55番
【11月27日 AFP】2009年3月の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(2009 World Baseball Classic、以下WBC)で2連覇を目指す日本代表だが、打線の中心的存在である4番候補として招集が期待されていたニューヨーク・ヤンキース(New York Yankees)の松井秀喜(Hideki Matsui)の大会不参加が決まった。
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(c)AFP

〈永久欠番〉
いやぁ~! とても残念なことが起きてしまいました。
ニューヨークヤンキースの松井秀喜選手がWBCに出場出来ない!
ということではありません。
WBCに出場出来ないのは確かに残念ですけど、それは手術をした時点で予想が出来たこと。
それよりももっと残念なことが…
松井選手が巨人時代から今でも付けている背番号55。
この55番を今年巨人軍に入団した新人選手に付けてしまったではないですかぁ!
どぅいうことですか!?
いくら大物新人と言ってもねぇ。
別に私、巨人ファンでも特別に松井選手のファンという訳でもないですけれど。
この55番はいつの日か松井選手が日本に帰ってきてプレーをする日まで空けておいてほしかったですよ。
例えば帰ってこなくても、巨人の四番、そしてヤンキースの四番も打ち、2000本安打も放ち名球界入りした選手なんですから、永久欠番にしてもおかしくない(番号)と思うんです。
巨人軍の中では川上、長嶋、王に継ぐ四番バッターと言えば松井秀喜ですよ!
巨人ファンの方々はどぅ思っているのでしょうか?
何だか、またやってしまったというか…
もぅ少し一つ一つに思い入れやリスペクトの気持ちを持ってほしいんですけどねぇ。
そぅいう思いが良い演出に繋がっていくんですけど。
先月にもぅ1人の大物55番にお会いしました!!
そぅです。 茨城ゴールデンゴールズの『欽督』こと欽ちゃん。
萩本欽一監督です!
*
〈ゴールデンゴールズvs.そのまんま宮崎〉
私の出身地の静岡にある草薙球場で欽ちゃん率いる茨城ゴールデンゴールズと、これまた人気の東国原宮崎県知事が率いるチームそのまんま宮崎が対戦したもので行ってきました。
実は今年の初めに企画して試合を行う予定だったのが、急に知事に公務が入ってしまった為に取りやめになったそぅなんです。
この試合の主催は5月に私のイラスト展を開催してくれたのと同じテレビ局で、イラスト展の時に事業局長さんからこの話をお聞きしました。
その事業局長さんは以前はパ・リーグ東西対抗戦を開催されたり、野球に思い入れが強く精通されている人物です。
私も東西対抗のポスターを描かせて戴いたりお世話になっているのですが、野球のことということもあって「実はまだ立ち消えになった訳ではないんだけど…」と相談されたんです。
で、私は「やるべきですよ! まだまだ凄い人気ですし、あの二人がそろって静岡に来るだけでも凄いじゃないですか!!」と即行で答えました。
っていうか、私自身が観たかったんですけどね(笑)
それからしばらくして9月に入ってすぐの頃、知り合いのフリーアナウンサーさん(この局とは関係ない)とお茶してた時に「欽ちゃんと知事のチームの試合がやることになりましたね! テレビで宣伝してましたよ。」と教えてもらいました。
「おぉ! 実現したんだぁ!! 行かなくちゃぁ!!!」
自分の一言で決定した訳ではないでしょうけど、でも言ったことが少しでも影響したかと思うと嬉しいですよね!
〈“欽ちゃん”らしさ〉
欽ちゃんにお会いするのは福岡のヤフードームでソフトバンクホークスの二軍と対戦した時以来3年ぶり。
あの時の二軍監督は、来シーズンから王監督を引き継いでチームの指揮をとる秋山幸二監督だったんですよね。
その試合の記念にと思って、萩本監督と秋山監督が対戦している絵を描いてお二人にプレゼントしました。
で勿論、今回も描きました。
それが今回掲載の絵です。
どぅいう絵柄にしようか?
最初は“欽ちゃんジャンプ”や“欽ちゃん走り”をしているポーズにしようかと思いました。
が、しかし…
それでは前回と同じ。
おまけに描いていても、何となくしっくりこない。
う~ん。
で、ネットで欽ちゃんの写真を色々と検索していたら…
「あ!」
何気ないポーズの中に『欽ちゃんらしさ』を見つけたんです。
それはこの絵の左腕です。
手の位置と肘の角度なんです。
コント55号や欽ドンをよく観ていましたから、ちょっとしたことで思い出すんですよねぇ。
あと、マイクの持ち方も独特ですよ。
〈欽ドン野球〉
仕事の合間に急いで描いたんですけど、その前に主催者への挨拶を忘れてはいけません。
「これこれ、こぅいう訳で…」といった、ちゃんとした理由も付け加えなくては、いくら私でも球場には入れてもらえません。
記者や評論家のパスを持ってる訳ではないですからね!
主催者が欽ちゃんの入り時間を教えてくださったので、その時間の30分前の午前10時半に球場へ入りました。
実は朝まで他の絵を描いていたもので、一睡もしていません。
まぁ、いつものことですけど。
ドキドキ。 ドキドキ。
今まで色々な方々にお会いしていますけど、欽ちゃんに会う時が一番と言ってよいほど緊張します。
おまけにこの草薙球場は子供の頃に生の欽ちゃんを初めて観た場所なんです。
当時、毎週土曜日の7時半からフジテレビ系列で『欽ドン』を放送していて、その中の『欽ドン野球』というコーナーが静岡に来て、収録がこの球場で行われました。
その時に色紙とサインペンを持って行き、応援団長として『欽どこ』で人気が出る前の斉藤清六さんに「欽ちゃんのサインがほしい!」とお願いしちゃったりして!
あの頃の欽ちゃんは大スタアだから、絶対に無理だったんですけどね。
でも子供の頃から転んでもただでは起きない私ですから、対戦相手の監督だったプロ野球ニュースの司会の佐々木信也さんにサインを戴きました(^^)v
その時に私が差し出したサインペンが、偶然にも佐々木信也さんがかつてCMに出演されていたメーカーのものだったのです。
「ゼブラのペンだね!」と言ってもらったことは今でも忘れません。
是非またお会いして、その話をしたいんですけどね。
まぁ、そのような訳で、私がサインを集める切っ掛けとなった思い出の場所で、あれから30数年後にその場所で欽ちゃんとお話出来るとは。
本当に面白いものです。
夢は捨ててはいけません。
いつかは叶う、実現するものです。
〈感激〉
事業局長さんと一緒に挨拶に伺うことにしていたら、欽ちゃんはもぅグラウンドに出て観客相手にマイクパフォーマンスをしているんですよぉ。
チームのマネージャーさんにご挨拶をしたら「試合前に一度控え室に戻るでしょうから、その時に!」と言ってくださったのですが、ちっとも戻ってこない。
結局、ずっとファンサービスされていて、そのまま試合が開始です。
試合中もずっと立ちっぱなしです。
凄いですよねぇ。
試合中は東国原知事との掛け合いもありましたが、お笑いではさすがに欽ちゃんの勝ち!
試合も全国優勝したゴールデンゴールズが強さを見せ付けてくれました。
さぁ、試合が終わったから欽ちゃんとの対面。
と思ったら、観客と話を始めちゃったんです。
これが30分も。
「また来てちょうだい!!」という声もあれば「今度は二郎さんも連れてきてぇ!」なんてのも。
一番多かったのは「サインください!」
最初は欽ちゃんも「一人に描いたら全員に書かなきゃいけないし…」と困った表情でしたが、しばらく考えた末に「球場を出る時に車に乗るまでの時間なら何人かサインを出来ると思うから。」と言って落着して、やっと終了。
この間に偉いなぁと感心させられたのが、チームのアイドル、片岡安祐美選手です。
自軍一塁側のフェンス際で一人一人にサインをしているんですよぉ。
これはお客さんも嬉しいですよねぇ。
で、監督室に入ってからスポーツ新聞への会見です。
この時にお客さんのノリの良さでご機嫌なんだなぁということがよく解りました。
会見が終わってやっとご挨拶させて戴きましたが、3年前の話をして今回描いた絵を見せましたら、すぐに思い出してくださいました。
すると「今、(チーム)のグッズを(イラストで)作りたいと思っていてね!」と言ってくださったんですよぉ。
もぅ、感激です!
これだから、仕事以外で描くこのようなイラストはやめられないんです。
で、少しお話させて戴いたのですが、ラジオのニッポン放送『欽ちゃんのドンといってGO!GO!』で話されていた今年引退をした桑田真澄投手のことを直接聞いてみたんです。
桑田選手は9月23日に、やはりニッポン放送番組でテリー伊藤さんが率いる“のってけベイブルース”の一員として、ゴールデンゴールズを相手に引退試合を行いました。
王監督が退任を発表された日です。
その桑田投手が片岡安祐美ちゃんと対戦した時に、バットに当てられたことを試合後の会見では、片岡選手を誉めて逆に自分の衰えを語ったらしいんです。
あとで欽ちゃんが話をしたら「(片岡選手の)構えを見て、あれでは高めの球しかバットに当てられないと判断して、そこに投げた。」と言っていたそぅです。
桑田選手のそぅいうところを誉めていました。
〈サイン会〉
さて、我々や主催者との話も終わり、もぅ着替えて帰られるのかと思っていたら、球場の正面玄関ロビーにテーブルとイスを用意させて、即席のサイン会を始めちゃったんです。
球場の外には100人以上はいるのではないかという人達が並んでいます。
最後まで見ていませんでしたから、何人までやられたのかは解りませんが、本当に頭が下がります。
帰り際に見た、欽ちゃんにサインをしてもらったボールを嬉しそうに持って保護者の方と歩いている男の子の笑顔が忘れられません。
サインをもらう嬉しさを味わったら、今度はプロ野球の試合にも足を運んでくれるかも知れませんからね!
欽ちゃんは野球界にとても貢献してくださっています。
プロ野球が1リーグ化されそぅになり、野球人気低迷と言われた時に、自らチームを作って野球を盛り上げた欽ちゃんには、将来野球殿堂入りさせなくてはいけないと思います。
野球界やマスコミから、そのような声が上がらなくてはダメなんですよね!
〈運〉
欽ちゃんは『運』というのをとても気にされているそぅです。
良いことがあれば、その分悪いことが降りかかると。
今年の日本シリーズに負けた巨人の原監督に対しても「原さんはね、WBCで運をつかうからいぃの!」と言ったそぅですよ。
でもそぅ考えると、悪い時には「次は良くなる!」と前向きに考えられ、良い時には「いつまでも良いとは…」と気を引き締めるようになりますからね!
確かに私も9月には清原選手からバットを戴き、10月には欽ちゃんと良いことが続いた反動か?今月11月はイマイチ調子が上がりませんでした。
ということは…
12月には良いことがあるのかも(笑)
って、まずはこの能天気なところを治さなくてはダメですよねぇ。
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登録日:2008年 11月 28日 09:10:53
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- プロフィール

- 坂井 永年
- (男)
- 1964年07月31日
- ■職業:イラストレーター
■代表作品:ソフトバンクホークスキャラクター「ハリー・ホーク」、新日本&全日本プロレス、各種キャラクター等、ビッグコミック・スペリオール初代表紙
■将来の目標:故手塚治虫氏のアドバイスによる”浮世絵”などの日本的な絵と、現在描いている自分のイラストとの融合したスタイルの完成。
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