カテゴリー [月と四季の歳時文化暦]
月と四季の歳時文化暦 旧暦 弥生 三月二十二日
<旧暦(陰暦)>弥生 三月二十二日
弥生:木草弥生(きくさいやお)い茂る月、草木が生い茂るキクサイヤオイが詰まってヤヨイと呼ばれるようになったようです。
<月名>二十二日月
<西暦>2008年4月27日(日)
<国民の祝日>-
<季節>春 晩春(4月4日~5月4日)
<二十四節季>穀雨(4月20日~5月4日)
穀雨:百穀潤す春雨といわれ、田畑を潤し種まきにいい季節です。
<七十二候>(4月20日~4月24日)
大衍歴・宣明歴:鳴鳩払其羽【めいきゅうそのはねをはらう】(鳴鳩が羽を払いのける候)
*鳴鳩[いかる、はんきゅう、鳩または郭公のことなど]
宝暦暦・寛政暦:霜止出苗【しもやみて、なえいずる】(霜が終わり、苗が生長する候)
<暮らしの七十二候>花は咲き 緑なれども 春寒し
<暮らしの行事歳時>
*(事前案内)京都市左京区、京都大総合博物館:「地質学の面白さ知って 京大で10日にイベント 180年前の図も公開」5月10日の「地質の日」にイベントが開かれます。石、化石、地質などから地球の歴史が見えてきます。
2008/04/26 13:52 【京都新聞】http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008042600066&genre=G1&area=K00
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登録日:2008年 04月 27日 06:00:00
「月と四季の歳時文化暦「」 内容と文献について
日本の古来より生活の中には陰暦が使われ、月の満ち欠けが暮らしの中に溶け込んでいました。現在でも東南アジアの国のなかでは陰暦が中心になっているところが多くあります。また、四季・二十四節季・七十二候も中国からの影響で、太陰暦と太陽暦から組み立てられた太陰太陽暦としては重要な役割を果たしていました。なかでも、七十二候は自然・花鳥風月を短い漢字のことばにした表現になっています。
日本では明治の初めまでは旧暦(陰暦)が使われていましたが、1872(明治5)年12月3日から太陽暦に改暦され、明治6年1月1日が新暦の正月になりました。
月と四季の歳時文化暦のきっかけは30数年前、「すてきな暮らしをつくる本」(井上優著、ダイヤモンド社)から、暮らしのなかに季節感を述べられていたことをヒントによるものです。最近は、陰暦・旧暦や二十四節季・七十二候の暦も発行されるようになり、暮らしのなかにすこしづつ受け入れられているようです。
*表記について
<陰暦・旧暦>の表示は漢数字にて
<西暦>の表示は算用数字にて
<大衍歴・宣明歴(七十二候)>
・七十二候は中国の春秋時代(紀元前770年頃)に源流があるといわれています。
・日本で大衍歴・宣明歴は862年から1684年まで使用されていたものです。
<宝暦暦・寛政暦(七十二候)>
・宣明歴以降も修正され、江戸期1755年から1843年まで使われていました。
<暮らしの七十二候>
・現代の暮らしの中から、四季・自然・気象・生物・植物などから記します。
・各地域にもそれぞれの七十二候があります。
<自然四季><伝統行事歳時><歴史遺産><工芸><伝統芸能><暮らしの行事歳時><古><フォト>などに分類して新着情報とします。データを後付で補足することもありますので、報道記事紹介の月日があわない場合もあります。
*主な参考文献
・「現在こよみ読み解き事典」(編集者:岡田芳朗、阿久根末忠 発行所:柏書房)
・「四季の博物誌」(編者:荒垣秀雄 発行所:朝日新聞社)
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登録日:2008年 02月 06日 06:00:00
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