ファッション・マニエリズム(6)
【3月19日 MODE PRESS】米国の高級百貨店ノードストローム(Nordstrom)が、年間を通して地球環境に配慮した包装やエコバッグを展開すると発表した。
全店に、100%リサイクル可能なショッピングバッグやギフトボックスが導入される予定だ。
さらに、西海岸の店舗ではオリジナルのエコバッグを発売する。シルバーコーティングしたリネン製のトートは、小さなポーチ付きで21.95ドル(約2200円)。同店の広告ビジュアルを手掛けるルーベン・トレド(Ruben Toledo)のイラスト入りだ。(c)Fashion Week Daily/MODE PRESS
<その6> エコ・ファッション。
ここ数年、世の中とみにエコ・ブームだ。本来なら一過性という意味も含むブームというべきではないだろうが、企業はこぞってエコエコと示し合わせたようにさまざまな活動を始めている。もうすっかり日本語になってしまったエコ。いろんな定義があるエコだけれども、とにかくちまたで提案されているいわゆるエコ・スタイルそのものを生活や主義主張に取り入れていくことも、すっかり「ファッショナブル」なものになったようだ。
・・・
その一つにおなじみになったエコバッグがある。これにもいろいろなデザインがあって、ぺなぺなうすっぺら素材で一見なんでもないちゃちなお買い物バッグが、何千円もしたりしていることもある。柄やデザインも多種多様。
本来は、無駄な袋を使わないようにしつつ、そのバッグの中に入れるものが大切なのだけれども、まぁ丈夫で長持ちするのならそれくらい出費してもかまわないという方々も多いようす。いずれは飽きて、また新しいものを買う羽目になるのだろうが、これもまた、エコから派生したれっきとしたファッション・マーケットにのったシロモノになっている。ちなみに私個人としては、英国にあるアウトレットショップで買った、一個1ポンドほどの、くたくたのコットンバッグがお気に入りである。これは小さくたためて、丈夫で、洗濯もしやすくていい。
日本でも戦後直後から連載が始まった「サザエさん」の四コマ漫画の時代まで下ってみれば、買い物かご(あるいは配給のためのカゴ)や紙袋といったものは生活必需品で、カゴのふちから大きな大根がのぞいているのもなんと日常的な姿であったことか。それに少女時代に時折見た60年代のフランス映画では、野菜やらフランスパンやらをそのまま紙袋に突っ込んで、それを胸の前に抱え込み、トレンチコートのすそを風にさりげなくなびかせながら歩くパリジェンヌの姿に憧れた。あるいはニューヨーカーが、通りのはずれにある小さな小売店に生卵を買いに行って、それを数個紙袋につめて店から出て、出会い頭に人とぶつかり、せっかく買った卵が自分の胸の上で台無しになってしまうといったくだりも、当時よくみられる妙に楽しめるパターンだった。
ちなみに子供のころ、母方の祖父が種苗会社に勤めていた関係で、栃木にある母の田舎では種屋を開いていた。そこでは種のばら売りをする。いろいろな色や形の乾いた種が入ったつぼが、店先に並んでいた。時折店先で遊んでいると、種売りの「お手伝い」をままごと程度に手伝わされた記憶がある。確か大きなスプーンをつぼの中に突っ込んで種をすくいあげ、小さな紙袋の中にさらさらと流しいれる。その様子をそばで見ていたのか、あるいは紙袋を実際に手作りしたのか、詳しいことは覚えていない。とにかくそこに立ち会った記憶は鮮明だ。お客さんとの間に、無駄なものなど一切なかったように思う。季節の、あるいは次の季節に芽を出す種たちが、必要な人に、必要な分だけ手渡される様子、それにともなう極めて単純で自然なものの取引の成り立ち。それがごく当たり前におこなわれていた様子はまだ胸の奥底に焼きついている。
大人になるにつれコンビニがぞくぞくと増えてきて、世の中にあふれ出るスーパーマーケットと、それが無償で与えてくれるショッピング袋はなにやら味気のないものだった。そして再びやってきた、豊かな時代の中での意図的エコ的ライフスタイルは、「ファッショナブル」なものからやがては当たり前のものへと定着していくのだろう。最初は例え仕掛け人がいたとしても、結局それが一般大衆へと浸透して、古いもの、新しいものはいつも繰り返し私たちの世の中にやってくる。
母がほそぼそと続けている小さな菜園を訪れた。ここ数年、一年の半分くらいは外国にいるので、日本に帰ってきたときには、母の菜園の様子をみにいくことが一つの楽しみになっているのだ。日当たりのよい日本の冬空のもとで、ねぎや根菜類、それに冬の菜っ葉類が良く育っていた。母いわく、近くの農家のおばさんに聞いた話によれば、実家の目と鼻の先で、いろいろな野菜を栽培しているというのに、その娘さんは、ねぎをのぞいていつもスーパーマーケットで野菜を買ってくるのだという。詳しい理由はわからないが、その娘さんは、家族が野菜を栽培していることが当たり前すぎるから、その価値を見出すことができず、かえってスーパーで買ってきた野菜のほうが新鮮味があると感じているのかもしれない。
その娘さんも、エコバッグとやらを使って、スーパーで買ってくるのだろうか。自分の家のほんの隣に新鮮な野菜がたわわに育っているのなら、エコバッグなんて持たず、あるいは自分の目、自分の手でそれを食卓に採り入れるほうが、正真正銘の地産地消、身近でできるエコライフの真髄だろうに。けれども悲しいかな、恵まれている人ほど、その価値を見出せないこともある。そしてそれを気付かせない表面だけのエコ・ファッションの存在も。
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登録日:2008年 12月 09日 11:24:10
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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