南西イングランド小紀行(2)

「プロスペクト・ハウス」はフラット(アパートメント)がいくつか入居する、英国としては「煙突のない」、つまり新築の、白い壁が海辺に映える新しい建物だ。ロンドン近郊出身のCさんだが、パートナーのFさんがデーヴォン出身であったこともあって、縁あってこの土地に移り住んだ。余生を「ゆっくり」ではなく、毎日わくわくするように過ごしていきたいという。

数十メートルある崖の上。そこからまっさらなしみ一つない水平線を望むことができた。かなたにはフランスの海岸があるはずだ。家のすぐそばには自然遊歩道があって、それをずっと進んでいけば、果てはデーヴォンを一周できるという。

その昔、付近には小さな漁村があったが、いまは廃墟になってしまった。それをいままたあらためて開発しなおして今の姿がある。かつての村の建物がいくつか潮風に吹きさらしのまま残っていて、小学生たちが郷里の自然と歴史を学ぶためによく訪れる場所でもあると聞いた。

彼女のフラットは、リビングダイニングキッチンと、ベッドルームが二つ。それぞれの個室にはバスルームがついたスイート。窓からは海ではなく山肌を一望するのが私は気に入ったが、「海側はものすごく高級でちょっと手が出なかったのよ」と彼女は肩をすくめる。けれども谷間のほうに窓が向いているのはかえって二重の楽しみがある。海だけではなく緑の牧草に包まれた山肌となだらかな稜線は目にやさしい。これから植物を植え付ける段取りの真新しいガーデンで紅茶を飲みながら一息入れると、目の前に広がるゆるやかな緑の斜面に、牛が牧草をはむためにどこからともなく現れた。

「牛って走るとものすごく速いのよ! みんな全然信じてくれないんだけどね」とCさんは無邪気に笑う。そんな矢先に、牛の1匹がぽつりと速足を始めると、ぽつりとぽつりとその速度に合わせる牛が増えて、やがて20頭ほどの大きな牛が、白や茶色、黒、黄土色などの様々な色の、大きな体をもろともせずに全力疾走を始めた。いつもはおとなしい印象の牛だが、実は走るとかなり勢いがある。牛のダービーさながら。Cさんは楽しくて仕方がないといった風に、「ほら言ったとおりでしょ?」

(3)へつづく


南西イングランド小紀行 もくじ

(1)
(2)
(3)
(4)
(5)

カテゴリー[ 旅 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2009年 06月 12日 01:20:07

Trackback

この記事に対するトラックバックURL:

カレンダー
< 2009年 06月 >

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30



プロフィール
福嶋 美香
紀行エッセイ リスト
アートギャラリー
ブログ
◆経歴:ふくしまみか
ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
検索