Old News 5300年前の男 エッツィー
ウェット・ミイラのアイスマンは、1991年にアルプスで見つかった。
彼の名はエッツィー。
昨年末、2ヶ月前の出来事が報道された。
「エッツィの呪いで7人死んだ。」
事実は、こうである。
「エッツィの呪いで7人消えた。そして彼のデータも消えた。」
【ローマ30日共同】
イタリア紙レプブリカによると、同国北部の山中で1991年に見つかった約5300年前の男性のミイラをめぐって、研究者ら関係者計7人が交通事故や病気で次々と亡くなり「イタリア版ミイラののろいか」と話題になっている。ミイラはアルプスの氷河から見つかり「エッツィ」と名付けられた。亡くなったのは、ミイラを触った病理学者や、病理学者のガイド、発掘の様子を撮影した記者、ミイラの発見者ら。一番最近では今年10月、オーストラリアの学者が血液病で死亡、ミイラのDNA鑑定を本にまとめていた最中だった。ミイラののろいで有名なのは古代エジプトのツタンカーメン王で、1922年に発掘された王墓の発掘関係者が次々に死亡したとのうわさが広まり「ファラオののろい」として恐れられたことがある。
(共同通信) - 12月30日23時49分更新
それでデータはどうなったのか。
14年前に現れた、5300年前のその男のデータは・・・。
アイスマンの呪いで死んだとされる5人目の歴史家、Konrad Spindler:コンラート・シュピンドラーは、エッツィのミトコンドリアDNAタイプから、子種がなかったかもしれないと予測され、「outcast:仲間でなし」と主張していたそうだ。
2001年にエッツィは他殺とされ、翌年は人身御供だったと報道され、2003年には戦いの刀傷で死んだとされ、その年の夏では矢が当たって死んでいたと変化している。
「アイスマン」発見から14年である。
それで、データはどうなったの。
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登録日:2006年 04月 20日 22:15:38
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Old News 5300年前の男 エッツィー→セミョーノフ『人類社会の形成』
1991年にアルプスで見つかった男[http://www.actiblog.com/renaissance/5302:title=エッツィー]の呪いから4ヶ月経過。 その5300年前のエッツィーから原始人へさかのぼる。 エンゲルスは、無規律性交から、血族婚:親子間の婚姻禁止、そしてプナルア婚:きょうだい間の婚姻禁止、さらに氏族婚:女系の一族間での婚姻禁止という発展を描いたが、セミョーノフによってこのあと、「プナルア婚」と「血族婚」が歴史上存在しないことが証明されたという。 血族婚って歴史上存在しないのか ...
date:2006年 04月 20日 22:34:50
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