ポートレート
ロシア皇帝ニコラス一世時代の皇室花瓶 サザビーズで競売される - 英国
【ロンドン/英国 28日 AFP】ロシア皇帝ニコラス一世(Russian Tsar Nicholas I)時代(1825-1855)の皇室の磁器の花瓶が25日、競売のためロンドンのオークションハウス、サザビーズ(Sotheby’s)に展示された。
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(c)AFP/SHAUN CURRY
外国に隠棲を決め、引越しのために家財一式を整理していた英国人ご夫婦から、なにやら古めかしいすすけた小箱を譲り受けた。手に取ると、ずしっと重い。「ザ・ノスタルジア・ポストカード・コレクターズ・クラブ」(アイリス・パブリッシング)とある。ラベルを見て、開ける前から「ひょっとして・・・」と心が躍った。「ザ・ノスタルジア・ポストカード」といえば、英国の土産屋をはじめ書店や雑貨店などで手に入る、その名のとおりノスタルジックな写真やグラフィックを揃えた葉書シリーズである。カバーされている年代は1890年代から1950年代まで、つまり英国ビクトリア朝後期~エドワード朝のころ、文化芸術が花開き、産業が進歩し、あるいは戦争という激動を潜り抜けた時代だ。子守唄がわりに画集やら写真集やらをベッドの中でぺらぺらとめくりながらアイデアを転がすことが好きな私にとって、この小箱は思いがけない収穫となった。
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このコレクターズ・ボックスには、縮小版ポストカードが相当数おさめられている。1000枚程度だろうか。表には当時の文化風俗や流行を知らせる写真やグラフィック、ポスターなどが印刷され、裏には撮影(作成・出版)年代とともに簡単なキャプションが記されている。当時の写真撮影・現像技術や印刷技術に、コレクターズ・バージョンの出版年(不明)から今日までの年季による色あせがプラスされ、いい風合いを出している。「古きよき時代」をしのばせる絵本として、当時の世相を知らせる歴史読み本として、参考資料やヒント集とするのにもってこいの代物である。
当時の商品セールスプロモーション・ポスター、アール・ヌーヴォー時代のファッション、発売されたばかりの自動車、往年の大スター全盛期が飾る雑誌の表紙、当時大賑わいのリゾート地の風景、教科書でしか読んだことのないような有名作家や芸術家の私生活・・・、その他もろもろの文化風俗を伝えるポスターや写真が次から次へとあらわれる。おそらくすべてのものが、当時の最新鋭の科学技術であったり、若者に大人気の流行であったり、解決法を見出せない大きな社会問題であったりするのだが、いまみればどれもすべて「ノスタルジア」物語の主人公たちである。
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この紙芝居、通して見てみると、人をモデルにしたものが実に多いことに気づく。主題を人においたイラストや写真が実に多い。人は人の姿、あるいは人がつくった物の姿を通して歴史を知るのだなと感じる。
なかでもとにかく顔が多い。被写体は、ときには気丈に、誇らしげに、不安げに、うつろに、無気力に、悲しみにうちひしがれ、虚栄心におぼれ、無意識に、意識的に、自信に満ちて、絶望的に、そして喜びや楽しみをたたえている。少々小柄な人が多く、また一般庶民については特に素朴な表情がみられることをのぞいては、人の顔とはあまり変わっていないのだなと感じさせる。画家やイラストレーターの目、あるいは写真のファインダーを通して残された彼らの顔。顔。顔。
ちなみに英国はヨーロッパそして世界でも類を見ない肖像画大国である。ゆえんは英国美術に詳しい先生方の解説が沢山見られるので割愛するが、とにかく英国人の肖像画への愛着ぶりは「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」という世界でも珍しい肖像画専門の美術館があることからもわかる。ヨーロッパ美術に多い宗教画とは一線を画し、肖像画の歴史は英国美術史の大部分を占める要素といっても過言ではないくらいだ。
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「顔」の多さ。身近な例で英国の新聞がある。まず先入観なしに一面を眺めてみる。ちょっと大げさに言えば「さまざまな思惑が乱れ咲いている」ように思う。それは大見出し・小見出しの効果よりも、写真から受ける印象だ。
連鎖する顔。時事を伝える新聞であればそれは普通かもしれない。だがなにかが違うと感じさせる。よく観察してみると、四角くトリミングされた写真の中におさまる顔の割合が多いことに気づく。被写体以外の余白が少ないような印象を受ける。
なかでも特に重要なニュースに付随する場合、その顔は紙面上でずいぶんと気前よく、大々的に配置されている。その表情がさまざまな意味でよくとらえられており、細かな髪の乱れや肌のしわ、口のゆがみやニキビまで見えてしまい、ちょっとドキッとするくらいである。要は「ドアップ」が多いのだ。
写真は、動きのある表情をとらえ、演出することが上手とされる欧米系フォトグラファーにより撮影されている。するとおのずとはっと息を呑むいい表情をおがめるときもあれば、逆に目をそらしたくなるほど被写体の個性や境遇を容赦なくとらえているのも多く見られ、それが「ドアップ」効果により迫力を倍増させている。
政治家や王家の人々、有名人、スポーツ選手・・・。それだけならとにかく、ちょっと気になるのは、一面をすぎたころから目に付いてくるいわゆる「ジャーナリスト」たちの面々である。ジャーナリスティックな人々の顔の露出はとにかくやたらに多い。カメラ目線が彼らのお気に入りである。
日本では特派員やレポーターの名はそれほど大きく扱われないが、英国ではジャーナリストの顔(そして太文字で強調された名前)がかなり幅をきかせている。大切なのは、キミたちの顔ではなくて記事の中身ではないのか?とも正直思うのだが、英語文化圏でジャーナリズムで名をなすには、顔+リード内に強調文字で出現する名前クレジットはとても重要らしい。
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ゴシップ好きの人々が多い島国のことだ、人々の好奇心を満たすためには、少々行き過ぎともおもえる「顔」が人目を惹く第一条件のひとつであるのだろう。外国人の私の目からみると、ちょっと顔が多すぎなのではないかとうんざりするくらいであるが、これもあくなき人間への興味の反映なのだと解釈すれば、お国柄の個性も知りえよう。
表情は人の心をよくうつす。それもすべて、目と鼻と、口と頬、眉、ひたい、耳・・・・もろもろの表情筋で構成される顔あってこそのこと。
さて、私の今晩の子守唄もまた「ザ・ノスタルジア・ポストカード」のコレクターズ・ボックスを開くところから始まる。ひょんなことから私の手に入り込んだ人間社会のクロニクル。今夜はどんな顔を見せてくれるのか。
なお最後に、今回セレクトした写真の被写体は旧ソ連の第5代最高指導者であったレオニード・イリイッチ・ブレジネフのモザイク画である。英国サザビーズのオークションにかけられたこの「顔」に、「ノスタルジア」を感じたら、それは時代が確実にすすんでいる証拠である。
カテゴリー[ アート・文芸 ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2006年 05月 30日 05:26:36
コメント
すばらしきエッセイありがとう!!
特に親しいと言うわけでもないであろう近所の老夫婦からの
贈り物と解していいとしても、それは旅する人しか経験できない、手にすることができない至宝ですよ!
顔といえば確かにそうですね。
写真技術の歴史的背景があるにせよ、
日本ではあまり顔は強調されない。
豊臣秀吉がお猿さんみたいな顔をしてたとか、
源 頼朝が端正な面長な顔だったとか、いろいろ
あるけれど、ヨーロッパのナポレオンの顔のように
はっきりと印象に残る顔って、日本人にはないですよね。
徳川家康だって、みんなが好きな信長だって、一体どんな顔してたのかなんて、ピンと来ないですよね。その点、ヨーロッパの歴史では、常に顔が明確に表に浮き出されてくる。みんなの印象に刻印される。顔でいざ勝負。日本とはだいぶ違うよね。表に出そうとする文化、抑えようとする控えめな文化、それぞれ表現の方法や受け手側の反応もまた違う。
こんな具合だから、国際政治の舞台でも、堂々とした自己主張のエネルギーを感じさせる欧米系の顔と遠慮がちな押さえ気味の顔とでは、最初から勝負にならないのかもしれない。論じるとき、自分の信念を語るとき、自ずと顔が赤らみ、こぶしを振りかざし、身体全体がホットで高揚し、相手を圧倒する、そんなときの人の顔は圧巻である。勝負の顔。自己アピールの顔。
長い歴史の中で、欧米人は大事な場面で常に自分を最大限に
表現する術を蓄積してきた。その術はすべて顔を通して実践される。ひとり一人の顔が鮮明に且つ明確に表に出てくる。肖像画や写真の映像にくっきりとそれは収められる。かくして顔は漫然としたイメージとしてではなく、そこにある存在として、主張として人々に植え付けられる。
顔に関わる文化論、これもまた、考察の対象として実に興味あるテーマですね。
あまり長くなるのもいかがかと思うので、今夜はこの辺で。
fusen waretar @ 2006年 05月 30日 20:54:29
でるくいはうたれて和に順ずる日本とは逆に
西洋においてはでるくいもすべて個人の権利ということなんでしょう。
肖像画についても
美術の世界で写実性を重んじてきた西洋と
そんな写実性はちと疲れるというので平面で
色彩を尊重してきた東洋の根本的な違いが影響しているでしょう・・・。
でも、エリザベス女王(一世)の肖像画なんかは
神格化するために平面的にかかれています。
「ノスタルジア・ポストカード」は、
ジャポニズムの影響を受けた
アールヌーヴォー全盛期に重なるので、
けっこう浮世絵的な配色や構図のものも多いですよ。
でも、なんかこう、立体的にしてしまうアイデアが抜けきれず
完璧には平面化されていないぎこちなさを
感じるものもあります。
なにか「捨てきれない」ものがあるんでしょうね。
一方、東洋において個を捨てきれてはじめて感性する美は
仏教的な香りがします。
な~んてちょっと理屈っぽいですが・・・
とにかく心地よさでいったら私は比較的平面的なほうを
好みます。だてに日本の漫画を読んで育っていませんものね。
フォークよりはしのほうがすきなのと同じです。
ところで近々、立体と平面に関する観察考も
書きたいと思っています。
これは、ちょっとした視覚のお話になりそうです。
mika @ 2006年 06月 01日 21:44:59
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