イプスウィッチ の ジャック・ザ・リッパー

Photo by CD Cover Frank Gutavus - Jack The Ripper /Ripper Records
ロンドンのイーストエンドにある、ホワイトチャペル教区に、ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)によるコールガールの犠牲者が発見されたのは、1888年、8月31日だった。そして150年を経て、この12月に、コールガールの犠牲者が、ロンドンの北東イプスウィッチで、5人確認された。詳細はこちら→(http://www.afpbb.com/article/1172783)
この二つの事件の共通点が、コールガール(売春婦)の連続殺人である。被害者は5人で、「つぎ」がなければ、犠牲者の数も同じである。
ただし、容疑者像と殺し方が相違するようだ。イプスウィッチの容疑者は、ドライバー、セールスマンという労働者階級だ。だが120年前の容疑者は、医者、教授、公爵という階級だった。さらに警官の夜の巡回で、ふたたびその場所を巡回する、たった15分のうちに、猟奇殺人が行われたということだ。イプスウィッチの殺人では、残忍で考えの及ばない猟奇殺人という報道はない。
現代に蘇ったジャック・ザ・リッパーの犯行があったイプスウィッチも、産業革命時は、労働者街である。鉄道が開通され、炭鉱の街であった。多くの移民たちに少数の英国人。いまも人種のるつぼの街だ。19世紀のイーストエンドは、マイ・フェア・レディのイライザや、チャールズ・ディケンズの作品に登場する少年、オリバー・ツイストは、ここの出身である。やはり産業革命で、製紙工場や陶器工場で、過酷な労働条件のもとに、低賃金で老若男女が働いていた時代だった。もちろん、児童も含めて。
19世紀(イーストエンド)のジャック・ザ・リッパーは、当時の巨大な貧民街にあらわれた恐ろしい連続殺人者だった。おりしも100年以上経て、つい11月21日 に モンタージュ写真が公開されたばかり。当時から目撃者はいたのだ。
イーストエンドのジャック・ザ・リッパーは、犯行を事前に、セントラル・ニューズ・エイジェンシー紙(Central News Agency)へ送っている。サインがJack The Ripper。そのイニシャルを屍体に刻みつけ、切り裂き、解剖し、臓器や子宮を持ち帰る。その後、次々に挑戦状や臓器の一部も送り続ける。
過去記事 2004年11月24日、英国紙インデペンデント(Independent)によれば、1888年の切り裂きジャックの多くの容疑者候補の中で木綿職人 ジェームズ・メイベリックに関する記述があった。
当時のもっとも疑わしいとされていた人物
*Montague John Druitt モンタギュー・J・ドゥルイット
31歳。最後の事件の直後にテムズ川で自殺。
*Aaron Kosminski アーロン・コミンスキー
イースト・エンド近郊に住んでいた、コミンスキーは、目撃者の証言で容疑者となるが、証言は撤回された。
*Dr. Thomas Neil Cream 堕胎医.ニール・クリーム
1892年に別件で絞首台にかけられた時、最後に「 "I am Jack..." (私がジャック・ザ・リ・・・)」と言って死んだ。
*James Maybrick ジェームズ・メイベリック
リバプールの木綿職人で、2004年11月24日、英国紙 Independentで、またニュースになる。1990年代に、リバプールの古物商マイケル・バレットらによるメイベリックの日記が公開。つまり犯行を日記で告白しているのだが、捏造とされていた。ところが、彼の金時計なるものがあらわれ、その時計のサインと屍体に刻まれていた筆跡が一致するというが、
結婚届の筆跡と一致はしていない。というものだが、時計のサインは、ふつう、顧客の名前を時計職人が刻むものではないのか?まぁ、いいけど。
*Michael Ostrogマイケル・オストログ
殺人癖のロシア人の医師。帝政ロシアがイギリス警察の混乱を招くため送り込むともいわれているらしい。
*Prince Albert Victor, Duke of Clarence クラレンス公プリンス・アルバート・ビクター (プリンス・エディー) ヴィクトリア女王の孫、次期王位継承者エドワード皇太子の長男
「切り裂きジャックは実在したか」
【引用:キャサリン・エドウズとメアリー・ジェーン・ケリー(←被害者)については遺体の損傷がわかりますが、他の3人については傷ついていない顔が写っているだけで、身体は布や衣服でおおわれています。(←確かにそうだ) (略)この事件に関して、イギリス政府の対応にはおかしな点があります。(略)】
メアリー・ジェーン・ケリーとされる最後の犠牲者を、英国国教会ではなく、カトリック信者のパリ伯爵の娘エレーヌ・ド・オルレアン(Helene de Orleans ?)ではないか。それもプリンス・エディーが結婚を望んだらしい。この女性を亡きものにするために、イギリス政府が作り上げた架空の殺人事件という・・・。ありえますね。
そのほかの容疑者たち
*ビクトリア女王の御典医 Sir John Williams サー・ウィリアム・ガル (1816-1890)
*サー・ウィリアム・ガルの御者 ジョン・ネトリー (1870頃-1904)
*詩人 *Francis Thompson フランシス・トンプソン (1859-1907)
*数学者 チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン (ルイス・キャロル 1832-1898)
*画家 Walter Richard Sickert ウォルター・リチャード・シッカート (1860-1942)→XAIから読んでください。
「切り裂きジャックの寝室」(1908) 製作
*Joseph Carey Merrick ジョゼフ・ケアリー・メリック (エレファントマン 1862-1890)
僕とおなじ中年世代の方々なら、多感な時期に「エレファント・マン」をシアターで観たのではないだろうか。極度の奇形と皮膚の異常で、「エレファント・マン」とよばれ、継母に追い出され、見世物小屋に拾われ、その後に医師サー・フレデリック・トリーヴスに保護され、純真な人格が愛されていく。僕達のように、仰向けで就寝することはできなかったが、1890年、4月11日 27歳で亡くなる。たしか映画のシーンで、彼は、「仰向けで就寝すること」は、彼にとって、永遠の眠りになる。それを知りながら、仰向けで眠ることを決意した・・・という記憶がある。彼をジャック・ザ・リッパーの容疑者に加えたなど、どんでもないことだ。(Joseph Merrick tribute site)
これ以降は、19世紀ロンドン、19世紀写真、ジャック・ザ・リッパーなどの参考サイトおよび被害者データ、イーストエンド ジャック・ザ・リッパーの猟奇殺人についてなど。(また、女性でも読みやすいように、残忍な箇所は白のテキストで入力しています。)ちなみに、僕はリパロロジー(ジャック・ザ・リッパー研究者)でも、リパロロジストでもない。
Child Labour19世紀の児童労働者
Jack the Ripper 切り裂きジャック(英)女性がみても大丈夫。
The Enduring Mystery of Jack the Ripper(Police uk)(英)女性がみても大丈夫。
被害者
確実にイーストエンドのジャック・ザ・リッパーの犯行とされているのは太字の犠牲者。
Date
Victim
Circumstances
Tuesday 3 April 1888
Emma Elizabeth Smith
Assaulted and robbed in Osborn Street, Whitechapel.
Tuesday 7 August 1888
Martha Tabram
George Yard Buildings,
George Yard, Whitechapel.
Friday 31 August 1888
Mary Ann Nichols メアリー (ポリー)・アン・ニコルズ 43歳
Buck's Row, Whitechapel, バックス・ロウ通り
Saturday 8 September 1888
Annie Chapman アニー・チャップマン (通称ダーク・アニー)、45歳
Rear Yard at 29 Hanbury Street, ハンベリー・ストリート
Spitalfields.
Sunday 30 September 1888
Elizabeth Stride エリザベス・ストライド (通称ロング・リズ)、45歳
Yard at side of 40 Berner Street, バーナー・ストリート 死体を解剖していない
St Georges-in-the- East.
Sunday 30 September 1888
Catherine Eddowes キャサリン・エドウズ (別名ケート・ケリー)、46歳
Mitre Square, Aldgate, City of London. グールストン・ストリート
このときにジャック・ザ・リッパーの落書きが発見されている。
"The Juwes are not The men That Will be Blamed for nothing."
「ユダヤ人は理由もなく責められる人たちなのではない」
また、キャサリン・エドウズは、顔を非常に切り裂かれている。【鼻も皮膚も削ぎ落とされたという感じである。】
Friday 9 November 1888
Mary Jane Kelly メアリー・ジェーン (マリー・ジャネット)・ケリー、25歳
13 Miller's Court,
26 Dorset Street Spitalfields. 下宿屋ミラーズ・コートの自室
いちばん残忍な死体で発見された。ただ一人、自室での殺害。
【テーブルには外性器を含む腹部と大腿の皮膚 。腹腔内は空である。顔は切り刻まれ、頸部は皮1枚でつながれていた状態。心臓は取り出されている。子宮、腎臓と片方の乳房は頭の下、もう片方の乳房は右足、肝臓は足の間、胃腸と脾臓は体の左右に放置。】
切り裂きジャック(日本語) 白のテキストの部分の検証写真があります。メアリー・ジェーン ・ケリーの殺害検証写真、キャサリン・エドウズの殺害検証写真が、掲載されています。当時の社会的な背景を示唆する写真がほとんどで、大飢饉と殺戮に関する記事を、社会的な視点で書かれています。信頼性が高いと思います。安心してみることができますが、殺害写真に関しては、個人差があるので、見る見ないはご自身で判断されてください。
Thursday 20 December 1888
Rose Mylett
Clarke's Yard,
High Street. Poplar.
Wednesday 17 July 1889
Alice McKenzie
Castle Alley,
Whitechapel.
Tuesday 10 September 1889
Unknown female torso
Found under railway arch in Pinchin Street, Whitechapel,
Friday 13 February 1891
Frances Coles
Under railway arch, Swallow Gardens, Whitechapel.
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登録日:2006年 12月 14日 18:02:54
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date:2006年 12月 14日 20:21:51
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