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登録日:2008年 04月 07日 13:47:10
パリコレでの「美希刺繍」と「デコ」
パリコレで、広島県福山市「美希刺繍」の刺しゅうが評価されているという記事があります。ユキ・トリイやイッセイミヤケをはじめとした著名デザイナーが刺繍を取り入れたことから起因しているようです。
刺しゅうが評価されていることから、ワンポイントに似たような感じの携帯を始めとするデコが思い当たります。若い人には大変な人気で、いろんな種類のデコが施されています。携帯だけでなく、アクセサリー、靴や衣服にも取り入れられていて、デコされる範囲が広げられています。デコ専門の店や雑誌でも賑わせています。
刺繍やデコが受け入れられている環境があることは間違いないようですが、その時々の環境によって流行の変化をいかに察知していくかが勘所なのでしょう。
日経ビジネスNBonline:パリコレ“埋め尽くす”広島の刺しゅう製作会社 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080331/151778/?P=1&ST=leaf
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登録日:2008年 04月 02日 10:53:06
“ココ・シャネル”の原点「ドーヴィル」
【3月10日 AFP】第10回ドーヴィル・アジア映画祭(The 10th Deauville Asian Film Festival)が12日から16日まで開催される。
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(c)AFP
歴史と伝統に育まれたパリ・モードにあって、「パリ・モードの秘密」でトップに紹介しているのが、「異端の女王」ガブリエル・シャネルです。 “ココ・シャネル”の方が一般的には知られていると思います。
若いシャネルがクチュリエとして最初に成功した場所が、高級避暑地「ドーヴィル」です。
「男と女」の舞台となった場所です。“ダバダバダ・ダバダバダ”で始まる曲で、今でも、TVドラマやCMなどでも使われてよく耳にします。アヌーク・エメとジャン・ルイ・トランティニアンの二人が「男と女」の情景をつくりだした舞台の街です。
パリから2時間のノルマンディー地方のこの港町は、1800年代の中頃からフランスの高級リゾート地として、歴史的な遺産も守りながら、瀟洒で優雅な社交地でありつづけています。
バスク出身の蹄鉄工の娘として生まれたシャネルは、馬には特に興味があったようで、生涯競馬ファンであったといわれています。ドーヴィルには競馬場があり、競馬場ではトレードマークともいうべきカンカン帽をかぶったシャネルの姿が名物であったようです。
第一次大戦(1915-1918)中、ドーヴィルの病院で看護婦をしてときに、戦場に行った男性にかわって働く女性のためにブルー・オーバーの上着からアイデアを得て、製作を行い、このドーヴィルで人気を博し、クチュリエとして成功に結びつきました。
戦争の最中ではありましたが、社交場としての「ドーヴィル」という街がシャネルのモードとうまく合ったのではないでしょうか。90年前頃のことです。
この後、終戦を迎えてパリに進出することになります。
*フォトは、今年のドーヴィル映画祭の模様ですが、毎年世界各国からの参加によるメジャーな映画祭として開かれます。
*記事は「パリ・モードの秘密」(南 静著・発行所 毎日新聞社)を参考にしています。
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登録日:2008年 03月 30日 09:00:00
「“パリジェンヌ”と“エスプリ”」
女性服のデザイン、向いているのは男性?女性?? - フランス
【パリ/フランス 9日 AFP】女性が何を着たいのか、分かっているのはやはり女性だろう。
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(c)AFP/FRANCOIS GUILLOT
最近は心なしかパリジェンヌの話題を聞くことが少なくなったようなきがします。
数十年前はファッション、モードといえばパリが話題となり、コレクションの開かれるパリからのレポートが注目の的でした。
それだけ世の中も多様化をみせ、個々の個性、主張も強くなり、グローバルになり、パリやミラノだけでなく、世界各地の都市にも求められてきているためかもしれません。日本でも、ヨーロッパ帰りというだけでも話題の的となった時代もありました。
それでも、モードの原点はやはりパリなのかもしれません。
現在のパリジェンヌがどのように変わっているのかはわかりませんが、少なくとも40年前ころまでは、パリジェンヌの持つエスプリがあっていました。中世以来培われた歴史と伝統が生活のなかに伝えられていたといえるのでないでしょうか。
1968年(昭和43年)発行の「パリ・モードの秘密」(南 静氏著、発行所毎日新聞)では、「パリジェンヌがモードを採り入れるとき、彼女はそのシーズンの傾向を各自の個性のなかで消化し、自分に調和させ、バランスさせようと配慮する。・・・」と、親から代々伝えられています。
「フランスの母親は、娘のおしゃれ教育は十歳まで基礎的コースを終えなければならないと信じている。」ともあります。また、自分に合った基調となる色や調和する色彩、室内着と外出着の区別、アクセサリ、身だしなみなどのことを、日常生活の中でしつけていくということなども述べられています。このようなことは、南女史は“エスプリ”の問題と述べています。
“エスプリ”という言葉も、最近ではあまり耳にしませんし、久しく使われてないような気もします。
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登録日:2008年 03月 29日 21:44:29
「パリ・モードの秘密」から
シャネル春夏オートクチュール会場に、巨大「ツイードジャケット」登場
【1月23日 MODE PRESS】フランス・パリのグランパレ(Grand Palais)で22日、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)が手掛けるシャネル(Chanel)が08年春夏オートクチュール・コレクションを発表した。
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ファッションやモードと言えば、ファッション・ショーやコレクションがすぐに結びつきます。
数十年前は、フランス、イタリー、アメリカなどの一都市で開催されていましたが、近年は世界各地の都市や国内でも東京、大阪、神戸などで催されています。
そのなかでもパリはモードの中心、源流の都市としてあげられるのではないでしょうか。
中世からの歴史と伝統をもつフランスのモードは、王侯貴族社会だけでなく、庶民の生活の中にも、培われた伝統が受け継がれてきています。また、モードのシステムとしても確立されています。大きなコレクションは別として、少人数を対象にした小さな、ミニ・ファッションでもアレンジでき、鑑賞できるシステムがあり、インフラが整っていることも重要な要素になります。
南静(みなみ しずか)女史が「パリ・モードの秘密」を毎日新聞社から出版されたのが昭和43年、1968年のことです。南女史が毎日新聞パリ支局モード記者として、1960年代のころのパリ・モードについて取材された内容のものです。
AFPBBNews/ModePressでは、世界各地のコレクションの紹介があり、フォト・リポートを利用しながら、40年前に出版された「パリ・モードの秘密」から源流を探ります。
本ではシャネル、サンローラン、ディオール、バルマン、グレ、クレージュ、カルダン、ジバンシィ、バレンシアガ、ランバン、パトゥ、リッチなどのクチュリアやリュッキー、ビブロ、プラリー、アンナ、松本弘子などマヌカンが紹介されています。
ガブリエル・シャネルこと“ココ・シャネル”が「パリ・モードの秘密」で始めに紹介されていますので、ModePressでシャネルのロゴを見つけました。
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登録日:2008年 03月 28日 03:07:27
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