援助交際 報告書

オバマ米大統領の推進する「無人機戦争」に批判が高まっている。米本土から無人機を遠隔操作する「米兵が死なない」新戦略だが、国連人権理事会には今月3日、多数の民間人が巻き込まれているとの報告書が提出され、攻撃停止を求めた。国連で米無人機攻撃に関する詳細が報告されたのは初めて。アフガニスタンでは先月末、米軍の無人機が子供の姿を確認しながら地上軍に伝えず、民間人23人を殺害していたことも判明。司令官や操縦士が処分された。

 オバマ政権下では、米軍がアフガンとイラク、米中央情報局(CIA)がパキスタンで無人機を使用。ブッシュ前政権時代を上回る規模で民間人被害が拡大している。

 報告書は、世界各地の非合法殺害(処刑)について同理事会に報告するフィリップ・アルストン特別報告者が作成した。特にCIAの攻撃について「数百人が殺され、罪のない人々が含まれている。秘密裏に実施され、市民が違法に殺されても事後調査が行われているのかどうかすら国際社会は分からない」と批判。国際人道法(ジュネーブ諸条約)違反の疑いがあるとして、攻撃の停止を求めた。

 また、米国は国際テロ組織アルカイダやアフガンの旧支配勢力タリバンだけでなく「関係する勢力」も無人機の攻撃対象に選定。だが報告書は、この「定義はあいまい」で「攻撃の根拠となる情報の信頼性」が重要だと強調。殺害が必要な場合、その理由を明確にすべきだと訴えた。

 アフガンでは今年2月、南部ウルズガン州で米軍のヘリが民間人の車両を攻撃。男性23人が死亡し、女性と子供を含む12人が負傷した。米軍の内部調査(先月29日発表)の結果、無人機で上空から撮影した映像に子供が映っていたことが判明。「必要な情報を地上軍に伝えなかった」として司令官4人を懲戒、無人機の操縦士2人を訓戒処分とした。

 アルストン氏は昨年6、10月にも、人権理事会などで米無人機攻撃を批判した。米国は「どのような規定においても適法」と反論。ブッシュ前政権と同じ見解を繰り返した。

 アフガンでの民間人誤爆事件は、人為ミスが避けられない無人機運用の「危うさ」を改めて浮き彫りにした。

 無人機の誤爆には、大別すると2種類ある。無人機自体の攻撃ミスと、無人機搭載カメラが撮影する映像を分析するセンサーオペレーター(SO)の判断ミスだ。誤った分析を地上軍に伝えれば、敵と誤認し、民間人を殺害することになる。

 今年2月のアフガンでの誤爆事件は後者に該当するケースだ。米軍の調査報告書によると、今年2月、米軍は無人機で車両3台を上空から約3時間半、追尾した。無人機は米本土の西部ネバダ州にあるクリーチ空軍基地から遠隔操作。同基地に所属するSOは、カメラの映像から、車両に乗っているのは武装勢力で「兵士に適齢の男性ばかり」と報告した。

 地上軍はヘリを派遣し車列を攻撃。その途中、女性が着る色鮮やかな衣服を確認し、攻撃を停止した。米ニューヨーク・タイムズ紙によると、当時、別の米軍幹部らもライブでこの映像を観察、「子供が見える」と無人機操縦士らに伝えていた。報告書はSOについて「車列が武装勢力以外のものであることを示す情報を無視、あるいは軽視していた」と認めた。

 空軍では、SOは一般に20歳前後の若い兵士だ。大半は戦場経験がなく「映像だけで現地の状況を把握するのは極めて難しい」(無人機操縦士の元指導官)とされる。一方、戦争の長期化で「兵士の死なない」無人機の活用は急増。人員不足が続き、勤務は12時間にのぼる。疲労による集中力の低下も指摘され、空軍関係者がまとめた調査報告によると、03~06年に起きた事故のうち約7割は「経験不足による判断ミス」など人為ミスが原因だった。



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登録日:2010年 06月 17日 18:06:46

援助交際 第二の江夏豊

2月1日から始まるプロ野球12球団キャンプの主役は、リーグ4連覇、2年連続日本一を目指す巨人ではなく昨年4位の西武だ。

 20年に1人の逸材と言われるドラフト1位ルーキー菊池雄星(花巻東)の一挙手一投足に、全国のファン、マスコミの注目が集まるからだ。
 西武第2球場で行われた新人合同自主トレーニングを視察した、野球殿堂入りしたばかりの東尾修氏(元西武監督)がこう手放しで絶賛している。「剛の大輔に対して柔プラス強の雄星。体幹を中心とする馬力は大輔だが、柔軟性と安定性では雄星が上だ。雄星は今の時点で勝てる」「柔らかさと強さを兼ねている点では江夏豊さんだろうか。雄星の投げ方なら江夏さんのような投球ができると思う」。
 甲子園を沸かせた同じスーパールーキー、平成の怪物と呼ばれた松坂大輔(現レッドソックス)をエースに育て上げた東尾氏が、こう即戦力投手の太鼓判を押すのだから、何よりも説得力がある。松坂はルーキーイヤーに16勝 5敗、防御率2.60の成績で最多勝と新人王を獲得している。黄金左腕・江夏氏の1年目は12勝13敗、防御率2.74。225奪三振は両リーグトップという快記録だった。2年目の1968年にはシーズン401奪三振という、いまだに破られない驚異的なプロ野球記録を樹立。途中から抑えに転向しても成功。生涯成績206勝、193セーブの成績をあげている。

 東尾氏によれば、入団時の松坂を超えて、球界に名を残す同じ左腕の大投手・江夏氏クラスだというのだから、20年に1人の逸材と言われる菊池の評価は誇大表示ではないことになる。松坂、江夏氏同様に高校生ルーキーながら二ケタ勝利が期待できる。後藤オーナーは「1年目から無理させない。時間をかけても大きく育てる」と熟成栽培を強調。渡辺監督も「最初は中継ぎから」と慎重な育成方法を口にしている。が、自ら名球会入り、歴代10位の251勝を記録している、殿堂入りしたばかりの東尾氏のお墨付きがあるのだから、放っておいても二ケタ勝利で新人王最有力候補になるだろう。二ケタでも10勝すれすれでなく、どこまで上積みがあるか。松坂の16勝を超えるかどうかが、ファン、マスコミの関心事になってくる。

 「できれば、宮崎で雄星を見てみたい」。巨人・長嶋茂雄終身名誉監督はこう語っているが、内心地団駄を踏んでいるだろう。ドラフト前に「なぜ巨人は菊池を指名しないのか」と球団関係者に疑問を投げかけていたからだ。松坂争奪戦の時には巨人監督で松坂ファンを自任していたが、球団側が早くから大体大・上原(現オリオールズ)を逆指名で囲い込みしていたために、泣く泣く松坂獲得を断念している。
 そんな過去の経緯もあるだけに、巨人キャンプ視察の際に、同じ宮崎で西武・菊池雄星狂騒曲が奏でられているのを目の当たりにして、長嶋氏は切歯扼腕することになる。


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登録日:2010年 01月 26日 17:18:13

優越欲求。自尊心の傷つき。歪んだ自己愛。

愛されている自分が好きであり、愛されないことによる傷つきを恐れる。自己愛に基づく恋愛です。
自分は愛されて当然と思っており、愛されることにより愛している者より優越感を抱くのです。
歪んだ恋愛感覚です。

この人たちにとって、愛してくれる人の愛を失うことは自分は愛される価値がないとなり、自尊心は深く傷つきます。自分勝手な愛なのですが。
⇒ナルチスト自己愛性人格障害者の求める愛です。

そして嫉妬を構成している不安、恐怖、悲しみの発生順については以下の通りです。

1. 嫉妬を生じる状況を見たり聞いたりします。恐怖、不安、悲しみ。
2. 批判反応。パ-トナ-、嫉妬を生じさせる相手を批判します。怒り。
3. 被害感。自分を犠牲者と捉えます。恐怖、不安、悲しみ。
4. 攻撃傾向。パートナ-や嫉妬を生じさせる相手を攻撃したい気持ちを持ったり、実際に攻撃する時もあります。怒り。

このように見ますと、嫉妬の根源的感情は恐怖、不安、悲しみであることが分かると思います。
パ-トナ-を失うことになるかもしれない、恐怖、不安。悲しみなのです。

そして、その恐怖、不安、悲しみより怒りの感情が生じるのです。


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登録日:2009年 11月 25日 16:31:42

援助交際 結納の仕方

・結納とは?
結納とはわかりやすくいうとはじめて結婚というものを形で表すことです。
今までは口約束でありましたが、これからはいよいよ形ができることになるのです。
結納はだいたい結婚式の3ヶ月前から半年前に行います。
昔は仲人がいましたが今は仲人なしで行っているようです。

・結納品
男性は女性にのし、昆布、酒などの飲食品、結納金を送ります。
女性は送られた結納品を飾って結婚の報告を行います。
結納品は地域によって異なります。
関東式(関東、東北、北海道、沖縄など)
関西式(関西、近畿、東海、中国など)
九州式(九州地方)

・一般的な結納品
一般的な結納品はこちらになります。
結納品にもひとつひとつ意味があります。
1.目録(結納品名、数量を記載)
2.長熨斗(のしあわびで出来ています。延命長寿願い)
3.金包(結納金が入った袋です)
4.末広(白扇です。幸せが広がっていくように願いが込めれています)
5.友白髪(滅多に切れない麻ひもで出来ています。縁が切れないように願いが込められています)
6.子生婦(昆布で出来てます。よろこんぶの掛ことばで子孫繁栄の願いが込められています)
7.寿留女(スルメで出来ています。噛むほど味が出るという意味です)
8.勝男節(武家社会からあるようです)
9.家内喜多留(やなぎだると読むます。酒2升分)

・費用
男性は100万円から200万円くらい
女性は20万円から40万円くらい
これも地域によって異なります。

・参加者
結納は基本的には両親だけでなく、祖父母、兄弟も参加します。
最近は両親だけの形式が多いようです。
結納の後に食事会を行ったり、結納を兼ねた食事会を行う場合があります。
自宅で行うこともできます。

・服装
女性はスーツ、ワンピースが基本です。
派手な色や、露出の多いものは避けてください。
男性は黒色スーツに白ワイシャツです。
ネクタイは白、シルバー、グレーにしてください。

・用意するもの
1.結納品の受書(なくても可)
2.結納金(新札で用意し、金額は50万から100万円)
3.結納記念品、結納返し(男性側から婚約指輪、女性側から時計、スーツなど)
4.風呂敷(結納品を包む物。結ぶのは不可)
5.家族書、親族書(両家とも用意する)
6.桜湯、こんぶ湯(日本茶は不可)
7.その他(お土産、お酒、扇子など)

・結納の流れ
1.結納品や婚約記念品を飾ります。
2.男性父からご挨拶(結納を始める挨拶をします)
3.男性側から結納品を贈る(男性の父親が挨拶をし、母親が女性に贈ります)
4.女性側が目録を確認する(受け取ったら女性本人は目録を受け取って確認する)
5.女性側から受書を渡す(父母、または本人から男性本人に差し、お礼)
6.受書を確認(男性側が受書を確認し、お礼)
7.女性側から男性側に結納返しを贈る(女性の父親が挨拶し、母親が男性に贈ります)
8.男性側から受書を渡す
9.受書を確認
10.男性の父から締めの挨拶

・最後に
上記の結納は、あくまで一例であって方法はある程度違ってもかまいません。
両家が顔を合わせるのが大切なのです。

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登録日:2009年 10月 23日 10:59:12

援助交際 条件と理想

恋人に条件があるとしたら、


何でしょう?


理想とはまた別。


これがなかったら恋人でいられない、


条件のことです。



「容姿・性格・金銭・趣味・・・」



人によって様々でしょうが、


私はその人の「倫理観」が自分と合うかどうか、です。


例えば誰かに一目ぼれしたとしても、


道にゴミをポイっと捨てて平気な人なら、


一気にひきます。


電車でおばあさんに席を譲ろうと考えもしない人だと冷めます。


バイク盗んで平気な人も嫌です。


生理的にダメです。


そういう「倫理観」がすごく重要だなって思います。


ほかの事、例えば「趣味」や「価値観」

(倫理観以外の価値観)が違う分には、


それはそれで面白いからOK!なんですけどね。


倫理観っていうか人間性でしょうか。


どうしても、恋人にはなれないなぁって思います。



ちなみに、私の昔思い描いてた「理想の人」は



・年上


・自分より背が高い


・やっぱりそれなりにかっこいい


・性格が大人で包容力がある


・自分だけを好きでいてくれる


・子ども好き



でした♪

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登録日:2009年 09月 14日 17:11:03

援助交際 二人の力関係

自分の身近なカップルを見ると、力関係ははっきりと分かるんじゃないかな?
特に、より強く惚れられている方(表面上だけでも)が強いのでしょう。

負けたくなくて、相手より高い立場になろうと頑張ります。
しかし、下手に駆け引きをしても通用しなくて、余計に不満が募ったりします。

別に弱い立場でも円満なら良いんじゃないかな。
弱いから、愛されていないということではなくて、
弱くても相思相愛ならそれで良いと思います。

優位な立場に立ったら、そのうちつまらなくなる人もいるから
ちょっと弱い位がちょうどいいかもしれませんよ♪

自分の方が弱いかなと思う人は、
「私が譲ってあげてるから上手くいってるんだ」
と思うようにしたら楽になるかもね(=^^=)

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登録日:2009年 08月 31日 11:55:30

援助交際~人は人、自分は自分~

人は人でいい、自分は自分でいい、違っていていい

 人の考え方や意見が気に入らない、人のやり方や行動が許せない、人が自分の期待したようにしてくれない、人の習慣やクセが我慢できない、・・・。
 このようなことを思ってイライラしてしまった時、「人は人、自分は自分」と心の中で言えば、少しは“イライラ”を鎮められるでしょう。

 すぐに、心から「人は人、自分は自分」と思えないかもしれませんが、幸せになる考え方として使うことはできます。たとえば、次のようなステップです。

 人にイライラした時には、まず「こういうこともある」と考える。
 イライラさせる相手には、「こんな人もいる」と考える。
 そして、「人は人、自分は自分」と、自分の心に言い聞かすことで、少しでも落ちつけばいいのです。
 続けて、「こんな人のことを考えるより、いいことを始めよう」と考え、何かを始められれば成功でしょう。

 幸せになる考え方を心がけることで、少しでもイライラが軽くなり、イライラする時間を短くできれば、何もしないよりもいいのではないでしょうか。

 「人は人(でいい)、自分は自分(でいい)」と考えられるようになって、人にあまり左右されずに生きられるようになれたら、と思います。

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登録日:2009年 08月 12日 17:59:49

「してくれないのは当たり前」

 「(誰かが)○○してくれない」とイライラしてしまうことがあります。
 頼んだことをしてくれない、やるべきことをやってくれない、認めてくれない、信じてくれない、ほめてくれない、誘ってくれない、ありがとうと言ってくれない、話を聞いてくれない、やさしくしてくれない、・・・。
 そんな時、「してくれないのは当たり前」と考えることができれば、そんなにイライラしないでもすむのではないでしょうか。

 自分に関係ない人が何かをしてくれないのは当たり前と思えるでしょう。
 なのに、自分が何かを求めている人がしてくれないとイライラしてしまうのはなぜでしょうか。
 その人に多くを求め過ぎるのか、「してほしい」という気もちが強過ぎるのか、「してくれるのが当たり前」と思っているのか、単に自分がわがままなのか。それともなければ、本当に相手がひどいのか。

 と言っても、つきあっているからにはどこかにメリットがあるはずです。メリットがなければ、不満があったらつきあうのをやめてもいいわけです。
 どんなメリットにしろ、どうせつきあうのなら、「○○してくれない」とイライラするよりも「してくれないのは当たり前」と考えてしまったほうがいいのではないでしょうか。

 ところで、あなたはまわりの人が望むことをどのくらいしようとしていますか?
 それを考えれば、自分が望むことを人がしてくれないのは当たり前だと考えやすいかもしれません。人はそれぞれの理由・事情・習慣・考えなどで行動していますから。基本的には自分のために。

 「人が自分に何かをしてくれないのは当たり前」と考えることができれば、逆に人が自分に何かをしてくれた時に、よりうれしかったり、ありがたかったり、人のやさしさを感じられたりするのではないでしょうか。

 「○○してくれない」と人にイライラしてしまった時には、まずは「してくれないのは当たり前」と考えることで、心を落ちつけてからその後の対応を考えてみてはいかがでしょうか。

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登録日:2009年 07月 30日 13:33:52

見返りを求めない心

愛されることを求めるよりも、愛するほうが幸せである。
他人に親切にするときには、見返りを求めないほうがよい。
他人から責められたくなければ、自分も他人を責めてはいけない。

頭では判っていても、なかなか実行できることではありません。
やはり、好きな人には、自分も好かれたいと願うものです。
せっかく他人に親切にしたのに、何も感謝をされなければ、がっかりしてしまいます。
自分が批判されたときは、「ほかの人だってやっているじゃないか」と、つい他人を責めたくなることもあります。
どうすれば、見返りを求めずに他人に優しくすることができるのでしょうか。

他人への愛情、善意、情けは、必ず自分に返ってきます。
相手から直接感謝されなくても、巡り巡って、ほかの誰かが返してくれるものです。
行為そのものが返ってくるというよりも、そういう態度や心がけが、幸せを呼び込むのです。
他人に優しくできるから、他人からも優しくしてもらえる。優しくされることがうれしいから、ますます他人に優しくなれる。
うまくその好循環にのれば、ことさら「他人に優しくしよう」などと義務的に考えなくても、「そうせずにはいられない」と思えるようになるものです。
問題は、どうやってそのきっかけをつかむかということです。

せっかく他人に親切にしても、感謝されなければ、やはり損だ。親切が無駄になるのはばかばかしい。
そう尻込みしてしまうのも無理はありません。
しかし、自分の親切が絶対に無駄にならない方法があります。
「見返りを求めて、親切にする」のではなく、「過去に受けた親切に恩返しをする」と考えればよいのです。

「自分が先に親切にしたのだ」と思うから、見返りを期待してしまうのです。
誰でも、過去に他人から親切にされたことがあるはずです。
人は皆、特に子供のころは、他人の手を借りなければ生きていくことはできません。
いま無事に生きているということは、数え切れないほど多くの人の世話になっていることの証拠なのです。

自分は相手に何も親切にしていないのに、まったくの無償で親切にしてくれた人も、必ずいるはずです。
自分でも気づかぬうちに他人に迷惑をかけてしまったこと、不用意に他人を傷つけてしまったこと、それらを黙って許してくれた人もいるはずです。
その恩に報いるために、他人に親切にするのです。相手に直接お返しをすることができなければ、ほかの誰かでもかまいません。

他人に優しくされたから、自分も他人に優しくする。
他人に許してもらったから、自分も他人を許す。
その善意が無駄になることはありません。見返りがえられるだろうかと不安を感じることもありません。
自分の善意そのものが、他人への見返りなのですから。それで目的を遂げたのです。

他人に親切にするといっても、滅私奉公のように重苦しく考えることはありません。せっかくの善意も、度が過ぎれば、いらぬお節介となってしまいます。
大それたことをしようと思わなくてもよいのです。
相手のために働いたり、物を与えたりすることよりも、もっとも他人のためになることは、「相手を尊重する」ということです。

心を込めてあいさつをし、話を聞き、共感すること。
相手の幸せをともによろこび、落ち込んでいるときには見守り、逆境にあるときにも見捨てないこと。
「相手の存在を認めてあげること」以上の優しさはありません。
小さな善意をこつこつと積み重ねていけばよいのです。
気づいたころには、「愛し、愛される」という大きな循環が自然にでき上がっていることでしょう。

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登録日:2009年 07月 27日 12:47:13

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