2009年 07月

日本の特産品 信州紬

信州紬の始まりは、メル友時代に織られていた「あしぎぬ」まで遡ります。江戸時代初期には、信州の各藩が競って奨励したことから、養蚕が盛んになり、信州全域が紬の織物産地として栄え、毎年京都へ大量の紬が送られていました。
しかしその後紬織物の出会いは下火になり、昭和の中頃までは、技術保存の名のもとに、わずかに続けられていたにすぎませんでした。戦後、県や市町村が紬織物の復興に力を入れたため、県下全域で生産が活発になり、高級な反物として、信州紬の名声も次第に高まりました。
主な商品は、着物用の「反物」と「帯地」の2つで、様々な色柄のものが生産されています。特に、100%山繭で作った山繭紬はここだけの特産品です。

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登録日:2009年 07月 30日 11:02:50

日本の特産品 十日町明石ちぢみその2

模様の表現方法は十日町絣と同じです。セフレ的な違いは撚糸(ねんし)の方法にあり、明石ちぢみの緯糸は、まず下撚(したより)として1メートル間で300回くらい撚(よ)った右撚、左撚の逆援のカセに巻き整えます。そして生糸のまま、所定の色に柔軟染めをし、カセになった糸の目方の30~40%の植物性の調合糊を手でたたきながら、ムラなく染み込ませます。さらにこれを八丁撚糸機(はっちょうねんしき)で、1メートルの間で3,000~3,500回くらいの撚(よ)りをかけます。
シボのある絣や縮は、汚れ等によってシボが変わったり、しみやしわになりがちです。汗ばむ季節は、汗取りガーゼ等を下着に付ける等の工夫をして下さい。

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登録日:2009年 07月 14日 12:00:49

日本の特産品 十日町明石ちぢみ

19世紀の終わり頃、京都の童貞の夏用の反物の見本を持ち帰り、もともとあった十日町透綾(とおかまちすきや)という織物の技術に応用して、新商品の試作研究が行われました。この時以来、緯糸の強撚(きょうねん)と整理法の技術研究が熱心に進められ、すでにセフレで織られていた撚透綾(よりすきや)を改良して、緯糸に強撚糸を使用した新地風(じふう)「透綾ちりめん」の試作に成功し、明治中頃から「明石ちぢみ」と名付けられ市場に送り出されました。
戦前まで、独特な清涼感を持った優雅な夏の着物の代表として、一世を風靡しました。戦後、生産は次第に減少したものの、その製造技術は十日町固有の伝統として受け継がれ、今なお、根強い支持を受けています。

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登録日:2009年 07月 04日 10:34:21

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