陽の当たる参道

浅草仲見世、正月の飾り付け

【12月26日 AFP】年越しの準備をする買い物客で混雑する東京、浅草の仲見世商店街。2008年の干支(えと)の子(ねずみ)にちなんだ大きな絵馬など、正月の飾り付けが施されている。(c)AFP

AFPBB News


できるだけ歩くようにしている。時間があると、一つ大雑把に「あっちのほうへ行ってみよう」とめぼしをつけて、きりのいいところで折り返して家に帰ってくる。もともと何か書き物をしていて、気分転換のために近くにぶらりと散歩に行くことが好きだったのだが、少し体力を付けたいと思って歩きはじめたころは1・2キロくらいの距離だった。しかし、私がいる千葉はとにかく土地が広くて、一つの目的地に行くまでにも不思議に足はどんどん進む。次第に4キロ、5キロと増えていき、最近は一度出かけると数時間ずっと休まずに歩き続けてしまうことも多くなった。
...

歩いていると色々なものが目にゆっくりと入ってくる。景色というものは、ただどこかに座ったり立ったりしての威容を大観するばかりのものでもない。ゆっくり時間をかけながら、いわば平凡で当たり前に存在するものが少しずつ変化していくのを眺めるのもまた景色を楽しむということだろう。 

暮れの町のようすは、一年のいろんな空気がせわしなくごみごみと混ざり合い、日本的風情があって嫌いじゃない。歳末の買い物がてら、近くのショッピングセンターまで歩くことにした。賞味3キロくらいの距離で、たいした遠距離ではないが、ゆるやかな坂道もあり新興の造成地と古いノスタルジックな住宅が混沌としていて、なかなか興味深いエリアである。

ショッピングセンターは、その昔は湿地帯であったところを長いこと埋め立てて、ようやく出来上がったもので、都心へ直結する鉄道駅もあり急速に開発されてきている。周辺はもともと丘陵に囲まれていて、ゆるやかではあるが切りとおしの通りの横にへばりつくように住宅やマンションが建っている。つい最近までは丘陵の裾野に地元農家の大きな家が点在していた。

だがそうした昔ながらの農家の家も、ここ数年で一つ、二つと消えていった。古式ゆかしい豪壮なふるい家が取り壊され、その背後を取り囲む笹林もきれいに取り除かれ、かわりにまっさらなコンクリートの壁が斜面を塗り固めていく。昔ながらの風景が消え去るのもほんの一瞬の間だ。

もうちょっと街づくりにも余裕がほしいなぁと思いつつ歩く。あっちこっちで好き勝手にいろいろな形のビルが増えていく。そうでもしないと発展を自覚できないのが、いまだもって日本式であって、この先もこの傾向は変わらないのかもしれないなどと思う。

開発途中のエリアにあるショッピングセンターの周辺を歩き続けていると、ふと、「神社に初詣に来ませんか?」という、ちょっと珍しいお誘いの張り紙(初穂料は800円なり)を見つけた。かいわいにある神社の「広告」である。早速、参道まで足を運んでみた。

それまで農家の裏山にひっそりと隠れ住んでいたような神社である。その神社は小高い山のてっぺんにあって、土地が開かれる以前はさぞ薄暗い、少々気味が悪いくらいのところであったろうと察せられる。私も、こんなところに神社があったのかと、ちょっとびっくりした。これまで長いこと人知れない場所であった(いや、地元の農家の人々にとってはたぶん氏神様だったのだろう)が、新しい土地開発によって忽然と姿を現し、今年は広告で人を呼んでいるというわけだ。

思いがけず陽の目を見ることになったその神社。空気の通りがよくなり、少々俗世に色気づいたようで、小山を上る階段をきれいに作り直してちょっとした「参道」を新築した。うら新しい階段の真横の土地にあった雑木林がきれいに刈り込まれ、かわりにどこからかもってきた巨大な大木が1本だけ植樹されている。広告にあったとおり、初詣の参拝者を期待しているようで、階段の両脇には真っ赤な新しい「初詣」の文字を白抜きしたノボリがいくつもはためく。

社殿そのものは、質素な小さなものである。だが小山の天辺にあるだけあり、(国道をかっとばす大型トラックの音をのぞけば)、天気がよければ富士山をも見渡せるなかなかの好立地。それまでは木々に囲まれて森閑としていたに違いないが、新しく周囲が造成されたことによって神様の居場所もまた新しく生まれ変わったようにみえる。

境内を一巡りして、階段の小さな表参道を下りていくとき、団塊世代くらいのご夫婦にすれ違った。「広告を見てね。ちょっとどんなものかと様子を見に来たのよ。新しくつくったばかりみたいだけど、この階段もう少し広くないと、初詣といっても人がすれ違うこともできないわねぇ」と苦笑する奥方。

これまで限られた地元の人々にだけ拝まれてきた神様も、今年からはどうやら新しい参道とともに、もっと色々な世俗の人々からの願いを聞き入れることになるらしい。千葉の小さな山の上に切り開かれた、富士山を望める物見の淵。しかしそこの足元を見下ろせば、そこにもまたビル建築の基礎工事。神聖なるものも、永い眠りから起こされ、お化粧直しをした2007年の暮れ。そして2008年の新年も、休まる暇はなさそうである。

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登録日:2007年 12月 28日 12:03:37

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福嶋 美香
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◆経歴:ふくしまみか
ライター/ジャーナリスト。東京生まれ千葉育ち。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、コピーライター、新聞記者を経てフリーランスとなる。現在日本と英国を中心に活動中。詳細・近況などはNEWSリンクからご覧ください。
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