発展繁栄の教育を

長女が、宿題で教科書の音読をしていた。
その文章の内容は、
科学技術と文明の発展によって環境が破壊され、
地球が汚染されている、といった内容である。

確かにその通りだ。
原始時代のまま、
あるいは、縄文時代のままで、狩猟採集だけしていれば、
耕地の拡大のために森林を破壊することもなかっただろう。
大量の二酸化炭素を排出することもなければ、
大気汚染、水質汚濁なども、発生するはずもない。
確かに、文明と技術の発展には、
環境破壊という、負の遺産は付きまとう。
ある意味で、確かに正論だ。

しかしその正論、
娘が読み進むに連れて、コチラはなにやら落ち込んでくる。

文明の発展、さらには人類の存在自体を、
あまりにもネガティブに捉えているように思えて仕方が無い。
自分自身の存在すら、地球にとっては悪だと思ってしまう。

この人類、文明、科学技術に対するネガティブさ。
科学文明の高度な発展の、
そのカウンターウェイトとしては確かに成立する議論だが、
この「環境」サイドからの視点だけを、
子供たちに与えることは、一体いかがなものだろうか。

私が住んでいる関東平野も、
鎌倉武士の先祖が開墾するまでは、
一面の森林や草原であったに違いない。

父祖たちが営々と築き上げてきた結果として、
多くの人々の生活空間としての首都圏が、
今存在しているのだ。
我々が、高度に文化的な生活を送れるのは、
この開発行為があったればこそだ。

その発展繁栄が全く無意味で、
この首都圏が、古代の武蔵野のまま、
無人の野であった方がいいなどというはずはない。

環境教育も結構、
自然との共存は至上命題だ。
しかし同時に、発展繁栄の教育も、
子供たちには必要だと思うのだ。

開発至上主義も極端な考えだし、
環境至上主義もまた原理主義的である。

仏教でも教えるではないか。
何事も中道が肝心だと。

中道とは、断じて「てきとう」の勧めではない。
(”ひろさちや”はそう言っているが)
極端を断固として排した、中なる黄金の道だ。

中道の精神に立ってこそ、永続的な発展の道が開かれる。
「中道からの発展」
この精神をこそ、子供たちに伝えてもらいたいものだ。

コメント[0], トラックバック[0]
登録日:2006年 07月 12日 07:17:09

コメントを追加

Trackback

この記事に対するトラックバックURL:

カレンダー
< 2006年 07月 >






1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31




プロフィール
隊長
隊長
(男)
1959年07月13日
飯田商会ホームページ
メルマガ「自動車整備の本当の話」
「仕事だから」という言い訳しながら、悪いことしてる人は
古今東西後を絶ちません。
色々な投機話や健康グッズ、百鬼夜行の如くに
欲にまみれた妖怪のオンパレードです。
それは自動車業界でも同じです。
しかし、市場経済至上主義とは、儲かれば何をしてもいいことではないと
私は思ってます。
仕事とは、それを通じて社会に奉仕すること。
自らの発展の過程において、社会全体の幸福にも寄与できること。
当社は大発展を目指しつつ、それが社会全体の幸福に繋がるべく
努力して参ります。

飯田 剛
最近のトラックバック
[12/30] うはひゃひゃあぁwww
お気に入りリンク
検索