Trier トリア *ドイツ最古の町

世界遺産ポルタニグラでWRCドイチェランドラリーがフィニッシュを飾る - ドイツ

【トリーア/ドイツ 17日 AFP】世界ラリー選手権(World Rally Championship)第9戦ドイチェランドラリーが開催されたトリーアでは、歴史的建築物、ポルタニグラ(Porta Nigra)が有名だ。
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(c)AFP/JOHN MACDOUGALL

AFPBB News


 紀元前16年、皇帝アウグストスの命によって築かれたドイツ最古の町・トリア。3世紀末以降、古代ローマ帝国は4つに分けて統治されていたが、当時、トリアには副帝のコンスタンティヌス(312年には西ローマ帝国の初代皇帝となった人物で、313年にミラノ勅令を発し、キリスト教を公認したことでも知られている)が居を構えていた。トリアにはその後、6人の皇帝が居を構えている。ミラノ勅令の1年後にはキリスト教の司教座が設けられ、9世紀には、カール大帝によってトリアは司教領となった。こうして力を大きくしていったトリアの大司教は、12世紀には選帝侯(神聖ローマ帝国の皇帝を選ぶ権利をもつ。皇帝は諸侯と司教からなる7人の選帝侯によって選ばれていた) となり、トリアはその選帝侯の領土の中心地となり、繁栄を続けた。


*ローマ帝国の遺跡であふれかえる町

 トリアにはローマ帝国の栄華を偲ばせる数々の遺跡が残っており、その多くが「ローマ遺跡」としてユネスコの世界遺産に登録されている。トリアの町は遺跡の上にあるといっても過言ではない。以前、トリアを訪ねたとき、ガイドの方から、新しい建物を建てるために地面を掘り返すと、必ずといっていいほど遺跡が地中から現れると聞いた。実際、私達が町を歩いているときにも、ショッピングモールの建設現場から現れた遺跡に遭遇した。中世の修道院跡らしい。ガイドの方に、この後この遺跡はどうなるのかと尋ねたら、取り壊されるだろうとのこと。遺跡が現れる度その全てを保存していたら、トリアには誰も住めなくなってしまうよ、と笑っていた。

 記事中にあるPorta Nigra ポルタ・ニグラも、そんなローマ帝国の遺跡のひとつだ。「黒い門」という名のとおり、黒味を帯びた迫力のある門で、ローマ人によって180年ごろに建てられたといわれている。石造りの門で、その石は大きいものでは6トンもあるという。石は、青銅製のノコギリで、水車の力を利用して厚い板状に切り出され、モルタルを使わずに積み上げられた。石同士は、溶かした鉛でしっかりと端を合わせた鉄製の留め金で固定されている。留め金の1つは、東の螺旋階段近くの門内で見ることができる。門の外側の留め金は、中世の時代に、金属を再利用しようという人々に取り外されてしまったため、現在では錆の後が残る穴が無数に残されているのみである。石自体は、1028年に隠者として自らを東塔に幽閉していたギリシャ人修道士・シメオンのおかげで、奪われることがなかったそうだ。死後、彼は門内に埋葬され、聖人となった。後に破壊されてしまうが、門内には彼を称える2つの教会も作られた。門内ではその教会跡やローマ人の石工の銘、日付を記した銘などが見られる。

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登録日:2006年 08月 18日 21:45:57

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プロフィール
成田美友
(女)
ambrosia
ドイツにある観光公社「Historic Highlights of Germany」でのフリー編集者生活を終え、ドイツから帰国。現在はフリージャーナリストとして活動中
*主な経歴:出版社で旅行ガイドブック、街情報誌の編集、サイト運営会社で食に関するウェブサイトの編集と編集者人生10年目
*ひとこと:土地の歴史や文化に深く根ざしたヨーロッパの食文化に魅かれ、学ぶ日々。米・Society of Wine Educators認定Wine Specialist/日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート
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