パラダイス・ロスト

アダムとイヴは禁じられているはずのりんごを食べて楽園を追放された。ふたりは「りんご」を食べてしまったというこのイメージは、日本をはじめ世界中に実によく浸透しているが、厳密には旧約聖書に「りんご」という記述はない。ふたりはthe tree of the knowledge of good and evil(善と悪の智慧の木)の、forbidden apple(禁断の果実)を食べてしまった。つまり、禁断の果実がなんであったのか、私たちが実際に知ることはできないが、ただそれがとても甘美な誘惑に満ちていたということだけは感じることが出来る。
...

禁断の果実が「りんご」であるとのイメージを植えつけた人物は、17世紀のイギリスの詩人ジョン・ミルトン。ミルトンは自作「パラダイス・ロスト」(邦題「失楽園」)で、アダムとイヴがりんごを食べたとした。禁断の果実はキリスト教の原罪の象徴だが、中世ラテン語で「罪」と「りんご」の発音が似ていたことから、禁断の果実がりんごとなったという説もあり、ミルトンもそのあたりから発想を得ているかもしれない。

旧約聖書が編まれたころの中東において実際にりんごは栽培されていたのだろうか。りんごではなく、いちじくあるいは杏であったという説もあって、地理的にはそちらのほうがしっくりくる。ギリシア神話では、ヘラクレスの話の中に「黄金のりんご」が登場するが、それらは「西方の国」のものとされている。あるいは、中東やエーゲ海の方角からみて、楽園と称されるほどの魅力に満ちた場所、太陽が沈む西方の場所に、本当にりんごが沢山なっていたのかもしれない。さてそこがどこなのか、ただ憶測の域をすぎないのだが、イギリスかはたまたドイツかフランスか?などと私たちの想像力をかりたててくれる。

りんごの原産地はヨーロッパからユーラシア大陸にかけて。世界中に1万種以上あるとされている。実際にりんごの産地ともなれば、りんごの話はさらに具体的になる。ドイツでは白雪姫、イギリスではウイリアム・テルはもちろん、ニュートンが万有引力を発見したきっかけがりんごであるなど話をあげればきりがない。りんご酒はビールよりも歴史が古いというから、人とりんごのつきあいも相当なものだ。

これまで私が外国で食べたりんごを思い当たるだけざっとあげてみると、ブレイバーン、ジョナゴールド、ピンクレディ、エンパイア、ゴールデンデリシャス、レッドデリシャス、コックス、オレンジコックス、グラニースミス、ガーラなどがあるが、いずれも日本のりんごより小ぶりで、なんといっても形がふぞろいなものも多く、気取らずに食べられるのがかえっていい。なかにはお手玉サイズのものもあり、手のひらサイズでべたつかず、ランチパックのデザートとして携帯するにも便利である。

イギリスにも、日本で親しまれているフジがうっている。これを試しにイギリス人に食べてもらったら、残念なことに不評であった。(甘みばかりで、酸味もない、つまり食べ応えがない品種という反応である)。確かに、イギリスなどで食べられるりんごは、果肉がしっかりと歯ごたえが楽しめ、味が濃く、甘酸っぱい。日本の水っぽいりんごでは物足りないと思うのだろう。

日本にりんごが渡来して、本格的な栽培がはじまったのは明治5年。以来りんごは舶来のフルーツとして品種改良が加えられ、いまでは見るも美しいものに仕上がっている。日本のりんごは大きい。まるまると、水っぽく、淡白で上品な味がする。イギリスのスーパーでごろごろと適当に売られているものと違い、傷がつかないようにきちんと発泡スチロールでくるまれていたりする。蜜入りのりんごを美しく皮をむいて、「さ、おりんごをどうぞ」といったかんじで楊枝でさしながら「召し上がる」姿をつい想像する。

しかし大昔からりんごを知る国の人々は、大抵、シャツなどで2、3回簡単に磨いてから、皮なんてむかずにまるごとかじりつく。皮をむかずに、そのまま果肉の歯ごたえや酸味、しぶみも楽しむ。写真のサッカー選手もそのままりんごをかじりついている。ごく自然な光景だ。大昔から、こうした姿はそんなにかわってはなさそうである。

最近、突然パイナップルが食べたくなって、まるごと手に入れて食べてみた。いい具合に完熟して、濃厚は芳香と甘みが口の中に広がり、思わず顔がほころんだ。とそのとき、パイナップルは英語でpineappleつまりパイン・アップルであることから、果たしてこのパイナップルは、アップル=りんごと何かしら関係があるのだろうかと思い当たった。イギリス人にこのことをきいてみると、アップルという言葉自体に果物全体を示す意味があるので、パイナップルにアップルの文字がはいっていてもおかしくはないとの答えがかえってきた。

パラダイス・ロストのきっかけがりんごであったかいちじくであったかというのも、結局、アップル=果物という概念でひとまとめにできるのかもしれないなどとふと思いをめぐらせた。色、形、香り、そして実り方まで、果物のもつ甘美な誘惑は偶然か必然か。創世の主もこの不思議な魅力に惑わされたのかどうか。

さしあたって、現代人に有用なことわざは:
An apple a day keeps doctor away.
一日一個のりんごで医者いらず。

カテゴリー[ 食べ物・飲み物 ], コメント[3], トラックバック[0]
登録日:2006年 07月 07日 03:14:16

コメント

楽しい記事拝見。
りんごの種類が1万個もあるというのは始めての知識。

そういえば、昔むかし、小学校のころの遠足では
りんご持参が定番であった。当時のりんごは、小ぶりで
実が固く、かむとりんごの果実に血がつくぐらいの実の
締まり方であった。こんな食べ方をして歯や歯ぐきが
強くなっていったように思う。

当時のりんごから比べれば、いまのりんごはまるで
お菓子のようだ。甘くとろけるようである。
イギリスのひとには不評であったろうとは容易に想像できる。
イチゴも昔は小ぶりであった。味はかなり酸っぱかった。
そのようなイチゴは、いまではイチゴジャムに化けてしまうらしい。栃木の鹿沼のあたりの温室栽培のイチゴは上のりんご
と同じ。形はかっての2-3倍は優にある。味は進歩したのであろうが、昔のイチゴの味が懐かしいという人も大いに違いない。

鮎の味も変わった。いまのは養殖がほとんどだから、
まるでししゃものように油ぎっている。養殖のうなぎの
飼料と鮎のそれとが同じという。これでは昔の天然の
鮎の味は期待できない。

すべてが便利になり、農業技術が進歩し、それに合わせた人工的な姿形、味に変貌する。それはそれでいいのだが、
一方では、非常に残念に思うひとも多いはずだ。

アダムとイブの食べたりんごの味はどのようなもの
であったか。姿はどんな形をしていたのか。これらは、人間の
「原罪」を問う宗教上の課題とは直接の関係はないであろうが、気になるところではある。品種改良の名の下に、あるいはまた、商業主義のあくなき探究心で、原種の味がどんどん
変貌する。そう思えば、イギリスのひとがいま、口にするりんご
こそ、昔のりんごの系統を正しく継承しているりんごであるのかも知れない。アダムとイブの食べたりんごが仮にりんごでなく、
なにかの果実だとしても、アダムとイブの原体験を、原罪の重みをイギリスのひとはりんごを口にするとき、無意識のうちに
思うことがあるのかも知れない。

Y.F. @ 2006年 07月 07日 19:14:57

りんごをかむと、果肉に血がつくくらい
しまっている・・・ そうしたりんごを知らない私も
やはり「懇切丁寧」に育てられたりんごをみて
大人になった世代なのだなと実感します。

すっぱかったり、しぶかったりするのも
案外おいしいものですよね。
綺麗な形を愛でるのもいいですが
味噌汁のように「毎日あきない」そんな
素朴な果物も、いままた自然に、
家庭に見直されればいいですね。
(そもそも、最近では、日本では国産輸入とわず
フルーツそのものの価値が低くなり、実際消費量が
昔より減っているというデータをみかけました。
かつてバナナが高級品であったことを考えると
贅沢な話です・・・)

農業もマス・プロダクツ。味も品質も、
裏切りはないけれどもどちらかというと画一的。
かたや、小さな有機栽培農家の産物であると
高額であったり。
だからこそ、一方で家庭菜園などの小さなレベルが
注目されはじめているのでしょうね。

すっぱいイチゴの手作りジャムはおいしいですよね。大好きです。

mika @ 2006年 07月 07日 22:33:20

http://www.afpbb.com/wc2006/704519

りんごではないですが、これもW杯でみつけた
食べ物の写真。おいしそうですね。
こんどはパンについて書こうかな。

mika @ 2006年 07月 07日 22:46:27

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福嶋 美香
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◆経歴:ふくしまみか
ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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