もってけドロボー

ターナーの名画 最高値の583万2千ポンドで落札 - 英国

【ロンドン/英国 6日 AFP】19世紀を代表するロマン派の風景画家、(Joseph Mallord William Turner、1775年~1851年)の傑作として名高い水彩画「Blue Rigi」が5日、有名オークションハウスのクリスティーズ(Christie’s)で競売にかけられ、200万ポンド(約4億600万円)という当初の予想を大きく上回る583万2千ポンド(約12億2600万円)で落札された。これまで競売にかけられたイギリスの絵画では過去最高の値で落札されたことになる。(c)AFP/CARL DE SOUZA

AFPBB News


ターナーの水彩画は大変な額で落札された。モノによって高いものはべらぼうに「高い」。一方、「安い」ほうで値段が競ったりすることも、よしあしは別として当たり前。英語の”steal”は動詞の場合「盗む」という意味だが、単数名詞で”For a steal” “~is a steal” “a steal at…” などとして使うことがある。”It’s a steal!” といった場合には「超お買い得!」という意味だ。似たようなものに”bargain”や”deal”といった単語があり、”It’s a bargain”や”It’s a deal”のような表現は店頭POPや広告によくみかけられる。いずれも破格値商品や値ごろ感のある掘り出し物をダシにした呼び込みのアイキャッチフレーズだ。しかしこれはあくまでも売り買いをともなう商売を考えたときの話。正真正銘、値段のつけようもない「もってけドロボー」現象は、英国では一般庶民レベルで公然と行われている。
...

英国の住宅街を歩いていると、よく台形の大きな鉄製の箱が道端に置かれているのを見かける。この鉄の箱は、英国でスキップと呼ばれている。スキップを見かけたら、まずそれは近所の人が引越しの荷造りをしている、あるいは業者を使ってのリフォームや建物の新築、取り壊しが行われていることを意味する。地方機関系の専門業者が管理し、ある一定期間をすぎるとそのスキップは運び去られる。

中をのぞいてみると、工事の際に不必要になったレンガや瓦礫、砂利、泥や砂、板切れなどが山積みになっている。さらには、インテリア家具や電化製品、キッチン用品や文房具、ガーデニング用品そのほかもろもろのものが渾然一体となって「廃棄」されていることは日常茶飯事である。

スキップの中には例えばテレビやビデオプレイヤー、子供用のおもちゃ、食器や雑貨類、いすや本棚などがほうりこまれていたりする。これらの中には、どうしてこんなものを捨てるんだろう、もったいない・・・とおもうもの、つまりどう考えてもまだ十分に使える、ときにはほぼ新品のものがあったりする。

いつか私はテラコッタの大きな鉢がほしいと思っていたとき、道を歩いていたら、ある中型のスキップに出会った(スキップはサイズもいろいろ)。淡い期待をこめてちらと中をのぞきこんでみた。すると、スキップの中は「捨てたてほやほや」、まだ風雨にさらされずに綺麗なままであった。私はその美々しい廃棄物の山の中に、望むべき完璧なコンディションかつサイズのテラコッタの鉢を見つけた。

私はそのテラコッタの鉢を、せっかくなのでひとついただくことにした。このほかにも、ビデオプレイヤーとテレビ、まだまだ綺麗な子供用の机などが折り重なるように入っていた。私がそのスキップから鉢を取り出そうとしているとき、通りがかりの男性が足をとめた。そして私と同じようにスキップの中をちらりとのぞき見、ビデオに目をとめて様子をうかがい、携帯電話をかけ始めると、おそらく奥方に、「ハロー ダーリン 僕だけど。いま近くのスキップの前にいるんだけど、使えそうなビデオを見つけたよ。持って帰ろうと思うんだけど、どうかな?」

スキップの中からちょっとした品を失敬するレベルでは、占有離脱物横領の罪に問われるなどといったそんな難しいことは、まず語られない。「使えそうなもの」が意図的に表に見えるようにして廃棄されている場合、まず「興味があったらどうぞご自由にお持ちください」というメッセージを含んでいると考えて差し支えない。そうした不文律がちょっとおもしろいくらいに浸透している。

スキップが、無料のリサイクル用品陳列コーナーであるとしたら、家の玄関前やフロントガーデンは、正真正銘のフリーマーケットである。塀の外に忽然と、テーブルやシェルフ、椅子、バスケット…などが陳列されているときがある。ときにはダンボール箱がおいてあり、タオルや洋服、ベビー服などがはいっていたりする。

置かれている品々に値札などなく、番人もいない。キャッシャーらしき気配もちろんない。かわりに「for your lovely home」だとか、テレビやオーディオプレイヤーなどの電化製品なら、「It’s still working order」などといった貼紙のメッセージが親切についていたりする。誰もいちいち「これをもっていってもいいですか」などと家の人に聞いたりはしない。

気になるものを見つけたら、「これって捨てられたものなんだよね」などときょろきょろせず、躊躇せず、即座に、迷わず、そして自信に満ちた風情で堂々と、スマートに持ち運び去るというのが流儀である。というのは、捨てた人は早々に持っていってもらえることをのぞんでいるわけだし、自分が興味をもった品は大抵、1分後にもほかの人に先取りされてしまっている可能性が高いからだ。

数年前に英国で学んでいたとき、小さなフラットを借りていた。入居するとき、私はこの道端フリーマーケットにだいぶお世話になった。一見して少々薄汚れていると思える家具なども、ペンキを塗りさえすればすっかり見違えたりするものだった。

フラットを退去するときも、同じようにリサイクルすることにした。いらなくなった椅子やテーブル、布類、家具類やテレビなどをフロントガーデンに陳列をしたところ、30分もしないうちにすべてがなくなった。通りがかる人の大抵がその陳列に足をとめ、物色し、それをそ知らぬ顔をして運び去る。けっこう大きなテーブルをすました顔をしながら一人で持ち運んでいった小柄な女性もいた。そうした人々の姿をカーテン越しで観察していたときのおもしろさはいまでも忘れられない。

こうしたリサイクル文化が日本に浸透したらどうなるのだろう。ルールなくては節操もなくなりがちな日本ゆえに、度が過ぎない程度に普及させる必要があろうか。それでもやがては資本主義にのっとって多少なりともお金を取ろうとする人が結局は見え始めるのだろうか。

日本でも、ネットの中古品の売り買いやオークションは盛んだし、青空市やセカンドハンドショップにいくといつも人がいるが、実際に品を手にとって見ると、「どうしてこれにこんな高い値段がついているんだろう??」とアタマを傾げたくなるものも多くある。

いっそのこと、タダで奉仕すればリサイクル気概も上がって、よりいっそうモノを工夫して大切に使うようになるのではないかとおもうのだが、それは新しいもの好きな日本人には限界があるのかもしれない。

合理的にも珍妙にもおもえる英国の青空リサイクル。アンティーク大国らしく、「古いもの=よいもの」の発想があってこそなのか。あるいはモノ余り現状をとっくの昔に経験した古い国だからこそ、根付いている慣習というべきなのか・・・。

もってけドロボー。どれをどういいと思い、価値をつけるかは、その人次第。ただし外国にあっては、気を緩めて大切なモノをむやみにちらつかせぬよう。次の瞬間、それは人のものと化しているかもしれませぬ。

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登録日:2006年 06月 24日 23:47:31

コメント

<筆者からの余談>
もうひとつ、関連するものにチャリティショップがあります。
その名のとおり、非営利目的のチャリティの店です。
ブリティッシュ・レッド・クロスやオックスファム
などが有名です。閉店後、夜に店の前を通ると
よく大きなビニール袋が店の前に置かれています。
誰かが店に寄贈したもので、
中身は大抵、洋服であったり小さな雑貨類だったり。
これらはやがて店の商品となって、売り上げはチャリティに。
私も、このチャリティショップにいらないものを
袋詰めにしてもっていきました。
すると、ニッコリ笑顔で、「サンキュー」
中身もなにも見ないまま、引き取ってくれました。
こうしたものが、日本にももっと
あるとよいのになと、思っています。

mika @ 2006年 06月 25日 03:28:51

実に面白い記事拝見。
文化の違いというか、伝統が根付いているというのか、
ものの大切さに対する感性が違うというのか、社会福祉への
理念や対応が異なるというのか、イギリスと日本の
文化比較論にまで発展する素材だと思います。

一昨日、ご当地(自分のエリアに”ご”をつけるのも
どうかと思うが)で、にぎにぎしくリサイクルショップが
オープン。開店まじかの店のそばを車で通りかかり、
多くのひとが店の前にたむろし順番を待っている様子。

興味があるので、オープンから2時間ぐらい立ってから
自転車で駆けつける。
出展(?)・陳列(?)商品はれいのごとく、家具、家電、
小物グッズ、健康器具、自転車、ポンコツゴルフクラブ、
比較的良質(と見える)服飾品等々。さして興味を惹きそうな
ものは見あたらない。

店の一番格好な場所に、比較的おおきなショーケース
にグッチ、ルイビトン、ダンヒル等々のブランドものの
バッグ等々。

店のせせこましいスペースとなんらの統一されたコンセプト
を感じさせない単なる雑多な商品の陳列からみて、
この店の寿命を早くも察知。

思いつきで商品を選定。
もう一回店にくりだす興味をもてない
安物売り。
ルイビトンのバッグ等の舶来、ブランドものが
唯一価値あるものと錯覚してか、あるいは需要と
ニーズに応えんとしたのか、法外とも思える料金。

店に雰囲気がない。香りがない。
ひとの気持ちを駆り立て、あるいは和ませる
工夫もない。

イギリスのリサイクルの場合、社会やひとびとの
持っている落ち着きや提供する品物にほのかな
愛着と自信さえ感じさせ、つい手にとって、覗いて
みたくなる雰囲気が感じられ実にいい。

チャリティや福祉にたいする社会全般の意識のあり方や
そのような場所を提供し、雰囲気を創り出す人々の
知恵もまた日本とは違うように思えます。

骨董品やいまはすたれた質屋の店先にたまらない
ノスタルジャーを覚える小生にとっては、この分野の
研究と実地体験のためにも、ボチボチイギリスに
繰り出す時期かななどと勝手に想像をめぐらせた
次第です。

おもしろい記事ありがとうございました。

fukusemoyaseoke @ 2006年 06月 25日 06:24:46

ご近所になかなか興味深いお店がオープンしたのですね。
きっと、始めはごった混ぜな感じでも、
いずれ店長さんが「これはまずいぞ」と
きちんとリサイクル品もマーケティングし始め
よい店ができるかもしれませんよ。
(リサイクルながらも
お店の人の考え次第というのがまた皮肉ですけれど)

イギリスのほかに、きっとほかの外国にも
似たようなものがあるとは思うのですが、
イギリスでみる限り、チャリティショップは
洋服などは、色やサイズ、用途などにわけて
見やすく陳列されていることが多いです。
それにすべてクリーニングがかかっています。
中にはウエディングドレス特集とか
ナイトドレス特集、といったような、季節の企画もみられます。
これらすべてリサイクル用品なのにもかかわらず、
中には日本人の女の子たちが
とびつきたくなりそうなブランド品も
実際に時々あったりするんですけれど、
それもすべて、色やサイズなどでわけられていますから
ほかの一般のセカンドハンドと一緒におかれています。
値段もそれほど違いません・・・ 
市場に出回っているものと比べて考えてみると
実に不思議。
これもチャリティという目的意識と
合理性ゆえかもしれませんね。
(実際にはどの程度どのようにチャリティに
まわされているのかをもっと知りたいところですが・・・)

mika @ 2006年 06月 25日 06:47:23

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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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