2006年 02月

スミレが奏でる静かな愛は叶わない・・・

スミレの街で花不足 - フランス

【トゥールーズ/フランス 1日 AFP】スミレ製品製造業者ジェラルド・ドュトス(Gerard Dutos)さんは、2006年は花不足のため、生産を中止している。フランス南西部の都市トゥールーズ(Toulouse)では、14世紀以来、小さなスミレの花を街の象徴に認定している。「花の恋人」と表現される地元のスミレファンは、多くの栽培者とバイヤーがスミレの魅力に夢中になることを望んでいる。写真は1月18日に撮影されたドュトスさんの温室で育つスミレ。(c)AFP/GEORGES GOBET

AFPBB News


 Toulouse トゥールーズはフランス南部、ガロンヌ川のほとりの町。レンガ造りの町並みから「バラ色の町」とも称されるが、トゥールーズといえばやはり「スミレの町」である。名物・スミレの花の砂糖漬けは17世紀からつづく伝統的な菓子。本物のスミレに糖衣がけしたもので、表面がカリカリッとしつつ、口の中で溶けゆく際に、ほのかなスミレの香りを感じられる当地の名産品だ。そのまま食べるほか、ケーキの飾りとして用いたり、紅茶に浮かべたりしても楽しめる。日本ではあまりなじみがないが、ヨーロッパでは比較的ポピュラーな菓子で、“シシィ”の愛称で親しまれているオーストリア皇帝 フランツ・ヨーゼフの皇后・エリザベートも大のお気に入りだったとか。


*静かな愛の花・スミレ

 スミレの花言葉は「愛・純潔・慎み深さ・温順・謙虚・誠実・小さな幸せ・素朴・忠実」といった具合に、静かで清純な愛をイメージさせる言葉が並ぶ。そんなスミレを使ったリキュールがある。その名もバイオレット・リキュール。「Sweet Violet(ニオイスミレ)」を原料に作られるもので、フランスのロレーヌ地方で作られたのが始まりだとか。それが現在まで続く「Parfait Amour パルフェタムール」というリキュールで、リキュール名を日本語に訳すと「完璧な愛」という意味になる。またバイオレット・リキュールの中で、特にその色や香りを強調されたものが「Crème de Violette クレーム・ド・バイオレット」(“クレーム・ド・・・”は“より濃厚な・・・”という意味で、普通のリキュールよりもエキス分・糖度が高いものをさす)、またイタリア産のニオイスミレを原料にアメリカで作られたものが「Crème Yvett クレーム・イベット」だ。このクレーム・イベットを使って、現在もバイオレット・リキュールを使ったカクテルとしてもっともポピュラーといえる「Blue Moon ブルー・ムーン」が誕生した。ただし日本では、クレーム・イベットを手に入れることが難しいこともあり、一般的にパルフェタムールを使ってブルー・ムーンが作られることが多い。


*完璧な愛は叶わない

 英語でブルー・ムーンを使った熟語に、「in a blue moon(長い間)」「once in a blue moon(極めてまれに/めったに・・・しない)」というものがある。ブルー・ムーンという言葉は昔から使われていたが、時代とともにその意味はさまざま。月が青くなるなんてありえないことから「決して・・・ない」、ごくまれに大気中の塵の影響で実際に月が青く見えることもあるそうで「極めてまれに」、青色のもつ憂鬱なイメージから悲哀・孤独の象徴になったこともある。いずれにせよ、ブルー・ムーンという言葉には、どこか切ないイメージが漂う。
 カクテル「ブルー・ムーン」は、淡いスミレ色をした甘めのカクテルだが、ジンがその大半を占めるとあってアルコール度数は高め。静かな愛を奏でるスミレの花をつめこんだリキュール“完璧な愛”で作る「ブルー・ムーン」。なるほど、これは人生の機微をうがった一杯だ。つまり「完璧な愛なんて叶わない・・・」、しかもそんな皮肉ともとれる切ない思いは「甘くそしてガツンと響く」、そういうことなのかもしれない。

コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2006年 02月 27日 17:17:57

“禁欲”と“春”を前に楽しむ祭り「カーニバル」

<ニース・カーニバル>南仏ニースの町が活気づく - フランス

【ニース/フランス 13日 AFP】ニース最大のイベント「第122回ニース・カーニバル」(122nd Nice carnival)が、南フランスのニース(Nice)で開催。写真は、第2日目の12日、世界中から観光客がどっと押し寄せ、カーニバルの中心であるパレードに参加して町中が活気づいてる光景。(c)AFP/Valery Hache

AFPBB News


 日本で有名な「Carnival カーニバル」といえば、“リオのカーニバル”や“浅草サンバカーニバル”などだろうか。日本語では「謝肉祭」と訳される。キリストの復活を祝う「Easter イースター」までの40日間(日曜日をのぞく)は「Lent 四旬節(受難節)」と呼ばれ、キリストが荒野で行った40日間の断食にちなみ、禁欲(肉食を行わないなど)の期間とされている。その期間の前日に肉などをたらふく食べ、羽目をはずして楽しむという祭日と、ゲルマン民族の春の訪れを喜ぶ祭りが相まったものがカーニバルの由来のようだ。謝肉祭という日本語訳は前者に主眼をおいたものだろう。現在では宗教的な意味は薄れ、仮装した人や山車が街を練り歩くパレードを中心としたイベント色が強い。


*ヨーロッパのカーニバル

 この季節になると、世界各国でカーニバルが行われる。期間はまちまちで、1カ月以上に及ぶところもあれば3~4日間というところもあるが、最終日は四旬節の初日、つまり禁欲期間が始まる「Ash Wednesday 灰の水曜日」の前日、つまり火曜日というのが基本だ。ヨーロッパで有名なカーニバルというと、フランスのニース(写真)、ドイツのケルン、イタリアのベネツィア、スイスのバーゼルなどだろうか。
 ニースのカーニバルは約2週間にわたって行われ(今年は2月11日~28日)、毎年、社会を風刺するようなテーマに基づいた大きな大きな張り子の王様が登場する。今年のテーマは「Le roi des dupes だましの王様」だとか。この王様は冬の王様であり、カーニバルのもうひとつの意味、春の訪れ=冬が去ることを表わして、祭りの最終日にはこの王様に火が放たれる。また山車はもちろん、町全体が色とりどりの花々で飾られ、山車から沿道に向かって花がまかれる花合戦もカーニバルの目玉となっている。
 ケルンのカーニバルは毎年11月11日に始まり、最後の6日間に一番の盛り上がりを見せる。特に、最終日前日の月曜日「Rosenmontag バラの月曜日」には盛大なパレードが行われる。パレードに参加している人はもちろん、沿道の観衆も思い思いの仮装に身を包み、町全体がにぎわう。山車からは何十万枚ものチョコレートなど100トン以上の菓子類や、何十万本もの花などがまかれるという。


*カーニバルに食べるもの

 Carnival カーニバルはラテン語の「Carne Vale」に由来する言葉で、直訳すると「Good bye meat 肉よさらば」になる。四旬節中の肉食の節制へのなみなみならぬ決意や悲哀を感じてしまう。実際には、節制の対象は肉だけでなく、ワインやビールといったアルコール類、菓子などの嗜好品、タバコや観劇などの娯楽も含まれていた。そのため、本来のカーニバルでは、飲み“だめ”、食べ“だめ”、遊び“だめ”の意味を込めての大はしゃぎだったのだろう。現在では、こうした厳密な禁欲を守る人は少ないだろうが、カーニバルには、こうした飲み“だめ”・食べ“だめ”にちなんだと思われる料理や菓子をいただくところも多いようだ。
 イギリスでは、四旬節前日は「Pancake Dayパンケーキ・デー」。肉同様に節制の対象であった卵、牛乳、砂糖、油を四旬節前に使いきってしまおうという意気込みがうかがえる。イタリアの「Chiacchiere キアッケレ」という、薄くのばした生地を、ギザギザの縁付き四角形に成型してパリパリに揚げた菓子、ドイツやオーストリアの「Krapfen クラプフェン」というジャムやクリーム入りの粉砂糖をまぶした揚げパン、フランスの、その名も“カーニバルの揚げ菓子”「Beignets de Carnaval ベニエ・ド・カルナヴァル」も、やはり同じような材料を使う(いずれも地方によって呼び名はさまざま)。いずれも、今では1年中見かけることができる菓子だが、昔はカーニバルに食べておかないと、翌日から40日間は食べられなかったのだ。甘くて油っぽいものを食べるだけ食べて禁欲生活に備える。・・・これは・・・。「明日からダイエットだ!」と誓いながらスナック菓子やに手をのばす、という図に似ているような気がするのは私だけだろうか。

コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2006年 02月 20日 18:23:56

チョコレート *どこから来てどこへ行くのか?*

ガーナから初の直輸入チョコ - 韓国

【ソウル/韓国 6日 AFP】ガーナから初めて直輸入する詰め合わせチョコレート「Golden Tree」の発売会が6日、ソウルであった。写真は6日、同発売会でGolden Treeを披露する、ボディペイントで装ったロシア人モデル。(c)AFP/JUNG YEON-JE

AFPBB News


 ガーナはコートジボアールに続き、世界第2位のカカオ輸出量を誇る国だ。簡単にいうと、このカカオに砂糖、牛乳、ココアバターなどを合わせて作られるのがチョコレート。主要な国々の中で、このチョコレートの国内生産量が一番多いのはアメリカで、ドイツ、イギリスと続く。この順位は国内消費量をみても変わらない。国内消費量では、日本も6位につけている。国民1人当たりの消費量に換算しなおすと、1位はスイス、2位がドイツ、3位がベルギーとなる。ちなみに、日本の国民1人あたりの消費量は、1~3位の国々の約10分の1にすぎない。


*ガーナのチョコレート

 以前、アフリカや中南米などでカカオの栽培に携わっている人たちは、カカオが何になるのか、またチョコレートそのものを知らない人も多いという記事を目にしたことがある。かなり前の記憶なので、今は改善されつつあるのかもしれないが、それでもこうした国の人々にとって、チョコレートは未だに高級嗜好品なのではないだろうか。
 そんな中、今回の写真は、韓国に初めてガーナ産チョコレートが輸入されたという記事のもの。主要国の中でチョコレートの輸出量が多いのはドイツ、続いてフランス、オランダとなる。ガーナのチョコレート輸出量は、具体的な数字がわからなかったが、世界的にみれば微々たるもののようだ。GOLDEN TREE社のウェブサイトによると、同社は2003年2月14日(おりしもバレンタインデー。意図的なものかもしれない)にガーナの証券取引所に上場された新しい会社だ。ウェブサイトにもダミーの文章が残っていたりと、その“若さ”が垣間見えるが、これからの成長が期待される。


*イギリスとスイスとチョコレート

 主要国の中で、チョコレートの国内生産3位、輸入量4位、輸出量6位、国内消費3位、国民1人あたりの消費量5位のイギリス、また、それぞれ11位、13位、8位、12位、1位のスイス。この2つの国はチョコレートの歴史を語る上ではずせない国である。
 チョコレートの主原料であるカカオは、紀元前にはすでに南米で栽培されていたといい、もともとはカカオをすりつぶしたものに、各種のスパイスや薬草とともに湯水で溶かして飲まれていたという。さぞかし苦かったに違いない・・・。実際、嗜好品というよりも薬や強壮剤として飲まれていたそうだ。これに、南米大陸に進出したスペイン人が砂糖などを加え、甘い飲み物(現在でいうココアやホットチョコレートの類か)となった。そう、もともとチョコレートは食べる物ではなく飲む物だったのだ。
 チョコレートを固形化することに成功し、“飲む”から“食べる”へと発展させたのがイギリスのフライ社。ただし、1847年に誕生した世界初のこの“食べる”チョコレートは、かなりのビターチョコレートだったという。この苦い“食べる”チョコレートにミルクを加えることに成功し、甘い“食べる”チョコレートを作りだしたのがスイスのチョコレート職人だった(もとはロウソク職人だったそうで、キャンドルを作る際の技術がミルクとチョコレートが分離しないように混ぜ合わせる際のアイディアを生み出したともいわれている)ダニエル・ピーターで、1876年のこと。さらに1879年には、同じくスイスで、現在のリンツ&シュプルングリー社のロドルツ・リンツが、それまでのザラザラとしたチョコレートとは違う、口どけのなめらかなチョコレートを誕生させた。


*バレンタインデーとチョコレート

 渡す相手や意味合いは世界各国で異なるものの、世界中がチョコレート色に染まる2月14日。この日にチョコレートを送るようになったのも、これまたイギリスが関係している。チョコレート会社であるカドバリー社が、ギフト用のチョコレートボックス(キャンディーボックス)を製造したことがきっかけとする説が有力なのだ。とはいえ、ヨーロッパのバレンタインデーはチョコレート、チョコレートしていない。一方、日本ではこの時期、毎年毎年、トリュフ、生チョコレート、ショコラティエ、王室御用達・・・などなど手を替え品を替え、世界各国、ありとあらゆるチョコレートが出回る。さて今年のバレンタインデー、日本はどれくらいチョコレート色に染まるのだろうか。


※数字はHP「日本チョコレート・ココア協会」の以下の統計を参考にしました
”SELECTED COUNTRIES OF THE WORLD CHOCOLATE PRODUCTION AND CONSUMPTION 2004” 国際菓子協会(ICA)/欧州製菓協会(CAOBISCD)
『世界国別カカオ豆生産量推移』 国際ココア機関(ICCO)カカオ東京2004/05第1刊

カテゴリー[ *どこから来てどこへ行くのか* ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2006年 02月 13日 18:02:23

聖燭祭-キャンドルマス *聖母マリアの清めの日そしてクレープの日

ローマ法王による聖燭祭 - バチカン

【バチカン 3日 AFP】写真はサン・ピエトロ(St-Peter's)大聖堂にて、聖燭祭を祝うローマ法王ベネディクト16世(Pope Benedict XVI)。(c)AFP/DANILO SCHIAVELLA

AFPBB News


 日本中で豆がまかれる節分の前日、2月2日はキリスト教の「主の奉献」または「聖燭祭-キャンドルマス」という祝日である。この祝日は、キリスト生誕(12月25日)から40日後のこの日に、聖母マリアが神殿で出産の穢れ(けがれ)をはらい清めを受けたこと、またキリストが神の子として初めて聖堂に現れた日を祝している。この日にキャンドルを灯す理由としては諸説あるようだ。もともと、ローマ時代には神を祀るため、または前年の豊穣に感謝、翌年の豊穣を祈願して、1年に1度キャンドルや松明を燃やす風習があったという。こうした風習と相まったため、または“人類の光”となるキリストを祝して、同じく光輝くキャンドルを手に行列したため、または聖母マリアの清めの儀式中、人々がキャンドルを灯し続けて見守ったためなど諸説あるようだ。
 現在では、この日はキャンドルを手にミサを行ったり、安産を祈願する妊婦が聖壇にキャンドルを納めるといった習慣をもつ地域もある。また、この日をもってクリスマスシーズンが終わりを迎えるとする国もあり、クリスマスツリーなどをこの日に火にくべるという。日本の神社仏閣などで正月明けに行われる“お斎灯焼き”と同じようなものなのかもしれない。


*クレープの日

 日本の家庭で節分に豆まきをするところが減っているように、ヨーロッパでも実際に教会に出向いてミサに参加するといった人は少ないようだ。フランスやベルギーの家庭では、この日をクレープを焼いて祝うといい、彼らにとって2月2日は、いわばキャンドルの日というよりもクレープの日なのである。
 この日にクレープをいただく理由としては、“人類の光”であるキリストに、光(太陽)と同じ色・形をしたクレープを捧げたため、または聖母マリアが清めを受けた後、最初に口にしたのがクレープだったためなど、これまた諸説ある。
 2日当日には、クレープを焼く際、片手に金貨を握りしめ、もう片方の手だけでフライパンをうまく操り、上手にクレープを返せるかどうかで、その年1年を占うという“クレープ占い”に興じる家庭も多いそうだ。かのナポレオンも、この占いに興じたとか興じないとか。

 個人的に好きなクレープが「クレープ・シュゼット Crepes Suzette」。簡単にいうと、バターと砂糖を入れたオレンジジュースで煮て、オレンジピールとともに、コアントローなどのオレンジリキュールとコニャックなどのブランデーでフランベしたクレープ。このフランベの炎をキャンドルの炎にみたてて、祝いの菓子・クレープをいただく、というのはどうだろう。


*クレープはフランスが誇る“芸術”

クレープというと、日本では小麦粉ベースの生地に生クリームやチョコレート、フルーツなどがトッピングされた甘いものが主流だが、フランスでは、お菓子としての甘いクレープはもちろん、料理としての甘くないクレープも愛されている。
 もともとクレープは、フランスの北西・ブルターニュ地方の郷土料理で、やせた土地が広がる当地でも収穫できたソバ粉を水で溶き、塩を加えた生地を薄く焼いたものに、チーズやハムなどをのせて食していた甘くないクレープ「ガレット」に端を発する。

 現在、クレープはフランスの家庭に広く普及している料理のひとつで、『フランスが誇る9番目の芸術』とも言われているとか。ちなみに、芸術の1番目は文学、2番目は音楽、3番目は絵画、4番目は演劇、5番目は建築、6番目は彫刻、7番目は舞踏、8番目は映画。ただし、最近は9番目の芸術として「バンドシネ Bande Dessinee」(コミック)が挙げられることが多く、クレープは10番目ということになってしまうのかもしれない。

コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2006年 02月 06日 22:19:51

Augsburg アウグスブルク *ドイツ「モーツァルトの町」

<モーツァルト生誕250周年>ザルツブルクのモーツァルト像

【ザルツブルク/オーストリア 26日 AFP】オーストリアの作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart、1756年~1791年)が、金曜日に生誕250周年を迎える。モーツァルトはザルツブルグで誕生し、そこで最初の音楽的成功を収めた。また、オーストリアは2006年上半期の欧州連合(EU)議長国となっており、音楽祭「サウンド・オブ・ヨーロッパ(The Sound of Europe、1月27~29日)」の開催を控え、ヨーロッパ各国の代表や外相の参加を歓迎している。(c)APF JOE KLAMAR

AFPBB News


 1756年1月27日にオーストリアのザルツブルクで生まれ、1791年にウィーンで夭逝したモーツァルト Johannes Chrysostomus Wolfgang Theophilus (Amadeus) Mozart。生誕250周年にあたる今年は、「モーツァルトの町」と呼ばれるザルツブルク、ウィーンなど、オーストリア国内外で、さまざまなイベントが行われている。この「モーツァルトの町」、ドイツにもあるのをご存知だろうか? ドイツの南に位置するアウグスブルク Augsburgがそれである。


*レオポルド・モーツァルト生誕の地

 モーツァルトは、アウグスブルクの町を「パパの生まれた町 Vatterstadt meines papa」と呼んでいたそうだ。
 モーツァルトの父、レオポルド・モーツァルト Johann Georg Leopold Mozartは、1719年にアウグスブルクに生まれた。モーツァルトの教育係、マネージャーとして有名だが、彼自身もザルツブルクの宮廷作曲家であり、バイオリニストでもあった。モーツァルトも、親戚を訪ねたり、演奏旅行で訪れたりとアウグスブルクには5回、足を運んだという。アウグスブルクにあるレオポルド・モーツァルトの生家は、「モーツァルトの家 Mozarthaus」と名づけられ、モーツァルト一族の記念館として公開されている。ほかにも、モーツァルトゆかりの場所が数多く残されており、モーツァルトのルーツから、その足跡までをたどることができる。


*フッガー家とモーツァルト

 アウグスブルクの町は、紀元前15年にローマ帝国軍が砦を築いたことから始まった、ドイツで2番目に古い歴史をもつ町である。町の名は、ローマ皇帝・アウグストゥスに由来している。また、豪商・フッガー家の町としても有名だ。16世紀、ヤコブ・フッガーはベネツィアとの交易で財を成し、オーストリアのハプスブルク家や大司教などもフッガー家から借金をするようにまでなり、こうした金と宗教、そして政治のつながりがルターの宗教改革へとつながっていくのである。
 フッガー家は、世界最初の福祉施設とされる集合住宅「フッガライ Fuggerei」を建てたことでも知られている。現在は高齢者用の施設として利用されており、モーツァルトの曽祖父も、この施設に住んでいた。モーツァルト自身も、フッガー家の屋敷で演奏したことがあるという。


*アウグスブルクのモーツァルト年

 モーツァルトの誕生日である1月27日には、ウィーンやザルツブルクなどと同様、アウグスブルクでもコンサートなどが開かれ、生誕250周年を祝った。毎年、モーツァルトに関するイベントが多数行われているが、特に2006年は「アウグスブルク・モーツァルト年 Augsburg im Mozartjahr 2006」とし、1年を通じてさらに盛り上がることだろう。5月12日から28日に「第55回ドイツ・モーツァルト祭 55. Deutsche Mozartfest」、7月21日から23日に「フロンホーフでのコンサート Die "Konzerte im Fronhof"」などが予定されている。また、改装中だった「モーツァルトの家」も工事を終え、今年1月26日に"新"モーツァルトの家として開館した。従来よりも展示品が増え、設備のより整った、美しい姿を見ることができるという。

 モーツァルトの生没地であるオーストリアからドイツに足を延ばし、モーツァルトのルーツに思いを馳せながら古都・アウグスブルクを旅してみたい。

カテゴリー[ HHoG ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2006年 02月 02日 22:37:08

カレンダー
< 2006年 02月 >



1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28



プロフィール
成田美友
(女)
ambrosia
ドイツにある観光公社「Historic Highlights of Germany」でのフリー編集者生活を終え、ドイツから帰国。現在はフリージャーナリストとして活動中
*主な経歴:出版社で旅行ガイドブック、街情報誌の編集、サイト運営会社で食に関するウェブサイトの編集と編集者人生10年目
*ひとこと:土地の歴史や文化に深く根ざしたヨーロッパの食文化に魅かれ、学ぶ日々。米・Society of Wine Educators認定Wine Specialist/日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート
最近のトラックバック
検索