光陰矢の如し
新年から30分戻り、10年ぶりにインド時間に合わせる - スリランカ
【マタラ/スリランカ 15日 AFP】スリランカは10年の時を経て再び隣国インドと同じ時を刻むこととなり、時計の針を30分戻した、と当局者は述べた。島国スリランカは伝統的なシンハラ(Sinhala)人とタミル人(Tamil)の新年から、グリニッジ標準時(GMT)の5時間30分先の時を刻むこととなったと政府情報局が述べた。写真はコロンボの南約160キロメートルのマタラ(Matara)の自宅で、壁掛け時計を調整する主婦のManel Nanayakkaraさん。(c)AFP/Sanka VIDANAGAMA
10歳くらいになるまで、1日がとてもとても長く感じた。日が暮れるまで遊び、母がつくったおいしいごはんを沢山食べて、夜はあれやこれやと空想しながら寝る。24時間は長く、見るもの聞くもの触れるものがすべてが途方もなく大きなもののような気がしていた。けれども10歳をすぎて、20歳、30歳とすぎるうちに、どんどん時間がすぎるのが速くなっていった。それでも、いまもむかしも一日与えられた時間は24時間。どんなに忙しくすごしても、どんなに退屈にすごしても、時間世界をつかさどる地球の自転速度がかわることはない。
...
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先日、ふと左膝に鈍痛が走った。はて、なにか膝に当てたりしただろうかと考えてみたところ、その鈍痛の理由はおそらく最近近所の公園でバスケットボールで遊んだせいだろうと思い当たった。
幼い頃から中学を卒業するまでバスケットボール部活動三昧の日々。だからバスケットボールで遊ぶことは、自転車に乗るくらいたやすい。そんなわけで、たかをくくってたまたま準備体操を満足にせずに始めてしまったのが災いし、現役中に痛めた膝の持病がぶりかえしたらしかった。
これはしばらくほうっておけば治る類のものなのでたいした心配はいらない。けれども、久々に再発した膝のいたみのせいで、なんとなく歩く速度が遅くなり、いま私がいるイギリスの人々が、なんと歩くのが速いことかと改めて驚かされることになった。歩道を歩いているとどんどん追い越されるからである。
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「日本人は走り」、そして「イギリス人は歩きながら考える」とよくいわれるが、歩行速度に限っていえばイギリス人のそれは日本人よりも速いようにおもう。(もちろん足が長い人が多いからということもあろうが)。
とはいっても、不思議の国イギリスでは、歩く速度に似合わずなぜか時間の流れが、日本の3倍くらいゆっくりしているように思える。「先進国」の首都ロンドンにしても、東京にくらべればゆっくりしたときの流れで動いているような印象を受ける。これは私だけかもしれないが、1日24時間ではなくて1日25時間とか26時間といったように、数時間だけ余分にもうけられているように感じることがよくある。
日本では1日24時間あってもたりないくらいやることが山積みで、それらを消化するだけであっというまに一日がすぎていく。でもイギリスにいると、時間があまる。なぜか。その理由を私なりに考えてみた。すると、「ない」生活が時間をあまらせるということが浮き彫りになってきた。例えば、
◆季節の移り変わりがはっきりしていない(衣替えに時間をとる必要がない)
◆夏は日がすこぶる長くなかなか陽が落ちない(“夜気分”になるまでの時間が長い)
◆食べ物の種類が少ない(シンプルな食事ですます)
◆テレビをみない(テレビにかかわるすべての時間が別のことに費やされる)
◆英字新聞を熟読しない(英語習得への向学心がない限り…苦笑)
◆車に乗らない(自分の足でかせぐときめたとき以外は無駄に出かけない)
◆寒すぎない、暑すぎない(着る服に無頓着になる)
◆暴風・大雨・地震におそわれない(自然災害への恐怖心や警戒心が鈍くなる)
◆夜にコンビ二や酒屋は開店していない(夜な夜な飲み食いすることがない)
こうした事柄により、日本ではどうしてもあれやこれやと分断されがちな時間が、イギリスという土地ではひとまとめにして、一日の中で好きな時間をもうけることがしやすくなっているようなのだ。もちろん、これは私個人のイギリスという一つの国から得たアイデアであるだけなので、ほかの国をよく知る諸氏はまた違ったことを感じておられるに違いない。
***
海外生活も、慣れてしまうと新鮮味がなくなる。そのため注意しなければならないのは、(のんびりした国にいる場合のみだが)とかくたっぷりと感じられる「時間」を有効につかわないと、ただただ退屈の権化と化してしまうことである。だいたい忙しいときに限って「あれがしたい、これがしたい」とおもっても、時間があると今度はなんとなく張り合いがなくなってぼけーっとしてしまうのである。ないものねだりもいいところだ。
どなたかがうまいことをおっしゃっていた。「日本人はなにかしなければならないことを探す。そして欧米人はなにかしなくてもいいことを探す」という。どちらかというと、誰に言われるまでもなく、私は実は後者のほうである。少なくとも自分の好きなこと以外は、ちょっとなまけものなのである。ほめられたものではないだろうが、日本人として忙しさの本当の意味をDNAレベルで知っているから、かえって反動で暇を楽しみたい欲求が強いのかもしれない。
***
その昔、紀元前2000年のころにはバビロニアで日時計が使われ、古代エジプトでは水時計、中世イタリアでは砂時計が、そして中国では燃焼時計というものが使われていた。ルネッサンスを前にするころからいろいろなスタイルの時計が開発されて、16世紀にはドイツ人がゼンマイを発明し、18世紀には自動巻時計がスイスで発明された。そのあとも電気時計だとか音叉時計といったいろいろなときを知らせるスタイルができあがった。ときの観念は人類の歴史がすすむにつれてどんどん明確に、精密になってきた。
そこで私は、その昔、時計がなかった人々はどんなふうに時をはかっていたのかを知るための小さなシュミレーションを試みる。たったいま、ビクトリア朝時代に建てられたテラスハウスの小さな部屋の窓から、新緑のふくらみ、流れ行く雲とを見渡して、陽のかげりや日差しの角度を肌で感じ、夕飯前のちょっとした空腹を覚え、ささやかな一日の物語をよみながら原始的な時の運びを知ろうとする。まるで航海中の水夫が空を見上げて方角と時の流れを知るように。なかなかこの作業、開放的で気分がいい。けれども、ふとパソコンの右端に目をやればデジタル時計の小さな数字が時を刻み続けている。
その数字は音もなく移り変わる。結局、この世の中では一日に与えられた時間は24時間であることを知らされる。あっというまに過ぎ去っていく年月。与えられた1日はやはり1日としてすぎていき、振り返れば光陰矢の如し。時を刻む正確な秒針をどれくらい密度の濃いものとしてとらえるかはすべてその人次第だ。けれども、「日本はいいなぁ」とホームシックを気取ってみたり、こうやって「時の流れって不思議だな」と他愛もないことに考えをめぐらしたりできるのも、皮肉なことにたまたまこうして過ごしている「イギリス時間」のおかげなのだろう。
カテゴリー[ UK ], コメント[5], トラックバック[0]
登録日:2006年 05月 18日 01:06:14
コメント
悠久なる大地、時の流れがストップしてしまいそうなインド、そこでは日本人とは次元が異なるとさえ思えるゆったりとした、ときとして眠くなり怠惰でになり、動きが緩慢になる。けだるそうにのっそりと歩いているかの神聖な牛、人間の営みさえ、まるで時間の概念を超越したようなたたずまい。こんなインドも最近では目が覚めたようにIT化だ先端電子機器製造だとかに忙しい。産業の領域が広まり、経済が活発になり、流通は活況を呈し、ひとがめまぐるしく動き出す。とまっていた時間が急速に回転しだす。これは結構なのだが、果たしてこの変化は人間にとって幸せなのかどうか。世の中の進歩、前進、改善、改革、生産、全てが経済にからんでの状況変化。変化は明らかに伝統的なときの概念を変えていく。それが人々にとって果たしていいことなのかどうか、誰もわからない。その国のときの流れに身を任せるしかないだろう。でも、日本人でイギリスでの25時間、はたまた26時間のゆとりのある時間を堪能できるひとは幸せだと思う。確かに日本にいるととりつかれたように時間の亡者になる。余裕がない。せかせかした人間形成。しかし、こうした環境で育ったこの日本人が、時間の観念が著しく異なる外国の地で生活するということになると、これまた相当の欲求不満やストレスを感じることにもなる。時間が文化を形成する。文化が時間によりつくられていく。イギリスと日本の二つの国で異なる”時間”を体験できるあなたは幸せである。
ガンジー @ 2006年 05月 18日 11:30:33
インドこそ悠久の文字が似合います。本来は人間みな悠久に生きていたはず・・・・ いずれ人間がまた原始的生活に戻ることはあるのでしょうか。あるいは原始ルネッサンスがおこったり?
ところでのんびりイギリスの記事を書きましたが、一方こんな記事をみつけました。イギリス人の昼休みで食事にあてる時間は平均19分、のこりはほかのことにいそしむという記事です。やはり食事となるとファストフードから抜けきらないんですね・・・。バブル期までファストフードも試してみたけれど、その後やはりスローフードへ帰り咲きした日本とは、食に対する意識が違うきがします。のんびりしても食事には時間をとっていないんでしょうか。
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/world/england.html?d=20060519afpAFP007071&cat=61&typ=t
mika @ 2006年 05月 20日 04:56:19
”光陰矢の如し”というのは実感がありますね。
矢ということばの鋭く荒々しい感じが実に良い。
まっしぐらに一直線に男性的に惑わず的めがけて
矢がはなたれるときの緊張感がたまらなく魅力です。
鋭い矢のスピード感と人生そのもののややもすればのんびりした感覚とのあいだの乖離がまた面白く感じます。
しかし、そんなゆっくりした余裕は無いのかもしれません。時間は確実に刻まれ、残りの時間は制約されていく。自分の今まではなんだったのか、残された時間でなにをやっていくべきか、どんな人生の達人でもこうした気持ちを必ずや抱く宿命を人間は持っているのでしょう。鋭く速く一気に対象に迫る矢のごとく、
人生もあっという間に、つかの間に過ぎてしまうかもしれません。そう思うとき、改めて光陰矢の如しのことばの意味を素直に理解し、その線に沿った努力を日々やって行きたいものですね。
Y.F. @ 2006年 05月 21日 19:45:08
このエッセイ凄く好きです。
上手く言えませんが、とても好きです。
gota101 @ 2006年 07月 11日 21:55:39
gota101さん
ありがとうございます。
ここでは肩の荷をちょっとおとしつつ、
「まじめに」そして「素直に書いてみてしまおう」というのが
基本スタンスです。
新情報はなくとも徒然的になにかしら
感じていただけたらうれしいです。
でもやっぱり、そのスタイルも、イギリスという場所で
のんびりした空気にあたっているからこそ、
というのもあるのかなぁ。。。これからもどうぞよろしく。
mika @ 2006年 07月 13日 05:32:12
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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