木と老人
【アルジェ/アルジェリア 6日 AFP】世界環境デー(World Environment Day)の5日、アルジェ(Algiers)で記念イベントが行われた。国連(UN)は2006年を「砂漠と砂漠化に関する国際年(International Year of Deserts and Desertification)」と宣言、2006年10月にアルジェで、関連する国際首脳会議の開催を予定している。写真は世界環境デーのイベントで演技を披露する市民。(c)AFP/FAYEZ NURELDINE
老人は朝早くベッドから抜け出し、いつものようにカーテンを開けて向かいの家を見やり、目を疑った。作業着を着た若い見知らぬ男性が、通りをはさんで向かいにある家の庭の木を切り倒そうとしていたからである。
彼は重い足をおしながら、メガネをかけると急いで家を駆け出し、向かいの家の庭の塀ごしに男性に話しかけた。
「朝早くすみません。私は向かいの家に住む者です。率直にいわせてもらうけれど、その木は切り倒すべきではないのでは」
塀の向こうで、のこぎりを片手に当の木を切り倒そうとしていた男性は怪訝な顔をした。
「私はただの雇われてここに来ただけですよ。いきなりそんなことをいわれても」
初夏の朝の日差しはまだ淡く、道には人通りも少なかった。若い男性はちょっと困った顔で続けた。
「なにか文句があるのなら、家のオーナーに・・・」
老人は言葉をさえぎった。
「あなたはみたところ、園芸を仕事にする人のようだからそんなことはわかっているはずです。その木はこの通りでもとりわけ美しい。この道の景色にしっかり溶け込んでいて、周辺に住む人たちや、この通りをいつも歩いている人たちのお気に入りの木なんだ。だからこそ、お願いだから、その木を倒さないでくれませんか?その木を倒すことになんの抵抗もないなんて信じられない」
若い男は、ため息交じりで応えた。
「この庭はこの家のオーナーさんのもので、そのオーナーさんが、木を切るといって私をここによこしたんです。それをあなたがとやかく言う筋合いなんてないのではないですか。それにここで私がどう思うのかと聞くのもlお門違いですよ」
老人は念を押した。「いまならおそくないよ。ちょっと考え直せないだろうか?よく考えて・・・」
すると、出勤前のビジネスマン風のオーナーが外の気配を察したのか、玄関口に現れた。老人の姿を認めると、大声を上げた。
「さっきから聞かせてもらえばなんですか、向かいの方じゃないですか。困りますよ、あなたには関係ないでしょう?この庭はあなたのものではなくて私のものですよ。悪いけれどさっさと行ってくれませんか」
すべなく老人は通り向かいの自分の家に戻ると、窓のカーテン越しから、その美しい木が横に倒され、トラックに積まれて消えていくようすをじっと見守った。
ほとんど泣きたいような気分だった。そして自分の非力を嘆いた。もうずいぶんと長いこと一人暮らしで、窓から見える木の姿と一緒にくらしてきた。春の若葉と夏の濃い緑、秋の落葉と冬枯れの枝をみながら、毎日ごく当たり前のように季節を感じ取ってきたのだった。それが突如として消え去るとは。しかもこの通りを知らない人のたったひとことで。
木が運び去られたあとも、老人はソファに座りながらぼんやりと思いをめぐらせた。昨日まで当たり前のように立っていた木の輪郭を思い描いてみた。背丈こそ、2階に着く程度の高さしかなかったけれど、丁寧に手入れされ、横広がりで、左右非対称で、そして美しくなめらかな枝につく葉が、風になびき、鳥のさえずりを呼んでいた木。ときにはほんの小さな子供が、仲良くふたりであるく恋人同士が、足早に歩くビジネスマンが、通りがかりにその姿を見上げては優しく微笑んでいく。老人はそんなさまをみるたびに、日々の小さな喜びを見出していたものだった。
怒りはやがてあきらめにかわる。向かいの家のオーナーは、最近あの家に入居したばかりなのだ。以前の入居者は、感じのよい4人家族だったが、子供が成長して独立し、手広になったというので夫婦ともども引越しをしてしまい、家はしばらく空家になっていた。老人はその後に入居した新参者と満足に話を交わしたことがなかったが、おそらく懇切丁寧に剪定され、育て上げられた木の姿を、以前の入居者の色とみなし、居心地が悪いと感じたのかもしれない。「自分の庭」の設計図が、頭の中にあったのかもしれない。
昼近くになり、道ゆく人々の往来が増えてきた。初夏の日差しが高くなった。いつもなら木陰となる道も、いまではただのっぺらぼうに陽がさすのみである。素通りしていく人々の幾人かが、おこった異変に気づいたのか、歩く速度を緩めて庭をみやっていった。なかにはわざわざ塀越しに庭の中を覗き込んで頭をかしげたりする人の姿もあった。
老人はいまや平坦となった窓越しの風景を眺めていた。この道を行きなれた人々の何人が、切り倒された木の陰影をあとあと思い起こすだろうかとふと思った。そして自分すらこの先、あの木のない風景に見慣れてしまうことを、ほんのすこし恐れた。
カテゴリー[ 徒然 ], コメント[2], トラックバック[0]
登録日:2006年 06月 12日 01:07:25
コメント
ずいぶん前の話だが、私が良く行った神奈川の
名門ゴルフ場での思い出である。
何番ホールだったか忘れたが、ミドルコースのフェアウエイの
真ん中に、ちょうどスタートラインから200ヤード
位の所に樹齢数百年にはなろうとする桜の木が
プレイヤーの人気を博していた。4月の季節にも
なると見事な桜にみとれて、しばしティショットの
ことを忘れるぐらいの見事な景色であった。
それがある日忽然と姿を消した。
あれだけの大木である。のこぎりで切り倒す
というわけではない。かなりの大工事であった
筈である。
のどかなフェアウェイはみるからに殺風景な
ありきたりの景色になってしまった。
キャディの説明によれば、桜の大木のおかげで
プレーの進行が遅くなるので、ゴルフ場の支配人の
判断でそのように決断したんだそうである。
環境はみごとに破壊され、プレイヤーを楽しませた
あのなごやかな雰囲気は完全に商業主義にとって
代わられた。
この種のことは、日常茶飯事である。
公園はイヌの散歩に独占され、子供達が
遊び戯れるはずの草原は動物達の
し尿処理場と化す。”ペットのかわいらしさを
理解できない人っているのよねー!”と言って、
公園を占拠する。
人の安らぎと憩いの場が、動物と奥様達の
喧騒とおしゃべりの場に変化する。
視点を変えて、こういう見方もあるんだ、
こんなことして、お客様はどう思うんだろう
という配慮と思いやりの気持ちが急速に
薄れていく。コマーシャリズムの横行、勝手な
主義主張の蔓延。
結局のところ、長い長い歴史の積み重ねと
人々の芸術的愛好心に支えられたきた
貴重なものがどんどん失われていく寂しさ。
無頓着と感性の劣化。
この文明的退潮をどのように抑止し、
のどかな雰囲気をかもし出すこころの
ゆとりをどのようにキープしていったら
いいのか。
「老人と木」を拝読し、そんなことをあれこれ
考えた次第です。
Y.F. @ 2006年 06月 13日 22:34:54
ゴルフ場のお話は、なんだか切ないですね。
桜の木といえば、近年、街のひとびとの目を
楽しませてきた幼稚園の敷地にある桜並木が
すべて切り落とされてしまったことがありました。
大きくなり、フェンスを押し倒しそうだった
というのが理由のようでしたが、
何十年も生きてきた太い木が消えて
「あ~あ」と通り過ぎた人も多かったろうと思います。
それでまた、新しく愛される環境ができるまでに
どれほどの時間がかかるでしょうか。
残念なことに人の目が慣れるのは恐ろしく速い。
よくある話、仕方のない話
そうやって流していかなければ
ならないことも多い日々です。
一方で、話題性や新しさがもてはやされ
それはそれでいいことかもしれませんが
目立つものを追いかけず
基本をみることも時にはいいことと思います。
ということで、周囲の風景によせたちょっとした心の動きを
記す意味でこのエントリーを挙げた次第です。
(実際に最近目にした出来事が
ヒントになっています)
mika @ 2006年 06月 15日 04:25:59
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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