死者の日 DIA DE MUERTOS
独立を表す緑、平和を表す白、そして独立の流血を表す赤は、メキシコの国旗である。そのメキシコの祭り「死者の日」の印象を残す版画。タイトルは「Noche Infinita」 (無限の夜? 夜は無限?)。
メキシコ南部ミチョアカン出身。ヒスパニック系の彫刻版画アーティスト アルテミオ ・ ロドリゲスの版画である。日本では、パルコミュージアムで行われた “Yo! What Happened To Peace?” 展などがあるらしいが、L.Aのセレクトショップ バラクーダ が T-SHIRTS に用いたプリントの原画のほうが、ご存知の方が多いのかもしれない。邦訳されているダゴベルト・ヒルフ著の「木版画のマリア」に挿絵がある。
メキシコは古代にアステカ帝国が在った。アステカ人は、800年以上前に滅びた、テオティワカン(神々が住む都)へ移住する。自然のつくりではない廃墟のピラミッドとマウントを目の前にし、テオティワカンと名づけた。その古代都市テオティワカンに、太陽のピラミッド、月のピラミッド、死者の大通り、ケツァルパパロトルの宮殿、羽毛の生えた蛇神殿がある。
アステカの農耕は、儀式にかかせない不老・不死の象徴とされる栽培植物アマランサス、ポロトという豆、チアという植物の種チアシード、トウモロコシが主食で、皇帝モンテスマの時代は、カカオ豆をすりつぶし、チョコレート・ドリンク「ショコラトル」が、生命力の媚薬でもあった。
そのアステカは、人が生きたまま切り裂かれ、心臓を取り出すという人身御供の儀式が行われていた。それは毎日続く。その生贄を差し出す神は、ウィツィロポチトリという。この世が滅びないための信仰。(日本も人柱の時代はあった。)
そして、ついにスペインに滅ぼされた。キリスト教の信仰を持つスペイン人には、アステカの儀式は、悪魔の儀式そのものだ。こうした宗教の倫理観、未成熟な倫理観から、アステカは征服されたわけである。
メキシコでは、古代アステカ暦の10番目の月を「トラショチマコ」と呼び、幼く死んだ子供達の魂を迎える祭りがあった。その翌月を「ショコトルウェツイ」と呼び、大人の死者の魂を迎える。夏の祭りは、征服後に、キリスト教に改宗となり、カトリックとアステカの祭りが融合し、「Los Dias de Los Muertosディア・デ・ロス・ムエルトス(死者の日)」となる。
この「死者の日」の儀式は、死者が迷うことなく招くためのオフレンダ(祭壇)へ、キリスト教の弔意を示す黒とアステカ人の弔意を示す橙の透かし模様切り紙細工に、四百の命の花センバスチ(マリーゴールド)、方位を示す4本の蝋燭、邪気を払う香と塩、炭火鉢、 死者の旅の疲れと渇きを癒す水、手を洗う水とタオル、死者の写真、死者の好物、大人の死者にはテキーラ、幼い死者にはチョコラテ(ショコラ)、 死者のパンに果物、砂糖菓子の髑髏、骸骨を祭る。道々には骸骨の砂絵がひろがる。
メキシコでは、人は三つの死を経験すると言う。一つは、肉体的な死。二つめは、土葬による母なる大地への回帰。三つめは、死者を知る人が現世からいなくなったとき。
10月に、高松宮殿下記念世界文化賞受賞した、クリスチャン・ボルタンスキーはこういっている。 RE+nessance 2006.10.20 Friday より
「MORT by クリスチャン・ボルタンスキー」
「人は二度死ぬといわれている。一度目は実際に死ぬときであり、2度目は写真が発見され、それが誰であるか知る人が1人もいない時だ」というボルタンスキーの言葉。僕が一番恐れているのが「MORT」なのだ。それは、まだ壁を越えていないからである。・・・
ユダヤ人のクリスチャン・ボルタンスキーは、生と死をテーマにしたモニュメントが、多数作品化されている。それは、このオフレンダ(祭壇)のようなモニュメントである。
ちなみに、高松宮殿下記念世界文化賞受賞の記事はこちら。
Dia de los Muertos / Day of the Dead( Mexico)のサイトはこちら。
そして 「死者の日」の記事はこちら。
イタリア ハロウィンが終わって 諸聖人の日
フランス ハロウィンが過ぎて 死者の日 菊の日
ハロウィンはこちら。
古典主義時代の前夜祭や、レイ・ブラッドベリの著作から、真の意味を知る記事にリンクされている。
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登録日:2006年 11月 05日 17:09:00
コメント
actiblog
SAIのところのアクセス、非常に悪いようです。おかしいですね。検索で、SAIの記事がヒットしたのですが、まったくつながらない。アクセス障害じゃないですか。同じ記事のactiblogには、すぐアクセスできるのに。(陰謀?)
検索はグーグルです。また、いくつかリンクされているブログからも、なかなかアクセスできない。
actiblogに問い合わせしたほうがいいよ。
bau @ 2006年 11月 06日 00:37:49
試して見ました。お気に入りからも来れなかったです。違う表示になります。変です。唯一、ここにヒットするのが、Aさんのリンクから。あと、全滅ですよ。actiblog全体がそうならわかるけど、同じ検索で、ヒットして、SAIさんのところが障害で、その下のactiblogの記事にはアクセスできるのって、おかしい。
サーバーが見つかりませんってなるのは、actiblogでSAIさんのサイトだけですよー。たぶん。
kei @ 2006年 11月 06日 01:11:46
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お墓の上を花で埋め尽くしている。 メキシコで毎年10月31、11月1−2日に行
date:2006年 11月 28日 20:34:56
「人は二度死ぬといわれている。一度目は実際に死ぬときであり、2度目は写真が発見され、それが誰であるか知る人が1人もいない時だ」というボルタンスキーの言葉。 僕が一番恐れているのが「MORT」なのだ。それは、まだ壁を越えていないからである。肉親をつれさる「La Mort」が来ないからだ。つまり「The Death」を指す。死者と死神だ。 クリスチャン・ボルタンスキー(作品が見れます)のモニュメントは、嫌でも死と向き合わなければならない。古代エジプト人のように、死者の死後の生に備えるための彫刻であり霊廟をつくるからだ。 たとえば死者の遺品、写真、古着、闇とロウソクと影のモニュメント。生と死をテーマにした彼のキャリアの一つ。こういった彼の独特な概念は、今回の高松宮殿下記念世界文化賞 彫刻部門 の受賞にもいたる。 記憶に新しいのが、夏の終わりにTVで観た、越後妻有アートトリエンナーレ。クリスチャン・ボルタンスキーとジャン・カルマンは、廃校の旧東川小学校に「最後の教室」を製作した。人間の不在がテーマである。 終わった子供時代への葬儀なのか、思い出としての記憶を蘇がえる祭壇か。回転翼で薄暗い灯りが点滅する暗闇の廊下。草いきれの体育館は、ベンチのうえに扇風機がおかれ、光をまわす。鼓動するたびランプも明滅する闇の理科室。軋みもない静寂な音楽室。そして光が宿る棺。 僕は白い布に置かれた透明な棺に宿る光が消えたとき、誰かが消えるかもしれないと考える。次、この棺に入るのは、誰なのだろうかと考える。1と0の狭間のようだ。 「不在」、「存在」にこだわるボルタンスキーだ。 地球上の全員の名前を読み上げたいと思ったことがあるそうだ。休みなく読み上げて約4年。僕には、長すぎるのか短すぎるのかがわからない。 1980年代から死のイメージが濃厚になったのではないか。全作品は知らないが。 1983年の「騎士的なコンポジション」、1931年に存在したユダヤ人高等学校の記念写真を、ナチスの大量虐殺を死者側から再構築する「モニュメント」を製作したのは1985年のことだ。 それから「暗闇のレッスン」、「ろうそく」、「影」、そして1990年には「聖遺物」と続く。「死んだスイス人の資料」には、写真、ビスケット缶、電球、電線など。 1993年のヴェネツッア・ビエンナーレでは、第二次世界大戦勃発直前の記録写真「1938年のヴェネツッア・ビエンナーレ・アーカイヴ」を作品化し、1993-94年にかけて、ケルン市の数箇所、ルートヴィヒ美術館に、行方不明の子供の写真を使用した「この子らは両親を探している」を展示した。これはMORT(死・死者)のモニュメントになるだろう。 1990年代の作品にみられるのは世界大戦、ホロコーストの主題である。今回の高松宮殿下記念世界文化賞受賞者は、数名がユダヤ人のルーツであり、また、ユダヤ人ではなくとも、「暴虐性に軽やかさで対抗する」という社会的理念を持たせている受賞者がいる。 受賞者のスティーブ・ライヒは、米国のユダヤ人であり、マイヤ・プリセツカヤはロシアのユダヤ人である。ドイツ生まれのフライ・オットーが、暴虐性に軽やかさで対抗する理念の持ち主なのだ。リンクのライヒから、ニュルンベルクやホロコーストの記事をあわせて読んでいただきたい。そして日本初の女性受賞者 草間 彌生さんはこちら。 クリスチャン・ボルタンスキーの作品 Christian Boltanski Online
date:2006年 11月 05日 16:14:16
僕の1970年代の読み物のひとつに、レイ・ブラッドベリが挙げられる。中学時代であるが、楓も a-lei にとっても愛読書。楓は「たんぽぽのお酒」を、あるブログで随分連載していたが、生と死がいつも隣であることを強調していた。だが、僕もブラッドベリのテーマは「死はいつも隣」なのだと感じる。 児童向けといわれるハロウィン・ツリーは、マーク・トウェインの十八番である少年、洞窟、冒険という、あの当時の僕らが大好きだったキーワードの断片が、いくつも転がっていた。 そしてハロウィン。仮装、パンプキン・ランタン、お菓子にアップル ボビングと楽しいことだらけで、日本は、いつも商業的にイベントがはじまる。この現代と変わらない、気楽でわくわくする気持ちでいっぱいの、「ハロウィン・ツリー」に登場する少年達も、「ハッピーハロウィン」のノリで、その日を迎える。 そして突然の冒険は、アメリカ イリノイ州から古代エジプト、英国、ローマ、パリ、メキシコと、ハロウィンの夜に一人消えた少年ピプキンを追い続ける。 伝説の闇の生きものたちと怪人マウンドシュラウド。ハロウィーン・ツリーには1000の笑うパンプキン。その数二倍の抉られた目は、睨み、瞬き、ウィンクする。少年たちは箒にうちまたがり、過去の歴史を知ることになる。 古代ケルトのドルイド教のサウィン祭、エジプトの死者、死者の日の骸骨の祭り。ハロウィンの本質を知り、喜びだけではなく、恐れを知る。生と死の重みにだ。 さて、ハロウィンって何? 悪も正もすべてのソウル(魂)が集まる日。 仮装はなんのため? 亡くなった大切な人と触れあうため。 菓子は何のため? 成長の種と糧を渡す意味だ。 パンプキン・ランタンは何のため? 悪霊を祓うためだ。 祭りは何のため? 生を祖先に感謝することだ。 すべては、祖先のもてなしと未来を託す子ども達のためである。 グローバリズムなイベントではないのだ。 原作「The Halloween Tree」、邦訳は晶文社「ハロウィンがやってきた」 by レイ・ブラッドベリ。なぜか僕は、ティム・バートンのナイトメアー・ビフォア・クリスマスが重なる部分があるのだ。(笑)
date:2006年 11月 05日 16:13:00
Halloween AP Photo/Dr. Scott M. Lieberman 引用・要約:Wikipedia その昔ウィルという鍛冶屋の男がいた。口は巧いが、素行は最悪で、死んでから死者の門へ着いたとき、天国へ行くか地獄へ行くかを選定する聖ペテロを騙し、 生き返る。しかし生き返っても彼は、前の通り反
date:2006年 11月 05日 16:11:31
ヨーロッパでは、8世紀前半の教皇グレゴリウス3世がサン・ピエトロ大聖堂の中に使徒とすべての聖人、殉教者のための小聖堂をつくり、その聖堂の祝別の日が11月1日にうつされたことが起源という祝日。 それがハロウィンの翌日である「諸聖人の日 Toussaintトゥサン」(死者の祭り)ですね。全ての聖人と殉教者を記念する日ですよね。フランスの暦は、聖人の名前がつけられており、この記念日は、365日につけられなかった全ての名前が集約されるといいます。 フランスでは、2日の死者の日を 「La Fete des Morts」(Défunts デファンとも)と言うそうですが、この日は、生ある者が死者の魂が天に導かれるよう祈ることで、死者の罪が浄化され、神のいるもとへ辿りつくのを支える日です。家族が眠る墓地に向かい、菊の花などを飾り、祈りを捧げるそう。メキシコ、イタリアのハロウィンから死者の日までの3日間に比べると、実に静かです。 これまでフランスは、ハロウィンのイベントとは無縁でしたが、ファースト・フードとともに、この習慣もひろがり、賛否をよんでいます。生と死を考える機会と考えていると答える国民が賛成派、イベントは悪しき習慣とするのが反対派です。本質を知ることで解決されそうですね。 本来、ケルト人の儀式からはじまったのがハロウィン。 北フランスとイギリスに住んでいたケルト人のケルト暦によると、季節は夏と冬だけ。ケルト人の新年にあたる11月に、儀式や祭礼があり、もっとも重要だったのが、死者が蘇り、生者と死者の間の境界が曖昧になる「死者の日」です。この民族は、しだいに追いやられ、習慣だけが残ったのです。 さて、そのハロウィンに関してはこちら。ここでは、古典主義の時代の伝統的な前夜祭、前夜祭の意味などの記事にリンクされています。 また、イタリアの諸聖人の日の記事では、芸術的な装飾である Cimitero Monumentale (墓廟)から、当時の信仰がうかがえます。 死者の祭り(諸聖人の日)、死者の日はこちら。 メキシコ 死者の日 DIA DE MUERTOS イタリア ハロウィンが終わって 諸聖人の日
date:2006年 11月 05日 15:44:39
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