わが国における官製市場開放について② 東京LEC 法律文化 06年11月号に加筆
官製市場開放の歴史と仕様書の発展の歴史(1)
-ブレア政権のNPMの枠組み-
1. はじめに
前回は、官民協働事業の現状把握と、国内外の官製市場開放の流れを概説した。そして、わが国の公共サービスは改善だけでは不十分なので改革が必要であることについて述べた。今回から、改革を促進する仕様書の変遷について述べる。現在、英国で使われることが奨励されている仕様書は「アウトプット仕様書※1」、または、「機能・パフォーマンス仕様書」と呼ばれ、事業者が提供するサービスの機能や実績(パフォーマンス)に焦点を当てたものである。この仕様書は、要求項目を結果で示し、その結果の達成手法や手段を民間に任せる。このような仕様書は、わが国ではまだ馴染みが浅く、その概念を理解するためには、ブレア政権のNPMの枠組みを知ることが役に立つ。なぜなら、ブレア政権で導入されたNPMの数多くの仕組みがこのアウトプットアウトプット仕様書と連動しているからである。
2. ブレア政権のNPMの枠組み
サッチャー保守党政権とサッチャリズムを継承したメジャー政権のNPMへの取り組みと、労働党のブレア政権のNPMへの取り組みを同一視する向きもあるが、ブレア政権でNPMは大きく見直された。特に保守党政権ではコスト削減に焦点を当て過ぎていたので、サービスの質を評価する仕組みが見直された。
(ア)コスト削減だけでなく、「ベストバリュー」を目指す
労働党党首のブレアは、1997年の総選挙におけるマニフェストに、公務員の雇用不安やモチベーションの低下を招く強制競争入札※2の廃止を宣言した。そして、コスト削減に偏重した強制競争入札の代わりに、「ベストバリュー」と呼ばれる4つのC(挑戦、比較、相談、競争)※3に基づくNPMの集大成ともいえる考え方を導入した。
この考え方は、コスト削減偏重の政策を修正したものであり、コスト削減は、品質が確保された上で達成されなければならないという考え方である。
ベストバリューを確保するため、予算管理の目的を明確にし、財務ルールを設定し、資源会計に基づいて包括的な資源配分計画を設定した。この資源配分計画の進捗状況を「コミットした具体的な目的および指標」と比較し管理するシステムが導入された(資料1はシステム全体のイメージ図である)。
(イ)公共サービス合意(PSA)
ブレア政権では、公共セクターの各省庁や部署等の存在目的と業績達成目標を設定した。これを「公共サービス合意(PSA:Public Service Agreement)」と呼ぶ。PSAは中央省庁と地方自治体の両方に適用されている。
PSAを導入する前には、予算額そのものや、予算算定の根拠となる「医師等の専門家の数」のインプットが議論の対象であったが、PSAの導入以来、効果的に資源投入ができているか、「病院の待ち時間の減少」のような定量化可能なサービスの質がどの程度改善されているかが議論の対象となってきたという。
(ウ)主要業績指標(KPI)の設定
メジャー政権時に導入したベンチマークの考え方に基づいて、サービスの質を評価するさまざまな指標が定量化された。ブレア政権では、このような指標を発展させ、官民が共同で適切なサービス水準を合意するという主要業績指標(KPI:Key PerformanceIndicator)を導入した。
(エ)予算管理の目的を明らかにする
英国では、国と地方自治体を連結し「一般政府」としての包括的な予算管理を始めた。この連結予算を策定するためのガイドライン※4で、予算管理の目的を次のように設定している。
①財務ルールが機能するように公共支出の管理を行い、公共支出の管理を確実にすることによってマクロ経済を安定させること。
②納税者にとってのバリューフォーマネーが高く、品質の高い公共サービスを提供することを目的とし、その公共サービスの支出を管理する部署が適切に支出したくなるようにインセンティブを与えること。
(オ)二つの基本的な財務ルール
上記の目的達成のために、次の二つの基本的な財政ルールを導入している。
①ゴールデンルール:政府は投資のためにのみ借り入れを行うことができ、年度会計の赤字を補填するための借り入れをしてはならない。
②継続投資ルール:公共の累積債務は対GDP比率で算定し、健全なレベルで安定した景気循環ができるようにに維持すること。
同様に、ネット債務は景気循環を考慮して対GDP比率で設定した基準(40%)以下に保つ。最初のゴールデンルールは、健全な財政状況を維持するためには、投資のために借り入れをすることは認めるが、投資を除いた歳出は歳入(公債による入金は含めない)以内に抑えなければならないというルールである。二番目の継続投資ルールは、健全な財政を維持するために、投資であってもその借り入れが増え過ぎないように限度を設定するというルールである。
(カ)資源会計および予算(RAB)
資源会計および予算(RAB:Resource Accounting and Budgeting)は、政府の公共支出について計画し、管理し、報告するための会計システムである。資源会計は、中央政府の支出を報告するための発生主義会計の導入であると同時に、省庁の目的や目標と結果を結び付け、支払いを分析するための枠組みでもある。
(キ)省庁別支出限度額と年度管理費用
省庁別支出限度額(DEL)は、将来3年間の事業計画に基づいて策定された予算である。3年間の予算であるため、中期的に予算を管理することができる。例えば、事業の進捗が遅れ年度末までに予算を使い切れない場合、翌年度にその予算を先送りすることができる。この仕組みによって、翌年度の予算が削減されることを恐れ無理に予算消化しようとするインセンティブをなくすことができる。
年度管理費用(AME)は、社会保障関連支出額のように支払額が大きく、しかも需要に応じて変動する支出の予算である。この種の予算は長期的に予測することが困難なだけでなく、短期的な予測も難しい。そのため、同じ年度内に2回予算見直しを行っている。
(ク)投資予算
投資予算(Capital Budget)は、前述のDEL(中期予算)とAME(短期予算)とは別に管理される。固定資産の価値を損なわないように長期的に不動産を所有するためには、継続した適切な投資が必要である。ちなみに、予算と財務ルールの関係は資料2のようになる。
(ケ)包括的支出見直し白書(CSR)
前述のPSAで設定した目的や目標の達成が順調に進んでいるか、目的や目標を達成するためにはどのような資源配分をすればよいのかを検討したのが「包括的支出見直し白書(CSR1998)※5である。2年ごとの「支出見直し(SR)」によって今まで見直されてきたが、最初のCSRの作成から10年近くが経ったので、現在、ゼロベースで今後の目的や目標に合わせて資源配分の再検討を行っている。これは「CSR2007」として来年公表されるが、この中間報告※6が今年7月に公表された。
ベストバリューの考え方に基づき、民間の企業管理運営手法に類似した前述のような仕組みが公共セクターにも導入されていることがお分かりいただけただろうか。次回は、10年以上かけて「アウトプット仕様書が発展した経緯」について述べることにする。
※1 従来の仕様書は工事の仕様の基本となる設計図をすべて発注者が用意していたので、このアウトプット仕様書に対してインプット仕様書と呼ばれる。
※2 わが国の「市場化テスト」の検討および導入に際して参照された英国の民営化手法のひとつ。強制競争入札の名前の通り、その対象となる当
該公共サービスの実施を官民のどちらが行うか、競争入札によって強制的に決めさせられてしまう。
※3 4つのCとは、挑戦(Challenge)、比較(Compare)、相談(Consult)、競争(Compete)の頭文字をとったもの。
※4 Consolidated Budgeting Guidance from 2006-2007 by HM Treasury December 2005
※5 Modern Public Services for Britain:Investing in Reform Comprehensive Spending Review:New Public Spending Plans
1999-2002 by the Chancellor of the Exchequer July 1998
※6 Releasing the resources to meet the challenges ahead: value for money in the 2007 Comprehensive Spending Review by
HM Treassury July 2006
カテゴリー[ 法律文化 連載 ], コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2007年 07月 29日 15:43:28
コメントを追加
Trackback
この記事に対するトラックバックURL:
- プロフィール

- Hiroshi Kumagae
- (男)
- 1959年05月06日
- アビーム コンサルティング㈱ ディレクター
- 著書:脱「日本版PFI」のススメ 相模書房 ISBN978-4-7824-0705-9
- ESADE大学院 国際経営修士
慶應義塾大学院 特別招聘講師(非常勤)
三田図書館・情報学会会員、PMFJ会員 公益事業学会会員
平成18年度内閣府PFI事業の総合評価検討委員会委員
平成19年度自治体PFI推進センター専門家委員会委員
日刊建設工業新聞 所論/緒論コラムニスト
東京LEC 法律文化 連載中
剣道3段、居合道3段(夢想神伝流)
福岡県生まれ横浜市在住
連絡先:
hkumagae-mobile@softbank.ne.jp
- 最近のエントリー
- [05/12] PFI関係者必読書の2冊の Public Private Partnerships
- [03/31] PFIでは官が民民のプロファイにおける金融機関の考え方をする必要はないこと
- [03/02] 世界標準のPFIについての解説及び議論を行うという前提の確認
- [02/22] 2者間契約のプロジェクト・ファイナンスと3者間契約のPFIの違い
- [02/14] 直接契約について金融機関がこんな説明をしていたら要注意
- [02/12] PFI事業の資産残存価値リスクの民間移転
- [02/11] 自治体がもっとキャッシュフローを改善したいのならリスク移転型PFIの活用が可能
- [02/11] 官が示す必要のあるPFI事業の直接契約の雛形
- [01/22] 私の視点 ◆PFI/民間の知恵生かす改革を 2008年1月16日 朝日新聞 朝刊
- [01/05] PFI事業に関与する公共アドバイザーの役割とは?
- 最近のコメント
- [08/03] PFI関係者必読書の2冊の Public Private Partnerships ホワイトロック
- [05/18] PFI関係者必読書の2冊の Public Private Partnerships PFI侍
- [04/14] PFIでは官が民民のプロファイにおける金融機関の考え方をする必要はないこと しきのぴぃちゃん
- [04/10] PFIでは官が民民のプロファイにおける金融機関の考え方をする必要はないこと PFI侍
- [03/31] 世界標準のPFIについての解説及び議論を行うという前提の確認 しきのぴぃちゃん
- [03/27] 世界標準のPFIについての解説及び議論を行うという前提の確認 原田義昭
- [03/25] 世界標準のPFIについての解説及び議論を行うという前提の確認 熊谷弘志
- [03/25] 世界標準のPFIについての解説及び議論を行うという前提の確認 熊谷弘志
- [03/23] 世界標準のPFIについての解説及び議論を行うという前提の確認 オーキー
- [03/21] 世界標準のPFIについての解説及び議論を行うという前提の確認 オーキー
- 最近のトラックバック
- お気に入りリンク
- 4回連載 PFI事業のあるべき姿(最終回)
- 4回連載 PFI事業のあるべき姿(3)
- 4回連載 PFI事業のあるべき姿(2)
- 4回連載 PFI事業のあるべき姿(1)
- 6回連載 日本型PFI改善への具体策(最終)
- 6回連載 日本型PFI改善への具体策(5)
- 6回連載 日本型PFI改善への具体策(4)
- 6回連載 日本型PFI改善への具体策(3)
- 6回連載 日本型PFI改善への具体策(2)
- PFI手法から見た図書館への指定管理者制度の導入
- 図書館へのPFI手法と指定管理者制度の導入
- PFIによる公共図書館整備のあり方について
- 6回連載 日本型PFI改善への具体策(1)
- 英国でのPFI誕生の背景とその導入の意義
- 検索