2009年 03月 28日

尾張七宝

七宝焼は、もともと遠く紀元前古代エジプトにおいてその同類が見受けられ、その多くは、インド・中国・朝鮮を経て我国に伝来したものとされています。
七宝とは、仏典にある七つの宝物「金・銀・瑠璃・しゃこ・瑪瑙・真珠・まいえ」のことで七宝焼の美しさが七種の貴品に似て絢爛で高貴である所からこの名がつけられました。
また、この地の人々が七宝焼に愛着を持っていたところから七宝村(七宝町)と名づけられました。

尾張七宝の創始者は、尾張国海東郡服部村の梶常吉(1803~1883)といわれています。
常吉は、オランダ船が持ってきた一枚の七宝皿を得て研究しましたが、容易に<a href="http://ezra.jp/meru1seo/" title="メル友" target="_blank">メル友</a>できなかったので、破砕分析し銅胎植線施釉の構成を知り、それに近い精巧な七宝焼の制作に成功しました。
その技法が現在の七宝町遠島の林庄五郎に受け継がれ、さらに塚本貝助に伝えられ、この地に尾張七宝の基盤がつくられたのです
尾張七宝として確認できる作品としては、天保4年(1833年)の梶常吉作による七宝ぐい呑みが最も古いものとされています

七宝焼は銅または銀の金属素地を用い、その表面にガラス質の釉薬を施し、花鳥風月、風景などの図柄をあしらったところに<a href="http://frsp.jp/meru1seo/" title="メル友" target="_blank">メル友</a>がある。特に図柄の輪郭となる部分に銀線を施す有線七宝は、尾張七宝の代表的な技術である。

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登録日:2009年 03月 28日 09:36:02

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