新宮様の御誕生 そして継承の意味

今日、第三継承者が誕生になられた。皇位継承順位である、皇太子さま、秋篠宮さまに次いで第三位の新宮様の御誕生。

ところで現代では、日本の皇室をどのように、国民が関心を寄せているのかが気になる。

とくに、これからの世代である。

皇室も国民の目線に降りたような接し方を心がけているのか、若い世代が皇室との隔たりを持たなくなっているのではないだろうか。

つまり、おなじ人間だということだ。だが、それは間違いである。おなじ人間ではないのだ。生得的地位をもつ皇族には、それぞれに、「役割」と「使命」があるのだから。

「日の丸」に関しては、いろいろな卓見がある。さまざまな意見を尊重したいので、ここでは差し控えることにする。

石堂淑朗氏だったかと思う。数ヶ月前のことなので、ちょっとあやふや。申し訳ない。ただ、以下の文面が、一番、皇室を尊ぶ意味、天皇陛下の使命が理解できると思い、引用・要約をさせていただく。

天皇陛下とは、日本国家に無限責任を取ろうという存在である。

無限責任というのは、場合によっては命を差しだそうとするようなものである。従って、皇位継承権とは、一旦緩急の場合、天皇陛下に殉じて無限責任を全うする順位である。

皇族が尊い存在なのは、そのためである。

つまり命を差しだす義務があるのだ。それは、戦争の回避、国家、国民を守るためである。
我々が、子の誕生を喜び、その子の行く末を見守るのと等しいが、「使命」という烙印をおさなければならない。

現代に多く見受けられる、個性・自由重視という家庭環境に育った子供達と同様に教育されるのなら、皇位継承も自由意志となるだろう。そうすると、どうなるのだろう。つまり、民主主義や男女平等、人権など、国民の権利のような尺度。それを、国民側が、皇室をその尺度で測ろうとしているのではないか。その一切を超越しているはずの皇室を・・・。

それが、どういう意味を持ち、どういう世論に変化し、どういう国家になっていくのか。

だから、皇室というものは、特別な存在なのである。親近感を抱き、同じ人間と考えてしまうことに懸念するのが、そういう理由である。この曖昧さが、未来に問題を連れて歩くことになるのだ。

さて、賛否両論がある女帝・女系擁護論。天皇廃止論。いったいこの国どうなるんだろう。

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登録日:2006年 09月 06日 12:30:48

コメント

ご無沙汰です。何度もトラックバックを送信しているのですが、はいっていませんね。記事URLは、http://blog68872.arekao.jp/entry-f368dbb842089bfdf36f0a22a96db654.htmlです。

まるで、皇室に対し「念押し」をしているような記事に思わず笑ってしまいましたが、皇室の帝王教育によって、国家・国民への「使命感」と「義務」、そして「超越」の精神が備わるのですね。

Saiさんの文中に、「国民の目線に降りたような接し方を心がけているのか・・・」、「民主主義や男女平等、人権など、国民の権利のような尺度」とありましたが、皇室が「民主主義や男女平等、人権など、国民の権利のような尺度」を帝王教育に持ち込むのなら、どうなることでしょう。我々国民の権利と皇室の役割は違いますよね。また「隔たりを持たなくなっているのではないだろうか。」という懸念。「尊ぶ」が「親しみ」に変わると、国家そのものが変容することを指摘しているようです。

a-leiさんの「今日、新宮様が御誕生になられ、その心配がなくなった。それなのだか、なぜか懸念。それは、皇室典範改正案や宮内庁の姿勢、報道に至るまで、『惑』があるからである。『不惑』の呈示が見当たらない。」から、皇室典範の脆さを危ぶみ、それがこれからの時代の「皇室」の在り方、「宮内庁」の在り方を問うている気がいたしました。

いつか私達国民、あるいは次の世代が、皇室に求めるもの、皇室のありかたを変容させることになるだろうと、窺えたのです。

これを記事にしたんですけれどね。

nao @ 2006年 09月 06日 15:55:42

ごめんなさい。なんだかね、なかなか送信しにくいらしいです。トラバ。
それよりも、関連記事をありがとうございました。

まぁ、はっきりとした受け答えを避けますが(笑)、いま、転換期なんだと思いますよ。

sai @ 2006年 09月 12日 17:50:16

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date:2006年 09月 06日 12:39:15

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