モーリス・ドニ 集団肖像画 「セザンヌ礼賛」

画像

以前の記事で、オルセー美術館所蔵に、 フレデリック・バジールの「バジールのアトリエ、ラ・コンダミヌ通り」を紹介した。バジールと交流のある画家 アンリ・ファンタン=ラトゥールは、芸術家たちの集団肖像画を描いている。あのマネを囲んだり、ドラクロワ礼賛の作品だ。

このファンタン=ラトゥールの集団肖像画は、芸術家達を四つのグループにわけて作品化し、オルセー美術館展覧会での「バティニョールのアトリエ」は、スケッチを含めて2枚ある。

さて、モーリス・ドニも、マネに芸術的闘争心を抱いた、画家ポール・セザンヌを賛美した「セザンヌ礼賛」を描いている。この画像の作品である。ファンタン=ラトゥールは、威厳のある描き方だが、ドニの「セザンヌ礼賛」は、洗練されている。作風だけではなく、意図である。

セザンヌは長い間認められなかった。ドニは、その皮肉を込めたのか、セザンヌの作品ではなく、皆が左のルドンに注目している。だが、そのルドンも、なかなか「権威」からは認められなかったのだ。

ドニのこの作品には、比喩が込められているようだ。

囲む作品は、ゴーギャンからアンドレ・ジッドに所有がうつったもので、その絵を左側のオディロン・ルドン ①と、ルドンに集う若い芸術家たちが描かれている。

シルクハットの紳士の隣でイーゼルの後ろに立つのが画商アンブロワーズ・ヴォラール ②。作品のすぐ右横にポール・セリュジエ ③、静物画の右上がドニ ④。右から2番目にピエール・ボナール ⑤。そしてエドゥアール・ヴュイヤール ⑥

他にはルドンの伝記を書いた作家のアンドレ・メルリオ ⑦、そしてケル=クサヴィエ・ルーセル ⑧がいるが、どの顔だかはわからない。シルクハットがどちらかと思われる。

そして一人の女性がいるが、ドニの妻のマルト ⑨。右のルドン→ヴュイヤール→メルリオ(シルクハット?)→ヴォラール→ドニ→セリジュ→ランソン→ルーセル→ボナール→マダム・ドニ となる。

この作品で、ルドンを賛美するナビ派の若い画家たちは、ゴーギャンの取り巻きもいたという。

それで、セザンヌ礼賛に描かれているセザンヌの作品は、1879~1882年に制作された「果物鉢と果物皿」(ニイ・カルルスベルク美術館所蔵)ではないかと思われるのだが。

追記:シルクハットは、メルリオ。

追記
さて、「囲む作品は、ゴーギャンからアンドレ・ジッドに所有がうつったもので---」のヌン中に、1890年にナビ派の一員となったポール・ランソン ⑩が抜けていた。全部で10人揃ったよね。それで、シルクハットの人物がメルリオか、文中で抜けていたランソンかどうかと迷っていましたが、はっきりしました。

セザンヌ礼賛に描かれているセザンヌの作品は、1879~1882年に制作された「果物鉢と果物皿」(ニイ・カルルスベルク美術館所蔵)ではないかと思われるのだが。



追記
セザンヌ礼賛に描かれているセザンヌの作品は、1879~1882年に制作された「果物鉢と果物皿」(ニイ・カルルスベルク美術館所蔵)ではないかと思われるのだが。だが、ほかの作品らしい

追記の追記
ほかの作品でした。モーリス・ドニのデッサンで、セザンヌの「果物鉢のある静物」があった。ドニの1914年の作品。

ということは、この「セザンヌ礼賛」に描かれているのは、個人所蔵の「果物鉢のある静物」(画像サンキュ!)となる。背景の、この「壁紙」は、セザンヌの作品の何点かにも描かれている。


モーリス・ドニ 関連記事
「XAI」の記事から作品記事にリンクしています。

*天国
*ピエタ
*バッカス祭
*セザンヌ礼賛
*エマオの晩餐
*受胎告知/壁画
*庭園を行く少女たち
*塔の花嫁 ペレアスとメリザンドから
*アムール表紙/木の葉の階段
*無題 水彩リトグラフ/春景色
*アモール 12色石版画/木の葉の階段
*永遠なる春/六月の春/寒入りのフィエーゾレの景色
*ゴーギャンの黄色いキリスト ドニの黄色いキリスト
*ドニ ポートレート/アムール リトグラフ/ 他リトグラフ
*モーリス・ドニ クピドとプシュケの物語 七つの作品
*習作 春の森/"Trestrignel"海岸の浜辺/緑の木/オルフェスとエウリュディケ(エウリディーチェ)
*ピロウとシンボルウス/デペシュトワ - トゥールーズ/エンジェル/マダム・ランソンと猫/春の森林/イースター・ミステリー

ちなみに、セザンヌの作品はこちら。
四季図
ロココの花瓶
草上の昼食/田園牧歌
モデルヌ・オランピア/モダンヌ・オランピア


モーリス・ドニ 主な作品(MOMAC 1981年 モーリス・ドニ展より)

油彩絵画作品
自画像 1889 /ヴァレ師の肖像 1889 / ゴルゴダへの道 1889
カトリックの玄義 1890 /ミサ 1890 /テラスの木洩れ陽 /孤児たち 1891
十月の宵 1891 / ピアノの前のマルト(マレーヌ姫のメヌエット) 1891
ランプの下の姉妹 1891 /行列(白い花を持つ少女たち) 1891
ブルターニュの踊り 1891 /ペロス=ギレックのレガッタ 1892
長い肩掛をまとったブルターニュの婦人 1892 /黄昏の裸婦 1892
アンドレ・ジッドの肖像 1892 /南ブルターニュの入江 1892
天使の如き乙女たち 1892 /赤土(署名) 1892 /屋根直し 1892
眠る乙女 1892 /樹下の行列 1892 /四月 1892
食器棚の前のマルト-聖マルタ 1893 / 緑の樹のある風景 1893
マルトとドニの結婚 1893 /復活祭の朝 1893
天使と闘うヤコブ 1893 / 籠をもつ子供の肖像 1893
董の花束のある裸婦 1894 / 白い董をつけたマルト 1894
御小姓風の娘 1894 /夕べ 1894 /十字架上のイエスの聖心 1894
キリストの墓を訪う女たち 1894 / ノリ・メ・タンゲレ(ステンドグラスの構想) 1895
母と子 1895 /雪の畑 1895 /果樹園 1895 /マルトとドニの肖像
庭にて 1896 / ノエルの歩き始め 1897 /戸口に立つ子供 1897
旗を立てた行列 1897 / ヴィンチリアータの善きサマリア人 1898
収穫 1898 /産湯 1899 /ノエルとサクランボ 1899 /湯浴みする子供たち 1899
子供の身づくろい 1899 / プールデュの浴女たち 1899
ベルナデットと母 1900 /階段にて 1900 油彩 / セザヌ礼讃 1900
ヴェランダ、マレイユ街 1901 / 家族の肖像 1902 / 仮縫 1903
ドガとモデル 1904 / 東方三博士の礼拝 1904 / 屏風:鳩のいる庭 1904
踊る女たち 1905 / ペロス=ギレックの港 1906 /セザンヌ訪問 1906
董色の部屋での誕生 1906 /5 董色の部屋(董色の部屋の訪問客) 1907
フィエーゾレのマドレーヌ 1907 /エロスに運ばれるプシュケ 1909
砂浜 1910 / ヴァイオリンの稽古 1912 /楽園 1912
前掛をつけた子供 1912 /トンケデックのテラス 1913 /ラ・クラルテの聖堂 1917
若い母 1919 / 行列 1919 / 水浴 1920 / 字を書く子供 1920
エル・ケーテルの墓地 1921 /コンスタンティーヌ、アルジェリア 1921
シエナの聖カテリーナ 1921 / 母と子 1923
「羚羊号」上のドミニク 1923 /川面に映える陽の光 1931
フランス古典主義文化(リセ・クロード・ベルナールの装飾のための習作) 1937
諸科学(リセ・クロード・ベルナールの装飾のための習作) 1937

素描・水彩作品
脆く若い男 1888 / 梨のある静物 1888
聖歌隊の子供(「カトリックの玄義」のための習作) 1889
ドニの母の肖像 1889 /アイロンをかける女 1889
子供の髪を結う女 1889 /聖なる会話 1890
象徴主義的な接吻 1980 /陶器に絵付けをするマルト 1891
婚約の扇(マルトの扇) 1891/リラの花と若い女(マルトの扇) 1892
ブルターニュの子供のいる養鶏場 1892 /娘たち(壁紙のための意匠) 1893
黄色い船(壁紙のための意匠) 1893 /雌牛のいる風景 1894
船(ステンドグラスのための構想) 1894
小川のほとりの女たち(ステンドグラスのための構想) 1894
入浴する娘 1895 /自画像 1896 /後向きの裸婦 1897
マルトの肖像 1898 /アレゴリー 1899
神聖な森(「羽根つき」のための習作) 1899
ヴュイヤールの肖像 1899 /天使と香炉を持つ子供
(ヴェジネのコレージュ・サント・クロワの礼拝堂壁画のための習作) 1899
天使と花びらを撒く子供
(ヴェジネのコレージュ・サント・クロワの礼拝堂壁画のための習作) 1899
ベルナデッド(生後五カ月) 1899 /ベルナデッド(生後七カ月) 1899
アンドレ・メルリオ(「セザンヌは礼讃」のための習作) 1900
ポール・ランソン(「セザンヌ礼讃」のための習作) 1900
アンブロワーズ・ヴォラール(「セザンヌ礼讃」のための習作) 1900
ドニとポール・セリュジエ(「セザンヌ礼讃」のための習作) 1900
ピエール・ボナールとマルト・ドニ(「セザンヌ礼讃」のための習作) 1900
エドゥアール・ヴュイヤール(「セザンヌ礼讃」のための習作) 1900
ケル=グザヴィエ・ルーセル(「セザンヌ礼讃」のための習作) 1900
オディロン・ルドン(「セザンヌ礼讃」のための習作) 1900
自画像(「幼な子を我がもとに来させよ」のための習作) 1900
ベルナデットと母 1901/十字架降下 1901
預言者イザヤ(ドガの肖像) 1901 /マイヨールの肖像 1902
裸の子供 1902 /聖トマス(セリュジエの肖像) 1903
聖マタイ(ルドンの肖像) 1903 /墓に運ばれるキリスト 1903
二人の女優 1907 /祭服の女(「フィエーゾレの受胎告知」のための習作) 1907
三つの顔(「フィレンツェの宵」のための習作) 1910
音楽劇(シャンゼリゼ劇場天井画のための習作) 1912
第九交響曲(シャンゼリゼ劇場天井画のための習作) 1912
後向きの裸婦(シャンゼリゼ劇場天井画のための習作) 1912
裸の女たち(シャンゼリゼ劇場天井画のための習作) 1912
ギリシャの立像 1912 /女性像習作(「エロア」のための習作) 1917
女性像習作(「エロア」のための習作) 1917 /ある日本人の肖像 1920
聖ジャンヌ・ド・シャンタル(サン・ボール聖堂ステンドグラスのための習作) 1923
婦人の肖像 /グリマルディの泉 1920

版画作品
ブルターニュの洗濯女 1890/ブェルレーヌ「叡智」のための挿絵 1890
ヴェルレーヌ「叡智」のための挿絵 1890/ヴェルレーヌ「叡智」のための挿絵 1890
選ばれし乙女(楽譜表紙) 1892/海から来た女(プログラム表紙) 1892
ばら色の船の壁紙 1893 /ペレアスとメリザンド(プログラム表紙) 1893
慈しみ 1893 /叡智(楽譜表紙) 1893 /御訪問 1894
あらわれ(楽譜表紙) 1894/誕生通知状 1895
「ウーヴル座」のプログラム 1895 /水差しを持つ若い女 1895
化粧する娘 1895 /エマオの巡礼者 1895
ノエル・ドニの誕生通知状 1896 /甘き幻影(楽譜表紙) 1896
湖畔の浴女 1896 /泉に映る影 1897
愛:物腰は寛ぎながら、慎み深く 1899
愛:朝の花束、涙 1899
愛:それは宗教的神秘であった 1899
愛:騎士は十字軍で死なず 1899
愛:彼女は夢よりも美しかった 1899
愛:淡い銀色のソファーで 1899
幼い兄と妹の演奏会(楽譜表紙) 1903 /初聖体拝領 1913
フランシス・トンプソン「詩集」のための挿絵 1939

挿画
アンドレ・ジッド「ユリアンの旅」 1893年出版 リトグラフ
ダンテ・アリギエリ「新生」 1907年出版 アンリ・コッシャン訳 ベルトラン兄弟による木版
ポール・ヴェルーヌ「叡智」 1899-90 1911年出版 ジャック・ベルトランによる木版
アルフレッド・ド・ヴィニー「エロア」 1917年出版 ジャック・ベルトランによる木版
モーリス・バレス「ヴェネツィアの死」 1930年出版 ベルトラン兄弟による木版
フランシス・ジャム「我が娘ベルナデッド」 1931年出版 ジャック・ベルトランによる木版
アンドレ・シュアレス「黄昏の海」 1933年出版 ベルトラン兄弟による木版

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登録日:2007年 02月 23日 00:53:59

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マネのオマージュ セザンヌ 草上の昼食

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date:2007年 02月 23日 00:54:27

アンリ・ファンタン・ラトゥール

ここにランボーがいる。アンリ・ファンタン=ラトゥールが描いた、テーブルの一角に。 呪われた詩人 ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボーは、隣に座る詩人ヴェルレーヌに才能を見出されたが、1872年に、ヴェルレーヌは拳銃をランボーに向ける。未遂ですんだものの、美少年に狂ったヴェルレーヌ。 この作品は、左からポール・ヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine) (1844-96) とアルチュール・ランボオ(Jean Arthur Rimbaud)が描かれ、L・ヴァラード( L. Valade)、E・デルヴィリィ(E. d’Hervilly)、C・ペルタン( C. Pelletan) に、後列には、P・エルゼアル・ボニエ(P , E. Bonnier)、E・ブレモン(E. Blémont)、J・エカール(J. Aicart)が並ぶ。 「テーブルの一角 Coin de table'」1872年Musée d'Orsay, Paris, France アンリ・ファンタン=ラトゥールに興味が沸いたのは、なにも、「オルセー美術館」展なんかじゃない。ファンタン・ラトゥールの集団肖像画は、マネとファンタン=ラトゥールをめぐる交友関係が多い。「Coin de table テーブルの一角」は、マネが描かれていない。パリの文壇の面々とこの二人。しかも、発砲事件があった1872年の作品。 二人の目線は、どこを見ているのだろうか。愛したものとの別れをクローズアップしているのか。それとも確執か? アンリ・ファンタン=ラトゥールが描いたバティニョールのカフェ「ゲルボワ」に集まる芸術家たち。アンリ・ファンタン=ラトゥールの世代を代表する、文学、音楽、絵画の芸術家達を四つのグループにわけて作品化している。1885年の「ピアノのまわりで」が、四つの作品の最後。その数年前の1870年に、マネを中心に描いているのが「バティニョールのアトリエ」という作品だ。 これが、アンリ・ファンタン=ラトゥールの芸術家達を四つのグループにわけて作品化した最後の作品。 「ピアノを囲んで」 1885年 筆を握るマネ。マネの筆の行方をみる、一番右端にいるクロード・モネ。左には、知恵と工芸を司る女神ミネルヴァの像がある。ここにいる詩人や芸術家集団を、フランスの叡智の象徴として、賛美をしているか。実は、ファンタン・ラトゥールの「バティニョールのアトリエ」は、2枚描かれている・・・が、1枚はエチュード(習作)と思われたが、実はスケッチ。「バティニョールのアトリエ / スケッチ」というタイトルだ。 「バティニョールのアトリエ / スケッチ」※ここには10人が描かれていた。これは後日に。↓そしてこうなった。 Un atelier aux Batignolles 1870 バティニョールのアトリエMusée d'Orsay, Paris, France さて、もっとも僕が注目したのは、椅子に座る批評家のアストリュックがいることだ。 1863年に描かれたマネの「草上の昼食」は、当時の社会的な物議をよんだ作品。この頃は、「ヌード」は非常識であったからだ。その「草上の朝食」がサロンに出品されたときに、アストリュックは、「私は彼がこのサロンで入選するとは思われない。−(略)− しかし、彼の作品は、サロンでもっとも輝き、インスピレーションを与え、力強さをかもしだし、驚きを与える。」と評した。その批評家がいる。 さらにドイツの画家 ショルダーや、バジール、そのバジールがよく描いた友人のエドモンド・メートルなども、ゾラやルノワール とともにいる。(画像にカーソルを合わせると、順に紹介しています。) さて、はたしてマネを讃え慕う芸術家を描いたのだろうか。パリの文壇の面々が描かれた集団肖像画「テーブルの一角 Coin de table'」にあるように、ここにも別れを描いているのではないか。 1870年、普仏戦争に出兵したフレデリック・バジール(1841-1870)の戦死。 芸術家の集団肖像画はモーリス・ドニも描いている。マネの芸術的競争者であるセザンヌの賛美の作品「セザンヌ礼賛」(オルセー美術館所蔵)だ。→Die Verwandlung バジールも、アトリエの集団肖像画を描いている。「バジールのアトリエ、ラ・コンダミヌ通り」だ。そのほかに「フュルスタンベール通りのアトリエ」、「ヴィスコンティ通りのアトリエ」という作品を紹介している記事がある。→Die Verwandlung また、「バジールのアトリエ、ラ・コンダミヌ通り」で、作品の中で、バジーレが自作を披露している作品と、アトリエ内に掛かっているバジーレの作品を、画像とリンクで紹介している記事がある。→Life Carrer Counseling ルノワールとバジーレが描きあった肖像画の記事がある。→Magnum masse この作品が、バジールの戦死のあとか先かで、僕の推理が狂っていく。だが、その戦争に徴兵されたルノワールのうつむいたような描き方に、その死を嘆いているようでもある。それとも、僕の知らない二分する別れや確執が、まだ隠されているのか。あるいは賞賛のみなのか。 さて、この製作当時は確執のなかったゾラとルノワールである。1894年のドレフュス事件では、ルノワールはゾラを支持しなかった。ドレフュスの事件については、ココでは述べないが、aleiくんの「ゾラのセレクト」という記事の後半に、この件の概要を述べている。そちらを参考に。つまり、ゾラを支持するドレフュス派ではなく、ドガやロダンの反ドレフュス派を支持していたというわけだ。 「ドラクロワへのオマージュ(ドラクロワ礼讃)」(1864年)Musée d'Orsay, Paris, France この年は、モネ、ルノワール、バジールはまだいない。 偉大な芸術家 ドラクロワ(1798 - 1863)の肖像を囲むのは、白のシャツは彼自身と、ドラクロワに似たホイッスラー、肖像画、そしてドラクロワ賛美の美術評論の著者でもあるボードレールが正面の椅子、そしてマネだろうか。一番左にエミール・ゾラ似がいる。その手前に座っているような人物は、ザカリー・アストリュック似。あとは、よくわからないが、ホイッスラーとアルフォンス ルグロ とともに、1858年に「三人会 Société des Trois」を結成しているから、アルフォンス・ルグロもいるかもしれない。1862年には、このメンバーとマネ達で「腐蝕銅版画家協会 Societe des Aquafortistes」を結合しているから、版画家のフェリクス・ブラックモン(1833-1914)、刷り師のオーギュスト・ドゥラートル(ドラートル)なども想像できる。 そう、ここに「腐蝕銅版画家協会」が、なんらかの形で描き込まれていなければ、僕の人間模様の推理は崩れる。 なんといっても、「腐蝕銅版画家協会」のブラックモン。ボードレールは、「悪の華」の挿絵で、ブラックモンを推挙されたが、フェリシヤン・ロップスに依頼し、それ以来、縒りをもどすことがない。1862年のころである。こじつけかな。 いやいや、ルグロもブラックモンもいる。どこにいるのかがわからない。(苦笑) そして、写実主義文学のデュランティ(右奥のどちらか Duranty, Louis-Edmond)、シャンフルーリ(微妙にわからない Champfleury, Jules)がいる。(彼らはボードレールとともに、批判が激しい画家 ギュスターヴ・クールベの擁護であったが、この1864年頃に、クールベと決定的な疎遠になっている。) ギュスターヴ・クールベ 画家のアトリエアンリ・ファンタン・ラトゥールが描く、集団肖像画には、ひそやかな人間関係が眠っているような気がする。これは、まったくの僕の鑑賞であり、専門家や専門書からではないので、推理が中りか外れかのいずれである。それにしても、男性ばかり。ベルト・モリゾがいないね。男尊女卑?(笑) 花の画家ともいわれるアンリ・ファンタン=ラトゥール 作品「花瓶の芍薬」1902年 薔薇 の作品は、Noblesse Oblige の記事から。 菫の作品は、アンリ・ファンタン=ラトゥール 菫 の記事。

date:2007年 02月 23日 00:50:45