犬にも聖体を分餐
犬に聖体というのは日本では聞かない。教会に犬を連れてくる人も
見ないような気がする。
聖書に論拠がないわけではない。直接聖体(パンとワイン)について
書いてあるわけでないが、パン(パン裂き)についてはあります。
マルコによる福音書 7章 (新共同訳)
24:イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた。ある家
に入り、だれにも知られたくないと思っておられたが、人々に気づか
れてしまった。
25:汚れた霊に取りつかれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエスのこと
を聞きつけ、来てその足もとにひれ伏した。
26:女はギリシア人でシリア・フェニキアの生まれであったが、娘から
悪霊を追い出してくださいと頼んだ。
27:イエスは言われた。「まず、子供たちに十分食べさせなければな
らない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない。」
28:ところが、女は答えて言った。「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、
子供のパン屑はいただきます。」
29:そこで、イエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰
りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった。」
***
一部の信徒が怒ったのは、聖体というのはパンが主キリストの肉「であり」、
ワインが血「である」と信じられているからです。
たとえ話の中の例えだが、子犬にパンを食べさせて良いか、否かのシーン
です。イエスは「よろしい」と答えている。
子供はイエスの時代においてはユダヤ人、この聖書が書かれていた
時代ではキリスト教徒である。子犬はイエスの時代では異邦人(非ユ
ダヤ人)で、聖書の時代は非キリスト教徒の話になる。
イエスは、シリアフェニキアの女の願いを聞き入れ、子犬にパンを与え
たともいえる。
この飼い主はこの愛犬の救い、永遠の命を願ったのかも知れない。
真剣に願ったのだとすれば、司祭の行為はあながち間違いではないのかも
しれない。
しかし、犬の救いについて考えると、犬は神の創造の秩序に従って生きてい
るのだから救われていると思います(悪を行い罪に陥る自由意思を与えられ
ているのは人間だけとされているわけです)。
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登録日:2010年 08月 04日 00:24:37
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