ハリーホーク誕生秘話

ディズニーが健康志向に!2年以内に提供食品から脂肪分と糖分をカット - 米国

【ロサンゼルス/米国 17日 AFP】ウォルト・ディズニー・カンパニー(Walt Disney Company)は、ディズニーランド(Disneyland)などの施設で販売される食品および同社のライセンス食品について、2年以内に脂肪分と糖分をカットすると発表した。
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(c)AFP/Yoshikazu TSUNO

AFPBB News


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〈永遠のアイドル〉
ミッキーマウス。 永遠のアイドルです。
私も小学生の頃に東京12チャンネル(現・テレビ東京)でゴールデンタイムに放送されていた『ディズニー・パレード』を毎週楽しく観ていました。
ミッキーよりもドナルドの方が好きだったんですけどね。 ミッキーは現在の形よりも昔の目が真っ黒に塗られたタイプが好きでした。
実を言うとキャラクター的には、TBSで毎日夕方やっていた『バックス・バニー』の”ロードランナー”や”スピーディー・ゴンザレス”の方が好きで、テレビ・アニメとしては『ポパイ』や『ディック・トレーシー』が好きでした。
『ディズニー~』は劇場用の短編アニメを中心に流していましたので、子供ながらに「高級だなぁ~!」と感心して観ていたような気がします。
それから10数年後、大人になってロサンゼルスの『ディズニーランド』に言った時は、そこにいるどのキャラクターよりも子供の頃にテレビ画面で観ていた”ウォルト・ディズニー”本人(番組で短編アニメが流れる前に映画解説の形で登場)がアトラクションの映像の中で現れたことに一番感動をしました。
そのディズニーランドが関連の食品の脂肪分&糖分を2年以内にカットするとか…
遅かったと言えば遅かったかも知れませんが、ディズニーは時代と共に生きていますね!(戦時中には反ナチスの短編もありましたし…)
キャラクターはこうでなくてはいけません!!
これだから生きている感じがでるんです。
我が子供たちの『ホークス・キャラクター』もこのようにいきたいものです。
今回は、ホークス・ファンや仕事関係者からよく訊かれる、”ハリー達の誕生”についてをお話します。
※ミッキーの愛犬の『プルート』は、先日太陽系の惑星から外された冥王星(Pluto)が発見されたのと同じ1930年に誕生したことで、名付けられたそうです。
*

〈プロ野球キャラクターの依頼〉
はじめにお断りしておきますが、守秘義務とかそういうものでなく制作に係わった方々の名誉のため、全てをお話出来る訳ではありませんので、あしからず。
依頼が来たのは1992年の夏になる頃です。
当時の福岡ダイエーホークスが次の年に完成する福岡ドームへの本拠地移転にあたって、キャラクターをリニューアルするという話でした。
この話をくださったのは、私が前年まで表紙を描いていた”ビッグコミック・スペリオール”で連載されていた漫画の原作を書かれていた作家さんからでした。
初期のスペリオール編集部はアットホームな雰囲気でしたので、作家同士も親しくなったりしていたんです。
その作家さんの事務所が、ある関係からその話を戴いたそうで、「是非やりたいので、野球が描ける絵描きが必要だから手伝ってほしい。」と…
この頃の(スーパー)ダイエーと言えば、跳ぶ鳥を落とす勢いのある会社。 ある意味、今のソフトバンクと似たようなところがありましたから、ビジネスとしては絶対に係わりたいですよね!
私としてもプロ野球は生まれる前から係わっていた(親戚が審判をしていたので)大好きなスポーツ。 とても有り難いお話でした。
代理店を通してダイエーに私が描くことの許可を取り、極秘に制作が進みました。
それから数ヶ月間、極秘の作業です。
少しでも漏れたら大変なんです。 先に権利を押さえて、ダイエーが使用出来なくしてしまい権利料を奪い取ろうとするという悪い人がいますから。
その事務所に通って、毎晩遅くまでの作業は楽しかったです。

〈ハリーの誕生〉
ダイエー球団からの注文は「球団のペットマークは変えないので、(その頃使用していた)キャラクターの弟として顔は同じような感じで作ってほしい。」というものでした。
前キャラクター”ホーマーホーク”は、ディズニーでアニメーターをされ、ロサンゼルス・オリンピックのキャラクター”イーグル・サム”を描かれた有名な作家さんが制作したモノです。
私はアメリカの”マイティーマウス”のように小さくても力があるっていうのも良いかな?とも思ったのですが、「ホーマーホークがズングリしていたので、弟は格好良くして!」と言われ、このようなスタイルになったのです。
その前年からプロレスの仕事をしていましたので、レスラーみたいな体系にならないように心掛けて描きました。
今思うと他球団のモノとは違った体系なので、コレにしてとても良かったと思います。
あとはお得意の野球です。 投げる!打つ!守る!走る! 当時はまだ一般的ではなかったメジャーの雰囲気も取り入れて…
このことで、ソフトバンク球団にリニューアルの時に電通九州の方から、「野球をやられてたんですか?」って言われたのは嬉しかったですね。
憶えている方がいるか解りませんが、ストッキングの部分は当時の流行のスタイルにしているんです。 ですから、現在は今の選手と同じスタイルに変えています。(WBCからのイチロー選手や川﨑宗りんのスタイルにも興味があるんです。)
「(専門的に)解る人に解るように描く!」というのが、私のモットーですから!!
そして誕生したのが、『ハリーホーク』です。

〈革命〉
この事務所でやったことは、ある意味プロ野球界のキャラクターを変えた革命でもありました。
それは、この作家さんが以前にディズニーを取材したことがあって、ディズニーのキャラクター・マニュアルを知っていました。
そのことをハリーの制作にも取り入れたんです。
ダイエー側はそれを気に入って、「プレー以外の球場周辺やスーパー・ダイエーでも使えるモノを…」と凄い量のイラストの依頼してきました。
翌年に発表されてからは、スーパー・ダイエーの1が付く日の特売日”一の市”のCMでアニメ化されて放映され、一気に全国区のキャラクターになり、漫画の読者やプロレス・ファン以外にも私の絵が知られるようになったのです。
巨人軍のジャビットなど、あとから制作された他球団もこのようなキャラクター・マニュアルを使用するようになっていきました。
これも嬉しいですよね! 自分が係わったモノがこの業界でのパイオニアなったのですから。
あと、ダイエー創業者の依頼で、絵本を作ったのも良い思い出です。
しかし、こんなこともありました。 最初に描いたモノは平和台球場で使用してる旧ダイエーのユニフォーム姿。 「球場がドームになるのだから、ユニフォームも変わるはずだ!」と私は言ったのですが、代理店に対して伝えてくれなかったんですよ!
結局、私の予想通りになって、すべて描き換えるという羽目になりました。 今となっては、それも楽しかった思い出です。
その後、私はあることを切っ掛けにダイエー球団と個人的に親しくなっていくのです。

〈切っ掛け〉
その頃のもう1つの主な仕事である新日本プロレスが、新しく完成した福岡ドームで大会を開催することになりました。
この時期の新日本プロレスは、業界No.1で毎年の東京ドームでの興行が恒例でした。
「ドーム球場のプロレスこけら落としは新日本がやる!」との合言葉に盛大に行われました。
当時の坂口征二社長(元柔道日本一で人気俳優の坂口憲二さんの父)が福岡出身ということもあって、ウィークリーマンションまで借りての社員総動員で宣伝営業活動をしていました。
話が逸れますが、この大会で初めて室内競技場で花火が使われました。(現在名物の勝利の花火のような打ち上げ型とは違い、手筒花火のようなシュワーっと吹き上げるモノ)
それ以来、各地の室内イベントで低音花火の使用が可能になりました。 すべて坂口さんの力なんですよ!
この大会で一番主になっていた営業マン(現副社長)が、「お宅のキャラクターを描いている人は、ウチのイラストも描いているんですよ!」とダイエ-側に話をしてくれたことが切っ掛けで、ダイエー球団の担当者と直接会うことになりました。
その方は、元スーパーダイエーのバイヤーをされていただけあって、「流石にシビアだ!」って印象でした。
しかし、一緒に仕事をしていく内に親しくなっていきす。 それはコチラもプライドを持って言うことは言ったことと、商品も運良く売れたことにあったと思います。
そのことで2代目オーナーにも信用され、その後のヒット商品に繋がっていくのです。
ここで断っておきますが、最初にハリーの仕事を紹介してくださった方に対しての義理を欠かない為に、新しくハリーのイラストは描きませんでした。 描いたのは選手のイラストや選手個人のキャラクターです。

〈ハリー続投〉
しかし、私がハリーを描かなかったことで、変テコリンなハリーが氾濫し始めます。
何処の誰が描いたのか? 非常に不愉快でした。 だって一目瞭然、絵が下手ッピなんですから!
その後、担当者の変更などや親会社の低迷もあって、ダイエー球団からは離れていきました。
お金を使わないと大ヒット商品は生まれない。 だから、収益もグーンと上がらない。 悪循環です。
それから暫くしてダイエーがギブアップ状態になり、おまけにオリックスと近鉄が合併と球界の1リーグ化が進みはじめた中、ホークスに救世主が現れるのです。
日本一のIT企業・ソフトバンクの孫正義社長!!
これはホークス球団だけでなく、ファンにも、私にとっても救世主でした。
ダイエー球団や運営会社のコロニーとの調印が終わり、コミッショナー事務局の聴聞後に孫社長の側近の方から突然メールが届きました。 一昨年の12月に入ってからです。
「相談することが出てくると思う…」「具体化してきたら連絡する。」といった内容の… 嬉しかったですね! でも、まだハリーの続投が決まった訳ではありません。
そして、オーナー会議で承認され、正式発表の前夜に待ちに待った『ハリーホーク続投』の連絡があったのです。
12月24日。 まさに野球の神様からのクリスマス・プレゼントです!
そして、当時箱崎にあったソフトバンクの本社に初めて伺ったのが、暮れも押し迫る28日の夕方。 もう日も暮れていました。
招かれた一室には、もう電通の方々が座っているではないですか! でも、本当に嬉しかったです。 帰り道で顔に当たる冷たい風も心地良く感じてしまうくらいに。
月が明けて新年になってから正式に依頼があり、新しいハリーホークを急ピッチで制作していくのです。
リニューアルしたソフトバンク版・ハリーの制作については、またの機会に書くことにします。

カテゴリー[ アート ], コメント[4], トラックバック[0]
登録日:2006年 10月 20日 05:51:22

コメント

初めまして。
おお!ハリーホークの生みの親さんですか!!
私、ホークス誕生当時福岡在住だったんで
初代ファンクラブの会員になりました。
ハリーホークグッズ、たくさん持ってますよ♪
これからもがんばってくださいね☆

くぼ@赤ウサギ @ 2006年 10月 23日 09:02:33

くぼ@赤ウサギさん。 こちらこそ初めまして。
コメント、ありがとうございます。
ハリーが生まれた頃からご存知なんて嬉しいですね!
今、中日と日ハムが日本シリーズで激突していますが、ハリー達はすでに来シーズンに向けて猛練習をしています。
ハリーグッズもパワーアップしたモノが出ると思いますので、また宜しくお願いします。

イラストレーター坂井永年 @ 2006年 10月 23日 11:54:00

今年オープン戦順調

つよぽん @ 2007年 03月 14日 11:43:23

今日始めてこのブログを発見しました
当時自分が幼い頃からハリーはいました。
そして今もこれからも永遠に受け継がれる福岡のキャラクター
と思います(ホークファミリー全員)
すばらしいキャラクターを福岡に生んでくれたキャラクターを
生んでくれありがとうございます。。
ホークスが大好き、そしてハリーホークが大好きです。。

ハリーホーク大好き @ 2007年 04月 07日 15:09:21

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プロフィール
坂井 永年
坂井 永年
(男)
1964年07月31日
■職業:イラストレーター
■代表作品:ソフトバンクホークスキャラクター「ハリー・ホーク」、新日本&全日本プロレス、各種キャラクター等、ビッグコミック・スペリオール初代表紙
■将来の目標:故手塚治虫氏のアドバイスによる”浮世絵”などの日本的な絵と、現在描いている自分のイラストとの融合したスタイルの完成。
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