秋吉敏子が日本人初受賞

「第17回NEAジャズ・マスター・アワード」授賞式開催 - 米国

【ニューヨーク/米国 13日 AFP】全米芸術基金(National Endowment for the Arts 通称:NEA)が授与する最も栄誉あるジャズ音楽賞「第17回NEAジャズ・マスター・アワード(17th Annual NEA Jazz Masters awards)」が12日に開催された。写真はステージでスピーチを行う「ジャズ・マスター」に選ばれたピアニストのラムゼイ・ルイス(Ramsey Lewis)。(c)AFP/Getty Images Bryan Bedder

AFPBB News


 ジャズの本場アメリカで最も栄誉あるジャズ賞がジャズ・マスター・アワードといえるだろう。今年はジャズ・マスターにラムゼイ・ルイスが選ばれたようだが、ほかにもボーカリストのジミー・スコットやナンシー・ウイルソンが選ばれているが、日本人としては初めて秋吉敏子が選出されたのは嬉しい限りだ。

 今年の秋吉敏子は素晴らしいスタートを切ったといっていいだろう。実はジャズ・マスターを受賞したと同時に、日本で最も栄誉あるジャズ賞スイングジャーナル主催のジャズ・ディスク大賞の日本ジャズ賞特別賞を受賞したからだ。
 秋吉敏子はそのキャリアのほとんどをアメリカで過ごしているわけで、日本人でありながら日本ジャズ賞というのもいささか場違いな感じを覚えたりする。あまりにワールドワイドな活躍が日本を拠点に活躍するジャズメンと同列に扱うことに違和感を感じたからだ。
 秋吉敏子は1929年12月12日に満州、大連に生まれている。大連音楽院を卒業、第二次世界大戦後の46年に引揚げ帰国した。翌年の47年から九州の進駐軍クラブでジャズのキキャリアをスタート。49年に上京後、ブルーコーツやシックス・レモンズ、ゲイスターズで参加、51年に渡辺貞夫を加えたコージー・カルテットを結成した。彼女が日本のジャズシーンで華々しく活躍したのはここまでで、53年にノーマン・グランツ率いるJATPが来日した際、オスカ・ピーターソンに認められ渡米、ノーマン・グランツのジャズ・レーベルノーグランで初リーダー作を録音、ここからアメリカでの華々しい活躍が始まった。
 57年のニューポート・ジャズ・フェスティバルで絶賛を浴び、59年にはチャーリー・マリアノと結婚、双頭カルテットを結成してキャンディッドにアルバムを残している。
 60年代後半からはニューヨークを中心に活動、68年に現在の夫であるルー・タバキンと双頭カルテットをスタートさせた。72年には西海岸に移住、トシコ・タバキン・ビッグバンドを結成、紆余曲折を経て現在も活動中である。その間に同バンドで数々の賞を受賞しているし、スイング・ジャーナル主催の第1回南里文雄賞を受賞している。
 近年ではピアニスト、バンドリーダーだけではなく、作編曲者、指揮者としても活躍しており、ジャズの王道を歩みつつも日本の伝統文化伝統美を取り入れた孤高の世界を築き日米ジャズ史に大きな足跡を残す活躍を続けている。現在ではアメリカのジャズ界でも本当に巨匠と言われるプレイヤーはソニー・ロリンズを初め数えるほどしか残っていない。その中に秋吉敏子は必ず名前を留める巨匠なのだが、今持ってアメリカ・ジャズシーンでの日本人というハンディがあるように感じられてならない。
 2年ほど前に一度お逢いしたことがあるが、矍鑠としてまったく年齢を感じさせず、また気さくにお話をさせて頂き、その素晴らしい人柄にも尊敬の念を抱かずにはいられない。

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登録日:2007年 01月 13日 20:20:35

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藤嶋要吾
(男)
ジャズを中心に音楽や映画、ビデオ、オーディオ・ビジュアルなど幅広い分野で執筆活動中。ロードバイク大好きのジャズ・ライター。
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