南西イングランド小紀行(5)
もっと西の、コーンウォールまで足をのばして、いくつか文学や美術にゆかりある場所を訪れてみたい気持ちはやまやまだったけれども、いわゆるフィックスチケットでの、限られた旅程だったので、デーヴォン二泊三日の滞在はあっという間に終わろうとしていた。
三日目の朝、「プロスペクト・ハウス」へのなごりを惜しむ時間もあまりなく、少々早めに出なければならなかった。最寄りの鉄道の駅トットネスに向かう道中、こんなに人里離れたところに住み始めて不便はないのかと聞くと、Cさんはまだ住み始めてから数週間しかたっていないから、まだまだ生活のリズムをつくっている最中なのだという。
一番大切なのは食糧と生活必需品の調達だ。最寄りの町キングスブリッジまでは、自転車で出かけるにはちょっと坂道が多すぎるし、バスは1日に数本しか出ていないので、結局自分で車を運転するか、あるいは大手スーパーマーケットの配達を利用して、まとめ買いをすることになる。CさんのパートナーのFさんも、もともとこの地方の出身だからなれたものだけれども、それでも「やはり服だとか雑貨、小物を買う楽しみはちょっと少ないかなぁ」とのこと。それでも彼らの表情や生活ぶりは充実しているように見えたし、すべてがこれからという風情で新しい生活を楽しんでいる風情だ。
ところで、彼らにはすでに成人した子供たちがいる。子供たちが入居したばかりの「プロスペクト・ハウス」を訪れて、まさか自分の親がこんなにまで人里離れた僻地に住まいを構えるとは思ってもみなかったらしく、「気でも狂ったの??」と仰天したとか。人とはちょっと違う個性が尊重されやすい英国でも、ロンドン近郊からいきなりデーヴォンの、少々浮世離れした住まいを持った親を見て、あまりにも突拍子もない選択をしたと子供たちには思われたのだろう。それでもけろりとして「いいじゃない?」と、二人ともいたって明るい。
デーヴォンでは穏やかに、ほかの地域よりも一足はやく英国の夏を迎えつつあった。トットネスまで無事に到着して、プラットフォームで予定の列車を待っている間、Cさんは「もっと時間があればいいのにね。たかが三日じゃ、このあたりの素敵なことはぜんぜんわからないわよ。またいらっしゃいね」。
確かにそのとおり。デーヴォンに限らず、英国の、とりわけ自然や普通の人々が織りなす文化の魅力というのは、一瞬みただけではわからない。かみしめて初めてわかる魅力だと私はいつも思う。その土地、その空気、その人々を知り、ふれあい、理解して、静かだがじんわりと充実したひと時をすごし、思い出としてしっかりと刻むには、英国はあまりにもゆったりと時が流れすぎている。トットネスから再びパディントンへ向かう電車に乗り込んで、列車がゆっくりと動き出した。Cさんがそのときに着ていた赤いジャケットがどんどん小さくなり、やがて英国の初夏の緑の向こうへ見えなくなった。
-end-
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登録日:2009年 06月 26日 02:53:27
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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