ジャッキー・チェン(陳)は、ジャッキー・ファン(房)だった!
【プノンペン/カンボジア 16日 AFP】カンボジアでは14-16日に新年を迎える。首都プノンペン(Phnom Penh)から郊外に向かう道路は13日、故郷で新年を祝うため帰省する数万人で大渋滞となった。
写真は同日、プノンペンで、ピックアップトラックに乗って帰省する人々。(c)AFP/ TANG CHHIN SOTHY
ジャッキー・チェン本人も主要なパートとして登場する、この件のドキュメンタリー映画が、香港で完成したのが、2003年のことですから、ジャッキー・チェンの熱狂的ファンを初めとして、既にご存知の方も多いかもしれません。
しかし、私にとっては、『中国』の歴史や文化、そして家族というものを改めて考えさせられる、刺激的な作品でした。
ハリウッド映画で、流暢な英語を操る(香港人ですしオーストラリアに住んでいたこともありました。)ジャッキー・チェンから、大陸中国を感じることは余りありません。彼よりは少し若い私の香港人の友人達も、かなり西洋化されていて(特に金融業界には西洋諸国で教育を受けたエリートが多いこともありますが・・・・)むしろ、中国人というよりも、西洋人・国際人と表現したほうがぴったりくる感じです。
ジャッキー・チェン本人も主要なパートとして登場する、この件のドキュメンタリー映画が、香港で完成したのが、2003年のことですから、ジャッキー・チェンの熱狂的ファンを初めとして、既にご存知の方も多いかもしれません。
しかし、私にとっては、『中国』の歴史や文化、そして家族というものを改めて考えさせられる、刺激的な作品でした。
ハリウッド映画で、流暢な英語を操る(香港人ですしオーストラリアに住んでいたこともありました。)ジャッキー・チェンから、大陸中国を感じることは余りありません。彼よりは少し若い私の香港人の友人達も、かなり西洋化されていて(特に金融業界には西洋諸国で教育を受けたエリートが多いこともありますが・・・・)むしろ、中国人というよりも、西洋人・国際人と表現したほうがぴったりくる感じです。
しかし、ジャッキー・チェンの父親がそうであるように、香港は彼らの親や祖父母、さらにはその祖先である、中国からのいわゆる難民によって支えられてきた街です。(1997年の返還以前は英国でしたから、中国本土から正規の手続きを踏んで渡航する人々はまれで、現在メキシコから米国に密入国する人々同様、入国には生死をかけていました。実際、船底に長時間閉じ込められたため、酸欠で志望する人々も少なくなかったようです。ちなみに、数年前に中国本土からの観光客については、渡航がかなり自由化され、香港経済を潤しているのは周知の事実です。)
さて、ジャッキー・チェンの父親は、元々国民党の秘密工作員で、中国・安徽省の地元ではなかなか羽振りが良かったようです。最初の妻と結婚して、二人の男の子をもうけますが、最初の妻は病気で他界し、その後、男手一つで二人の子供を育てます。
しかし、次第に内戦での国民党の立場は不利になり、父親は、幼い子供達には何も告げずに、単身上海に逃亡します。しかし、そこも安住の地では無く、中国で共産党政権が成立とすると、他の国民党員と同様に、香港に亡命します。(その他にはやはり台湾が亡命先の中心でした。)
その父親の後を追って、香港にやってきたのが、ジャッキー・チェンの母親です。彼女の最初の夫は、空襲で亡くなり、娘が二人いたのですが、その幼い娘二人を残したままの渡航でした。
このシチュエーションは、香港映画で本当に良く見かけるパターンですから、決して珍しくは無かったのかもしれません・・
そして、その後、香港で二人の間に、ジャッキー・チェンが生まれるわけです。
ジャッキー・チェンが8歳のときに、演劇・演芸学校に入学し18歳までそこに籍を置いたため、彼は一般の学校にはまったく通っていません。また、両親も、その間ジャッキー・チェンを残したまま、雇い主とともにオーストラリアに渡っています。
18歳で、両親と再会してからの彼のサクセス・ストーリーは、良く知られるところですが、安徽省に取り残された、ジャッキー・チェンの父親の二人の息子は、父親が国民党員だったということで、大変な苦労をしたようです。
文化大革命の時には、三角帽をかぶらされ、プラカードを下げて市中を引き回されたのはもちろんのこと、まともな職の口も無く、物乞いをして暮らしていました。
また、ジャッキー・チェンの母親の娘達も、ジャッキー・チェンの父親から彼女達の親戚に、オーストラリアから送った手紙が見つかり、外国に知り合いがいる反体制分子というということで、やはり市中引き回しの憂き目に会いました。
その後、消息不明だった兄弟を父親が捜し当て、1985年に安徽省で再会します。その時に、ジャッキー・チェンの父親は香港に渡るときに使った(陳=チェン)という偽名ではなく、ファン(房)という本来の苗字で、一族の再興を果たし、家系図も作り直したのです。
その時に、ジャッキー・チェンの父親が母国に戻らなかったのは、当時はまだ現在の中国と違って、文化大革命路線に戻るリスクがあったからです。
ちなみに、2003年時点では、ジャッキー・チェンと、大陸の兄弟との対面は行われていません。もちろん、彼は、この事実を告げられるまで、自分は一人っ子だと信じて(マスコミにも当然そのように発表されてきました・・)いたわけです。
現在の香港や中国の発展も、実際そのような苦労をした人々のおかげで成り立っています。
逆に言えば、中国の友人達が、一人っ子政策の時代に生まれ、両親・祖父母から甘やかされて育った子供達(初期の子供達は、もう20代になっています。)が社会の中枢を担うとき、どうなるのかを心配する気持ちは良くわかります。
日本でも、同じような歴史があります。
以前、日本で働く日系ブラジル人一世の方にお会いして驚いたことがありますが、その女性は、1960年代に、両親とともに、ブラジルに移民として渡り、今度はブラジルから日本に出稼ぎにやってきているわけです。
確かに、その時代は、戦後の復興期にあった日本よりも、戦火を免れたブラジルの方が豊かで、新興成長国としての将来も大いに期待されていました。
しかし、その後ブラジルの経済は困難な局面にぶつかり、その反対に日本は高度経済成長を謳歌して、立場が完全に逆転してしまったわけです。
一国の盛衰というものは、意外にあっけないものですね・・・
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登録日:2007年 04月 16日 15:37:33
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- プロフィール

- 大原浩
- (男)
- GINZAX グローバル経済投資 メールマガジン
- 2月度定例GINZAX・銀座セミナー『本当のバフェット投資』
- グルメ投資家おーちゃん
- 1984年、同志社大学法学部を卒業後、上田短資㈱(上田ハーロー)に入社。
1989年、フランス国営クレディ・リヨネ銀行入行。フューチャーズ・ブローキング・ディビジョン課長などを歴任し、主に金融・債券先物、デリバティブなどを担当。
1994年㈱大原創研を設立し独立。
GINZAX ・グローバル経済投資研究会代表。
元・証券新報顧問
著書には
『韓国企業はなぜ中国から夜逃げするのか』(講談社)
「2012年に日経平均が2万円を超える15の理由」(講談社)
など。
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