことではすまされなくなった。理解が深まると、粗もひろえてしまい、かつてのクラシカルな感動が薄れるということだ。異文化理解のマニエリスムである。
それはそれで、異文化や芸術を理解する意味ではいいのであるが、なんとなく昔味わった純粋な憧れや感動を、得難しく感じるようになったのも事実だ。
それでも意味を知った上で本当に興味をそそられ、目を奪われることができるならその絵や言葉には強い伝心力があり、成功しているということだろう。できのいい絵につい見とれて意図せず事故に遭わぬよう、十分にご用心。
カテゴリー[ 時事 ], コメント[6], トラックバック[1]
登録日:2006年 03月 23日 02:05:58
コメント
いろはにほへと、イロハ二ホヘト、色は匂えど、irohanihoheto・・・と書いていくと、確かにわが先達の知的レベルの高さが思われる。中国文字はもちろん世界に冠たる文字であるが、日本語に比べ表音の点でハンデがある。アルファベットもすばらしいが、文字そのものの持つ美しさに欠ける。豪快で男性的な漢字を自由にのびやかに一枚の紙に思い切り書きなぐってみる、繊細で女性的な文字を色紙にさらさらと筆を運ばせる、剛と柔、動と静、強と弱、物事の対にあるものを好きなように描写できる、対極のある点と点の間に無数の選択、感情表現ができる。それを自由に見る人は選べる。それぞれの感性で見極め評価できる。多様な文字を創りだした我が先達に感謝、豊穣の日本文化の源泉に敬意と誇りを、今、改めて。
あなたのピクトグラムを見ての雑感です。
Y.F. @ 2006年 04月 02日 05:49:38
ミカさんトラックバックありがとうございます。読めるが故に美しさに気づきにくいというのはあるかもしれませんね。
いろいろな見方があるものだと、皆さんのブログを見てつくづく思います。
これからもがんばってください。
【スタッフの一人言】 @ 2006年 04月 05日 00:58:43
”スタッフの一人言”さんの”読めるが故に美しさに気付きにくい”というのはそうでしょうね。まわりの女性がみんな綺麗ですばらしいいと、それが当たり前になって、そのことの素晴らしさが自覚されないし、逆に、みんながお粗末な環境や文化風土の中にいると、自分達の貧しさが分からないだろうし、当たり前と日ごろ思っていることが大変に贅沢で恵まれたことであるということさえ気がつかない事って、たくさんありますね。ただいえることは、日本という国や風土がいろいろの意味で素晴らしいのに、素晴らしい環境に慣れっこにいると、そのことに気がつかないんですよね。それが問題といえば問題ですよね。
Y.F. @ 2006年 04月 05日 20:16:28
コメントをありがとうございました。おっしゃるとおり、見えるもの、見えないもの、感じるもの、感じないもの、いろいろな角度からあらためて見直してみることは、生活にハリを持たせる秘訣のようなものかもしれませんね。
ゲーテいわく:
素材はだれの前にでもころがっている。内容を見いだすのは、それに働きかけようとする者だけだ。形式はたいていの者にとって一つの秘密だ。(新潮文庫 ゲーテ格言集 高橋健二編訳)
mika @ 2006年 04月 06日 04:52:39
ゲーテの素材論通り、対象は無限です。限られた一生の中で何に焦点を当てていくのか、何を絞り込んでいくのか、そのことが大変むずかしい。それを促進するのはやはりその人の持ってる知能やそれまでの経験から導きだす知恵ということになるんでしょうね。イチロー語録というのがありますが、それなんかみてると、野球という非常に狭い領域の話ではあるけど、対象が非常に明確、軸がしっかりしている、振れない、だから危ないときの原点回帰が円滑、スピーディ。一つの魅力ある対象を発見したら、それをやりぬく継続性ということでしょうね。ときどき、そのことを客観的に見てみるクールな自己評価力というか大人の知恵というか、そんなものがあると、対象はやがて自分のものとして消化される。それが人の品質と器をスケールアップする。このサイクルをいち早く実行できるかどうかが勝負でしょうね。特に人生○○十年という時間的制約を思うとき。
Y.F, @ 2006年 04月 06日 07:59:50
番外編をアップしました。
ご興味のある方はそこから続きをどうぞ。
mika @ 2006年 04月 09日 20:50:59
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ところで、G君は日本にきたときに日本の広告がとーっても気に入って、ポスターを何度もはがしたい衝動にかられたのだった。それも交通安全のポスターだったり、なかには指名手配犯のポスターだったり。それはさすがにやめたほうがいいっていったケド。そういえばイギリス...
date:2006年 03月 23日 06:22:56
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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