東京果実
【7月8日 AFP】海外駐在員にとって世界で最も物価の高い都市は東京――。
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(c)AFP
今年の春から油絵を始めた。少々じっくりと腰を落ち着けて絵に取り組もうと思った。手始めに使ったアクアデュオはにおいもほとんどなく、水にとけるので環境にもやさしく、気軽に扱えて、仕上がりも問題なし。
水彩画はどちらかというと、子供のころに親しんだマンガや書道の世界に似ているのだが、油は生まれて初めて扱うもの。その独特の持ち味のおかげでじっくりモデルや構図と向き合うことの楽しさを感じている。けれども、描きたいものやテーマが心の中や脳裏にふつふつとわきあがっても、モデルによっては少々お財布にも影響してくるので、練習中の身では「待てよ」と思う。ひとときは自分のキャンバスの前にモデルを置いておかねばならないのだから。
・・・
英国でサマータイムの陽気が本格化し始めたころ絵筆を握る願望がさらに膨れ上がってきた。屋外では簡単なスケッチから始め、室内では正攻法に果物の静物画を描きたいと思って、早速とあるローカルチェーンのスーパーへ足を運んだ。
この国ではりんごが安い。そのほか西洋なしやオレンジ、バナナなどの平凡な素材も手軽だ。エギソティックなものもときによっては手頃なので、ありふれた果物だけではつまらないと思い、このときはマンゴーを一つ購入。昨年秋まで英国はかなり物価が高かったけれども、いいのか悪いのか円高のせいで少しはそれも緩和されたような印象。とりあえずこれで私は満足して、ちょっと緊張しながら静物画に取り組んだ。
さて英国ではじめてしまった油絵だけれど、日本でこんなふうなアートな時間をすごすとしたらどうだろうと考えた。私のここ数年の生活はどちらかというと二束のわらじで、日本では日本の、海外では海外の行動パターンやスタイルをある程度決めてしまっている。けれども油絵はいまのところまともに日本で試したわけではない。今度のお盆にまた帰国したときに、モデルは何にしようかと思いを巡らす。いまのところまだわからない。
東京の中心で静物画のモデルを確保するのは、ちょっとたいへんそう。かりに野菜や果物を調達するとしても、東京都心のしゃれた店の中でうやうやしくひな祭りのごとく飾られて売られる「お果物」のお値段はそもそも解せない。ふわふわのおくるみつきで法外に高い。そのうち価値観と比例する虚栄心のレベルを測ったらどれくらいになるだろう。皮肉な結果になるかもしれない。日本の首都で、市場のメカニズムを経由したしかるべきモデルを使うとしたら、芸術への代価は高い。東京で静物画を描こうと思ったら、けっこうなお値段を覚悟しなければ。もちろん100円ショップで間に合わせられるなら話は別だけれど。
ぴかぴかに磨かれた、傷一つない、人工的な照明の下に美々しく陳列された「お果物」よりも、素のままの、できれば農園や果樹園からそのままやってきたちょっとかたちがいびつだったりするもののほうに魅力を感じる。ちょっと形がくずれているほうが見あきない。世界にたった一つの個性をとらえることができるだろうし、実はそれは自然界にとってごく当然のことにみえる。しかしそれもまた、ここのところ、都会ではオーガニックとか、エコとか呼ばれて、ひょっとしたらもっと高級になってしまうことだろう。
私は首都圏郊外で比較的のびのび育ったほうだと思う。少々間の抜けた呼び名でぞくにいう千葉都民。日本の首都の物価の高さは、仕事ではなく生活レベルとなるとまるきり郊外から見渡すもの。都会生活がいいか田舎生活がいいかは、人の場合人それぞれだろうけれども、個人的にはやっぱり身近なところに実際に触れられる土があって、そこでいろいろなものが栽培できるのがいい。モデルとなってくれるものたちも、ごくごく庶民的なお値段だし、幸いにして家庭菜園からの無料の直送品もあるから、高級だが命の短い生鮮食品の静物画のモデルたちが、その姿を腐らせる前にあせって仕上げる必要はあまりなさそうだ。
芸術的学識のある人はこれを芸術とは呼ばないのだろうなと思いつつも、せめて身近なモデルを使うなら、マーケットの原理で釣りあげられた高価さをまとうことなく、ありのままの姿を保っている素材の姿をとらえられたらいい。
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登録日:2009年 08月 04日 19:26:39
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ライター・ジャーナリスト・エディター。東京生まれ千葉育ち。千葉県八千代市在住。玉川大学文学部外国語学科を卒業後、広告制作会社、新聞社勤務を経てフリーランスとなり、日本や海外で活動中。「ガンダーラ・ハウス」は気軽なエッセイ集です。近況などは上記「ブログ」のリンクからどうぞ。
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