空を見上げれば
【ガロ/リビア 30日 AFP】数千人の天文学者や好奇心を持った人々が天空に目を向け、信仰の厚い人たちは祈り、学校は休校となり、皆がそれぞれに3時間にわたる「天空のバレエ」日食を堪能した。写真は首都トリポリ(Tripoli)から南へ1300キロメートルのガロ(Galo)にある砂漠の中の旅行者用キャンプで、日食の間、神に祈る外国人旅行者。(c)AFP/KHALED DESOUK
海外ではよく「ニイハオ」と声をかけられる。そうしたときは、「日本人としてささやかな主張を多少させてくださいね」という気持ちをこめて、「コンニチハ」と返事をすることにしている。外国で「中国人も韓国人も日本人もみな同じに見える」という声を聞くのは一度や二度ではないので、それに過敏に反応していくときりがない。ただ、時間が許すときは多少こう説明を加える。「東アジアでも中国人と韓国人と日本人はさまざまな意味で違います。それに日本の中だけでも実はいろいろな顔があるんですよ」。
...
日本は単一民族国家といわれている。しかし人種的には長い歴史の中で度重なる混血化がすすんだ国である。
いま、日本民族博物館となるのは東京だ。東京には各地の人々が集まって住んでおり、実にさまざまな顔ぶれや体格の人々が見られ、日本列島内でもっとも混血化がすすんでいるエリアである。
地方から上京してきた人から「東京にはきれいな人がたくさんいる」という声をよく聞かれるが、きれいな人々の比率は、ファッションセンスうんぬんの話以上に、美形がうまれやすいとされる混血の比率の高さが関係しているように思える。
一方、各地方に足を運んでいつも感じることは、地域ごとに風貌のバリエーションの幅が、いい意味でぐっと縮まることだ。おそらくは血の純度が高くなるのである。北に行けば色白の人々が比較的多く見られ、南へ行けば目鼻立ちのはっきりした顔立ちの人々に多く出会うといったように。
「日本人は根本的には雑種である」という人がいるが、確かにその通りだろう。日本人は日本語という共通語をもって日本民族とし、それは有史以前からゆっくりと形づくられてきたアイデンティティのたまものである。
***
つい最近、ドイツのボン大学で教鞭をとるジョセフ・クライナー教授の講義を傍聴する機会があった。クライナー教授は日本のアイヌに関する研究の大家である。講義のトピックは、「ヨーロッパにおけるアイヌのイメージ」。聴講したほとんどは英国人だったが、日本人の私としても興味深い内容だった。
ヨーロッパにおけるアイヌの人々のイメージとは、まず「毛深く、色が白い」というのがおおかたのところのようだ。とりわけ、諸説はあれどアイヌ人が自分たちと同じアーリア人種の流れを汲んでいるらしいことが、欧州人に親近感を持たせているようである。
16世紀に日本に相次いで上陸したイエズス会の宣教師やシーボルトなど日本に早く関係を持った人々の記録をみてもわかるように、ヨーロッパでは、意外にも早い時期からアイヌの存在が知られていていた。日本が開国したあと、諸外国から研究者らはアイヌ研究のために積極的に日本を訪れ、沢山の資料を母国に持ち帰った。その熱心さは当事国の日本以上で、とりわけドイツは、今日ヨーロッパでもっともアイヌ関係の現物資料を保有している国だそうだ。
***
アイヌ人は世界に残る最古の人種民族のひとつであるといわれている。かつてロシア、韓国、中国そして日本をまたいで北方物資の交易に活躍した彼らだが、最近の研究ではかつて日本列島全域に暮らした縄文人に非常に近かったことがわかっている。その起源には諸説があり、なかにはアジアに移住したユダヤ人の流れを汲んでいるという説もあったりして、つくづく海と大陸を超えた地球規模の人の流れを感じさせる。
そういえば、人の動きと新しい民族の形成が目に見えてわかるわかりやすい例が、今日にもある。さまざまなオリジンを持つ人々が住んでいる移民国家アメリカだ。18世紀の独立・建国から4、5世代と移民文化の融合と混血化がすすみ、近い将来「アメリカ人種」の特徴がさらに色濃く出てくるようになるのだろう。
その昔、日本列島にはいろいろな人が行き来し、生活していた。アイヌ的縄文人、朝鮮半島や中国大陸から米をもたらした弥生人、モンゴルやユーラシアなどの北や東の大陸や、南の島々からやってきた人々、正確なところはわからないがユダヤ系かもしれない「天狗」と呼ばれていた人々、こうしたさまざまな人種民族による混血化が繰り返されて、いまの日本人がある。
人と人が交わる中で、なかには数え切れないいさかいあり、戦いもあっただろう。そして、日本もだいぶ国際的だったのだなと、当時の地理歴史のダイナミズムに想いを馳せてみる。その昔、人々が大陸から海を渡り、名も知らぬ島を目指して旅をするとき、私たちと同じ空を見たことがあるかもしれない。同じ道をのぼってはくだり、空を見上げれば満点の星あるいは月の光が。その景色は、おそらくどの時代も言葉をこえて変わらない畏怖に満ち溢れていたことだろう。そして私たちがいま飛行機から見下げるどの雲よりも澄んでいたはずだ。
カテゴリー[ 旅 ], コメント[3], トラックバック[1]
登録日:2006年 03月 30日 22:47:15
コメント
<筆者からの余談>
ちなみに、クライナー氏の講義は、ユーモアを交えながらも極めて真面目なものだったが、なぜか「毛深さ」のくだりになると、聴講するなかには、なんとなく身を乗り出して講義に耳を傾けたり、微笑みをたたえたりしている姿が多く見られた。
厳密には「毛深い」という表現は不適切であり、ただ典型的なモンゴロイド種にくらべて、アイヌの人々は体毛を自然のままに多くはやしていて、あるいは毛の生える部分を剃らない傾向にあっただけである。とにかくも、そうした表層イメージおよび生物学、生理学的な内容こそ、普遍的な好奇心の根源だったりするのは、どの国もかわらない。
mika @ 2006年 03月 31日 01:49:42
地下鉄の中、通りすがり、超高層ビルのエレベータのなか、日本人のバラエティに富んだ顔つきは観察するだけで面白い。バラエティには富むが、表情は概して一面的である。面白みがない。起伏がない。凹凸がない。ないないずくしの日本人の顔というべきか。欧米人からみれば、その表情の起伏のなさがみんな同じ顔に見えるのだろう。そうしてみると、中国人も、韓国人もいま相撲で頑張っているモンゴル人も、みんな面白くないような無表情。これは確かに損してる。豊かな顔、魅力的な表情、ひきつけられる様な美しさ、そんなものには程遠い。せめて心だけは、性格だけは魅力的でありたいと思う。
とここまで書いたが、東京でみかける欧米人もこのごろでは珍奇で平凡な顔つきの男女が多いのに気がつく。それだけ、多くの欧米人をみなれてきた環境に今あるということだろう。
あなたの毛深いことの解説は秀逸であった。無表情な日本人がアイヌのように体毛をふんだんにつけていなくて良かった。もし、そうだったら、これは知能程度の極めて低いお猿の集団という見方をされたに違いない。
Y.F. @ 2006年 03月 31日 10:54:02
■確かに生物学的に見て、東アジアのモンゴロイドの人々の顔立ちは凹凸が少ないですね。その分、少なくとも表情に頼らずに気持ちを汲み取る文化が育ちやすかったのかもしれません。
■ちなみに、日本はガイコクジンにとってもっとも「ホームシック」や「ノイローゼ」になりやすい国であるそうですよ。でも一度慣れてしまうと、こんどは居心地がよすぎるので、かえって顔つきに緊張感がなくなるのでしょうね。するとガイコクジンも、なんとなく日本人的な和みの世の中に浮いているような表情になると、そういう流れで考えれば、日本にすんでいる諸外国人の顔立ちへの印象も理解できるような気がします。
■西洋が押しの文化とするなら東洋は引きの文化とよく言われます。するとどうしてもプッシュするほうが力学的に強いですので、それはさまざまな言動にも顕著に目だってあらわれます。ここ数百年は一見して西洋主導で情報が行きかっていますので、そうしても東洋側もそれに対して理解と受容が求められてきました。でもそろそろ、すくなくとも日本はまた世界への新しい対応の仕方を模索して形にしていかなければならない時期を迎えているように思います。それは政治家や有名人よりむしろ、庶民レベルでの相互理解やコミュニケーションによっていくのではないでしょうか。例えば近年、ネットが普及して、韓国ドラマがはやり、いろいろな意見はあるものの韓国のことをもっと知りたい、理解したい、言葉を学びたい、そう思っている日本人が増えています。こういう底辺のレベルでの交流がすこしずつ世の中をかえていくでしょう。
■アイヌの人々は目鼻顔立ちがしっかりしているので、ヘアリーなかんじでも雄雄しい雰囲気をかもせます。その点は、欧米の人々の彫りが深いことと共通ですよね。しかし、おっしゃるとおり、モンゴロイド系日本人が同じようになった場合には・・・確かに、一見して温泉を楽しむおサルさんのようになりかねないかもしれません・・・
mika @ 2006年 03月 31日 23:59:09
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date:2006年 03月 31日 18:38:14
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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