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Rostock ロストック *ドイツ最大の海洋フェスティバルが行われる町

地球にやさしい休暇は「南の島」より「バルト海」で - ドイツ

【ベルリン/ドイツ 12日 AFP】地球温暖化の危機が叫ばれる中、ドイツでは研究者が「地球を救うために」遠い熱帯の島よりもバルト海沿岸のビーチで休暇を過ごすよう勧めている。
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(c)AFP/DANNY GOHLKE

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 Luebeck リューベックとともにハンザ同盟を代表する都市・Rostock ロストックは約800年の歴史をもつ。港町らしい活気にあふれた旧市街とともに人気が高いのが写真のヴァルネミュンデ。1323年からロストックのものとなったヴァルナウ川からバルト海へ注ぐ海岸一帯で、現在ではドイツでも1、2を誇るシーリゾートだ。


*北ドイツ→ニシン→?

 13世紀以降、リューベックを盟主とし、北ドイツおよびバルト海沿岸で栄えていた商業都市が結んだ連合体がハンザ同盟。貨幣や度量衡を共通にし、軍隊で商業路を守るなど、貿易の独占・保護が目的だった。最盛期である14世紀後半から15世紀には、西はロンドンから東はノヴゴロド(ロシア)まで、加盟都市は200を超えていた。
 ハンザ同盟の主な交易品にニシンがある。年間数十万トンの塩漬けニシンが、ヨーロッパ各地に輸出されたという。私の中で北ドイツ→ニシンとくれば、Matjesbroetchen マチェス・ブロッチェンとBismarckbroetchen ビスマルク・ブロッチェンを挙げずにはいられない。どちらもニシンとタマネギのスライスを小さめのパンにはさんだものなのだが、そのニシンがマチェス~だと若ニシンを塩漬けにしたもので、ビスマルク~だと酢漬けにしたものという違いがあるようだ。ヘリングは、スーパーでも瓶詰めされたものなどが買えるので、時々、自分でも作って食べていた。ビスマルクヘリング(ヘリング=ニシン)はかなり酸っぱく、鼻に抜けるものが多い。私はマチェスへリングのほうが好きだ。ハンブルクっ子曰く、いずれも当地の名物料理だそうだ。要はオランダのHaaring ハーリングとほぼ同じもの(ハンブルクのそれにはピクルスが入っていないけど)。そうそう、オランダのハーリングといえば以前、ドイツ在住のオランダ人のおじさんに、パンにはさんで食べるなんて邪道だと言われたことがある。「あれはしっぽの部分をつまんで、上を向いて大きく開けた口にすーっと入れて食べるもんだ」そうだ。むせそう。


*「Hanse Sail Rostock ハンザ・セイル・ロストック」
 
 ・・・話をロストックに戻そう。
 ロストックで行われるドイツ最大ともいえる海洋フェスティバルが「ハンザ・セイル・ロストック」。毎年8月の第2週末に行われるイベントで、さまざまな帆船やヨットが海上を華麗に帆走する。クラシカルなヨットや200人が乗れる巨大ヨット、普段は博物館に陳列されているものまでが実際に帆を張り、風を受け走り回るのだ。その様子を眺めるのはもちろん、実際に乗り込むことができるものもある。毎年100万人以上の観光客が訪れるという。2007年は8月9日~12日に行われる。この時期、一帯のホテルはどこも観光客であふれかえる。早めの予約がポイントだ。

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登録日:2007年 03月 29日 00:54:45

Potsdam ポツダム *王室領・ボルンシュテット

冬の風物詩クリスマス・マーケットが開幕 - ドイツ

【ポツダム/ドイツ 30日 AFP】ポツダムのクリスマス・マーケットが25日にオープンした。シュトゥットガルト、ニュルンベルク、ドレスデンのドイツ三大クリスマス・マーケットをはじめ、この時期、ドイツ各地で開催されるクリスマス・マーケットでは、クリスマスで使う飾りやプレゼント、民芸品、菓子などを販売する店や屋台が建ち並び、クリスマスまで観光客や地元の人々で賑わう。写真は28日、ポツダムのマーケットに設営されたクリスマス・ツリー。(c)AFP/DDP/MICHAEL URBAN

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  寒くて長いドイツの冬を暖かく彩るのが、この季節に全国各地で開かれるクリスマスマーケット。町の広場には色とりどりに飾られたブースや移動遊園地が続々と登場。クリスマスツリーを飾るオーナメントや手作りのキャンドル、リースなど、クリスマスに欠かせないものがすべてそろうほか、クッキーやケーキはもちろん、自家製のハチミツやソーセージなども並ぶ。ドイツの冬に欠かせない名物ワイン「Gluehwein グリュー・ヴァイン」もおすすめ。温めた赤ワインにクローブなどのスパイスを加えたホットカクテルのようなもので、冷えた体を内側から温めるのに欠かせない。


*クリスマスマーケット in 王室領・ボルンシュテット

 写真のポツダムでは、旧市街とKrongut Bornstedt 王室領・ボルンシュテットの2か所でクリスマスマーケットが開かれている。王室領・ボルンシュテットは、1867年にプロシア国王・Friedrich Wilhelm Ⅳ フリードリヒ・ヴィルヘルム4世がイタリア風の村を所望したことから造られた。その後、皇太子・Friedrich Wilhelm フリードリヒ・ヴィルヘルムとその妻でイギリスのヴィクトリア女王の長女・Victoria ヴィクトリアは特にこの地をこよなく愛し、農業のモデル地域として発展させていった。

 現在は、ブランデンブルク州各地の焼物職人・蝋燭職人・時計職人・ガラス職人・パン職人・ブルワリーなど約21の職人の手による伝統的な工芸品が集まる、“ブランデンブルク州・手工業村”ともいえる施設になっている。2002年のオープン後、2004年には先祖のルーツをたどるという意味もあって、イギリスのQueen Elyzabeth Ⅱ エリザベス2世も訪れている。

 ガラス工房やベーカリーでは店内に工房も併設されており、実際に作っているところを見ることもできる。食器やグラス、キャンドル、ジャムなどの買物を楽しめるだけでなく、ワインセラーやブルワリー、カフェなどでの食事も、ここでの楽しみのひとつだ。また結婚式を挙げることもできるほか、会議やセミナーなど用の設備も整っている。

 12月20日には「Christmas-Shopping-Night クリスマス・ショッピング・ナイト」と称して、営業時間を22時まで延長するそうだ。手作りのぬくもりと、職人の確かな技術から生まれた手工芸品の数々は、ひと味違ったクリスマスプレゼントとして喜ばれるに違いない。

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登録日:2006年 12月 07日 10:07:54

Luebeck リューベック *幻想的な氷の世界「アイスワールド」

氷の祭典「アイス・ワールド」開幕へ向けて準備が進む - ドイツ

【リューベック/ドイツ 29日 AFP】4回目を迎える国際的な雪と氷の彫刻フェスティバル「アイス・ワールド(Ice World)」がリューベックで12月8日から2007年1月28日まで開催される。室温を-8℃に保った約800平方メートルの巨大テントの中で、30万キロもの雪と氷を使用し、20人の芸術家が2週間かけて作品を創りあげる。写真は28日、開催に向け作品を丹念に仕上げていく彫刻家。(c)AFP/ROLAND MAGUNIA

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 以前、毎年夏にリューベックで行われる砂の祭典「サンドワールド」について紹介した。今回の「アイスワールド」は同市で開かれる冬の一大イベントである。

 今年で第4回目を迎える雪と氷の彫像のフェスティバル「アイスワールド」。彫像は、常時マイナス8℃に保たれるテント内に設置されるのだが、その広さは約800平方メートルで、使われる氷は15万kg、雪は200立方メートルという。巨大な氷の塊や、雪の山が、世界各国から集まった芸術家の手によって、次々に芸術作品へと変化する。彫像の高さは、大きいものでは6メートルにも及ぶそうだ。完成した作品は色鮮やかにライトアップされ、キンと冷え、澄んだ空気の中で、クリスタルのように輝く氷の彫像や、白磁のように真っ白な雪の彫像が光の中に浮かび上がる幻想的な世界が楽しめる。


*氷と雪の調達方法

 フェスティバルで使われる氷は、ベルギーやイギリスで加工され、さまざまなサイズのブロック状で運ばれてくる。それらは空気をまったく含まず、クリスタルのように透明でキラキラと輝く。この氷のブロックは、レンガのように積まれると、その水分などでそれぞれがくっつきあい、その重さでしっかりとその場所に固定される。彫刻を行う手順の基本は上から下へ。木の彫刻と同じように、まずは大まかな形に彫りとってから、細部の作業へと進む。

  一方、彫像に使われる雪は会場で作られる。特別な機械で水を氷らせ、大きなコンプレッサーがそれを細かく砕いて雪にするのだ。機械で作る雪とはいえ、薬品などは一切使わない、混じりけなしの雪。その雪を箱に詰めて圧縮する。必要な高さまで形を整えると、そのまま3日放置し、凍るのを待つ。彫るのに適した堅さになると箱は取り外され、芸術家たちが作品にとりかかるという仕組みだ。



*「アイスワールド」

 2006年12月8日~2007年1月28日まで行われ、開園時間は月曜~土曜は午前10時~午後9時、日曜は午前10時~午後8時。祝日は12月24日が午前10時~午後2時、12月25日・26日が午前11時~午後9時、12月31日が午前10時~午後4時、1月1日が午前11時~午後4時。
 会場には約600平方メートルの巨大なスケートリンクも併設される(子供やお年寄りの安全を考えて、別に小さめのスケートリンクも用意される)。

 入場料(スケートリンクへの入場料は含まず)は大人8Euro、子供(4~12歳)4Euro。
15人以上のグループの場合は、1人あたり大人7.50Euro、子供3.50Euro(ただし事前に電話での予約が必要)。
 スケートリンクは大人4Euro、子供(4~12歳)2.50Euro。15人以上のグループの場合は、1人あたり大人3.50Euro、子供2Euro (ただし事前に電話での予約が必要)。
 彫像が並ぶ会場とスケートリンクのコンビチケットもあり、大人10Euro、子供(4~12歳)6Euro。15人以上のグループの場合は、1人あたり大人9.50Euro、子供5.50Euro(ただし事前に電話での予約が必要)。


*上記はアイスワールドの公式ホームページからの抜粋です
*詳細は必ず公式ホームページでご確認ください http://www.iceworld.de
*上記の内容に誤りがあったり、そのために損失が生じた場合、責任は負いかねますこと、ご了解ください

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登録日:2006年 11月 30日 23:48:21

Trier トリア *ドイツ最古の町

世界遺産ポルタニグラでWRCドイチェランドラリーがフィニッシュを飾る - ドイツ

【トリーア/ドイツ 17日 AFP】世界ラリー選手権(World Rally Championship)第9戦ドイチェランドラリーが開催されたトリーアでは、歴史的建築物、ポルタニグラ(Porta Nigra)が有名だ。
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(c)AFP/JOHN MACDOUGALL

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 紀元前16年、皇帝アウグストスの命によって築かれたドイツ最古の町・トリア。3世紀末以降、古代ローマ帝国は4つに分けて統治されていたが、当時、トリアには副帝のコンスタンティヌス(312年には西ローマ帝国の初代皇帝となった人物で、313年にミラノ勅令を発し、キリスト教を公認したことでも知られている)が居を構えていた。トリアにはその後、6人の皇帝が居を構えている。ミラノ勅令の1年後にはキリスト教の司教座が設けられ、9世紀には、カール大帝によってトリアは司教領となった。こうして力を大きくしていったトリアの大司教は、12世紀には選帝侯(神聖ローマ帝国の皇帝を選ぶ権利をもつ。皇帝は諸侯と司教からなる7人の選帝侯によって選ばれていた) となり、トリアはその選帝侯の領土の中心地となり、繁栄を続けた。


*ローマ帝国の遺跡であふれかえる町

 トリアにはローマ帝国の栄華を偲ばせる数々の遺跡が残っており、その多くが「ローマ遺跡」としてユネスコの世界遺産に登録されている。トリアの町は遺跡の上にあるといっても過言ではない。以前、トリアを訪ねたとき、ガイドの方から、新しい建物を建てるために地面を掘り返すと、必ずといっていいほど遺跡が地中から現れると聞いた。実際、私達が町を歩いているときにも、ショッピングモールの建設現場から現れた遺跡に遭遇した。中世の修道院跡らしい。ガイドの方に、この後この遺跡はどうなるのかと尋ねたら、取り壊されるだろうとのこと。遺跡が現れる度その全てを保存していたら、トリアには誰も住めなくなってしまうよ、と笑っていた。

 記事中にあるPorta Nigra ポルタ・ニグラも、そんなローマ帝国の遺跡のひとつだ。「黒い門」という名のとおり、黒味を帯びた迫力のある門で、ローマ人によって180年ごろに建てられたといわれている。石造りの門で、その石は大きいものでは6トンもあるという。石は、青銅製のノコギリで、水車の力を利用して厚い板状に切り出され、モルタルを使わずに積み上げられた。石同士は、溶かした鉛でしっかりと端を合わせた鉄製の留め金で固定されている。留め金の1つは、東の螺旋階段近くの門内で見ることができる。門の外側の留め金は、中世の時代に、金属を再利用しようという人々に取り外されてしまったため、現在では錆の後が残る穴が無数に残されているのみである。石自体は、1028年に隠者として自らを東塔に幽閉していたギリシャ人修道士・シメオンのおかげで、奪われることがなかったそうだ。死後、彼は門内に埋葬され、聖人となった。後に破壊されてしまうが、門内には彼を称える2つの教会も作られた。門内ではその教会跡やローマ人の石工の銘、日付を記した銘などが見られる。

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登録日:2006年 08月 18日 21:45:57

Luebeck リューベック *砂の彫像が立ち並ぶ「サンドワールド」

砂の彫刻イベント「2006年サンド・ワールド」開催 - ドイツ

【リューベック/ドイツ 10日 AFP】リゾート地、トラベミュンデで7月7日から9月3日まで砂の彫刻の展示イベント「2006年サンド・ワールド(2006 Sand World)」が開催中されている。「サーカスの世界」をテーマとした同イベントでは75人余りの彫刻家が砂と水だけを使って作り上げた作品が展示される。写真は8日、同イベントで展示された巨大なセイウチの彫像。(c)AFP/LIJA PETER

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 ハンザ同盟の盟主であり、「ハンザの女王」または「バルト海の女王」とたたえられた町・リューベック。ここで毎年夏に行われる「サンドワールド」は、世界各国の芸術家によって作られた砂の彫像が並ぶ、砂のフェスティバルだ。


*砂・砂・そして砂

 砂と水だけを材料に、彫刻家のアイディアと技術で生み出される砂の彫像。単純なようだが実は奥が深い。
 砂とひと口に言ってもいろいろある。まず、何からできたものかによって分けられ、大きく、オーガニック系かミネラル系に分けられるそうだ。オーガニック系は、サンゴや海に棲む軟体動物、化石などが極めて小さな粒子まで砕けた(分解した)もので、塩分を含む水中(海中)のほうが、よりバラエティに富んだものが見られる。ミネラル系は鉱物や岩などの小さな粒子からなるもので、アルプスなどの山中でよく見られる。

 彫像の高さは使う砂の質によって決まる。1メーターを超えるものを作るには、特別なタイプの砂が必要になる。砂の大きさとその粒子の構造が非常に重要で、そのキーワードは“サイコロが◎ ビー玉は×”。浜辺の砂の多くは、海流などの影響でビー玉のように丸いものがほとんど。こうした砂で彫像を作るのは難しい。つまり前述のキーワードは、角が削り取られていない角張った砂のほうが彫像作りに向いているという意味だ。「サンドワールド」では、アルプスから流れ出すマース川によって運ばれてくる砂を使っている。これは、こうしたミネラル系の砂は、互いに密着しやすい、さまざまな大きさのサイコロのような形をしているためだという。

 高さ16m級の彫像だろうが、1m以下のものだろうが、作り方の基本は変わらない。基本は2つあって、

 1. 湿らせた砂を圧縮しながら層を重ねるようにして大まかな形のブロックを作る。目標の高さになるまで、大小さまざまな形のブロック積み重ねていく

 2. 硬くなった砂のブロックを削って形を作っていく。高いところから始めること

という、これまたいたってシンプルなもの。とはいえ、実際に彫像を削り出すとなったら、相当な神経を使う作業になることだろう。


*「サンドワールド」

 同イベントは毎年10万人以上の観光客でにぎわう。今年は世界12カ国から75人の彫刻家が集まり、約9000トンの砂を使って、2週間かけて作品を仕上げた。期間中は、そうした作品を見て回る以外にも、さまざまなプログラムが用意されている。中には、彫刻家から砂の彫刻について学び、実際に自分で砂の彫刻をすることができるプログラムもある(月曜~金曜/1日2回/所要時間約2時間)。イブニングプログラムと題されたプログラムは、砂の彫像をロマンティックに照らしつつバルト海に沈む美しい夕焼けを眺めながら、もしくはライトアップされて幻想的に浮かび上がる砂の彫像を眺めながらの食事などが楽しめるというもの。また会場内には、「キッズ・ワールド」と称した子供用のスペースも大きくとられている。
 7月7日~9月3日まで行われ、開園時間は日曜~火曜は午前10時~午後11時、金曜~日曜は午前10時~午後12時。

 私も仕事で8月初旬に会場を訪れる予定にしている。これまでリューベックの町自体、訪れたことがない私だが、ハンザ同盟・海・歴史、この3つのキーワードをもとに、その魅力を十分に味わってきたいと思う。

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登録日:2006年 07月 14日 16:55:18

Augsburg アウグスブルク *ドイツ「モーツァルトの町」

<モーツァルト生誕250周年>ザルツブルクのモーツァルト像

【ザルツブルク/オーストリア 26日 AFP】オーストリアの作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart、1756年~1791年)が、金曜日に生誕250周年を迎える。モーツァルトはザルツブルグで誕生し、そこで最初の音楽的成功を収めた。また、オーストリアは2006年上半期の欧州連合(EU)議長国となっており、音楽祭「サウンド・オブ・ヨーロッパ(The Sound of Europe、1月27~29日)」の開催を控え、ヨーロッパ各国の代表や外相の参加を歓迎している。(c)APF JOE KLAMAR

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 1756年1月27日にオーストリアのザルツブルクで生まれ、1791年にウィーンで夭逝したモーツァルト Johannes Chrysostomus Wolfgang Theophilus (Amadeus) Mozart。生誕250周年にあたる今年は、「モーツァルトの町」と呼ばれるザルツブルク、ウィーンなど、オーストリア国内外で、さまざまなイベントが行われている。この「モーツァルトの町」、ドイツにもあるのをご存知だろうか? ドイツの南に位置するアウグスブルク Augsburgがそれである。


*レオポルド・モーツァルト生誕の地

 モーツァルトは、アウグスブルクの町を「パパの生まれた町 Vatterstadt meines papa」と呼んでいたそうだ。
 モーツァルトの父、レオポルド・モーツァルト Johann Georg Leopold Mozartは、1719年にアウグスブルクに生まれた。モーツァルトの教育係、マネージャーとして有名だが、彼自身もザルツブルクの宮廷作曲家であり、バイオリニストでもあった。モーツァルトも、親戚を訪ねたり、演奏旅行で訪れたりとアウグスブルクには5回、足を運んだという。アウグスブルクにあるレオポルド・モーツァルトの生家は、「モーツァルトの家 Mozarthaus」と名づけられ、モーツァルト一族の記念館として公開されている。ほかにも、モーツァルトゆかりの場所が数多く残されており、モーツァルトのルーツから、その足跡までをたどることができる。


*フッガー家とモーツァルト

 アウグスブルクの町は、紀元前15年にローマ帝国軍が砦を築いたことから始まった、ドイツで2番目に古い歴史をもつ町である。町の名は、ローマ皇帝・アウグストゥスに由来している。また、豪商・フッガー家の町としても有名だ。16世紀、ヤコブ・フッガーはベネツィアとの交易で財を成し、オーストリアのハプスブルク家や大司教などもフッガー家から借金をするようにまでなり、こうした金と宗教、そして政治のつながりがルターの宗教改革へとつながっていくのである。
 フッガー家は、世界最初の福祉施設とされる集合住宅「フッガライ Fuggerei」を建てたことでも知られている。現在は高齢者用の施設として利用されており、モーツァルトの曽祖父も、この施設に住んでいた。モーツァルト自身も、フッガー家の屋敷で演奏したことがあるという。


*アウグスブルクのモーツァルト年

 モーツァルトの誕生日である1月27日には、ウィーンやザルツブルクなどと同様、アウグスブルクでもコンサートなどが開かれ、生誕250周年を祝った。毎年、モーツァルトに関するイベントが多数行われているが、特に2006年は「アウグスブルク・モーツァルト年 Augsburg im Mozartjahr 2006」とし、1年を通じてさらに盛り上がることだろう。5月12日から28日に「第55回ドイツ・モーツァルト祭 55. Deutsche Mozartfest」、7月21日から23日に「フロンホーフでのコンサート Die "Konzerte im Fronhof"」などが予定されている。また、改装中だった「モーツァルトの家」も工事を終え、今年1月26日に"新"モーツァルトの家として開館した。従来よりも展示品が増え、設備のより整った、美しい姿を見ることができるという。

 モーツァルトの生没地であるオーストリアからドイツに足を延ばし、モーツァルトのルーツに思いを馳せながら古都・アウグスブルクを旅してみたい。

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登録日:2006年 02月 02日 22:37:08

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プロフィール
成田美友
(女)
ambrosia
ドイツにある観光公社「Historic Highlights of Germany」でのフリー編集者生活を終え、ドイツから帰国。現在はフリージャーナリストとして活動中
*主な経歴:出版社で旅行ガイドブック、街情報誌の編集、サイト運営会社で食に関するウェブサイトの編集と編集者人生10年目
*ひとこと:土地の歴史や文化に深く根ざしたヨーロッパの食文化に魅かれ、学ぶ日々。米・Society of Wine Educators認定Wine Specialist/日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート
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