陸軍特攻隊の続き

この映画に抱く違和感は、一語で記すなら「免罪符」であろうか。

特攻の英霊たちに感謝と哀悼をささげ、
その(たぶんまだ迷える)魂たちに回向して救済することは、
当然のこと大事であり、重大な意味を含むものである。
その意味において、この映画が忘れられた彼らの存在を思い出させることに、
この映画に大いなる意義を見出すことができることは間違いない。

ただ問題なのは、同時にこの映画が、
「特攻を命じた側」への免罪符としての表現に満ち満ちていることだろう。
しかもそれが素人には分かりずらいように、
巧妙に誘導されていることに、違和感というよりは憤りを感じるほどなのである。

それが特に象徴的なのは、特攻の最初と最後に出てくる、大西瀧次郎中将の描写である。
大西中将は、たしかに「特攻の父」とも称せられている。
直接には彼が命じて特攻は始まり、
彼の自決でその幕は降ろされた形になっている。
(その部分にウソがあることは、次回に詳説したい)
特攻を全体的に見れば、たしかにそう言えないこともない。

だが、この映画は陸軍を描いているのだ。
それなのに、不自然きわまりなくも、
海軍の将官を意図的に取り上げているのだ。
そこには、ある種の政治的意図、
あるいは、巧妙な誘導の痕跡を見出すことが可能なのだ。

直接に知覧の彼らを指揮していたのは、
第五航空軍であり、
その軍司令官は、陸軍中将 菅原道大であった。
その五航軍の下には、飛行師団があり、
その下部に飛行団がある。
あの映画で出てきた責任者は、その飛行団の長だ。
飛行団には部員はいるが参謀はいない。
だから映画で出てきた参謀たちは、
飛行師団か航空軍の参謀なのは間違いない。

陸軍の特攻のメッカとも言うべき知覧には、
菅原中将も頻繁に激励に訪れているはずだが、
参謀連中も軍司令官をも描写しないのは、
あまりにも片手落ちだ。

なぜ彼らを描写しないか。
それは、彼らがまったく責任を取らなかったからだろう。
参謀も軍司令官も、戦後ことごとく生き残っているはずだ。
(多少の例外はあるだろうが、その際にはお詫びする)
とにかく、「お前たちだけを殺すのではない」
「私も最後に続くのだ」といい続けて、若者を死地に送り出し、
大人たちは終戦で逃げたわけだ。

海軍をほめるわけではないが、
終戦で中将が二人責任を取った。
一人は冒頭の大西中将で、この人は開始の責任者だ。
彼は約束を守った。「最後にオレも行く」と。
もう一人は、第五航空艦隊の司令長官で、
沖縄特攻の海軍側の責任者だ。
彼は、終戦後に特攻隊を編成して、文字通り最後に突っ込んだ。
「我もまた諸子に続くのだ」なんて美辞麗句など吐かず、
見事に責任だけを果たしたのだ。
(指揮官の中津留大尉以下、部下を巻き添えにした罪は指摘されるが)

逃げた陸軍の「大人たち」に触れずに、
責任を取った大西中将だけ取り上げるのは、
非道な特攻作戦に免罪符を与える意図以外に
何の理由があろうか。
5航艦の宇垣長官を取り上げるわけには行かないのは自明だ。
海軍側の指揮官を描いたら、
逃げた陸軍の責任者も描かざるを得ないからだろう。

その他、大西中将の口から、
「有色人種開放の聖戦」みたいな美辞麗句を吐かせていた。
これもわざとらしく、不自然だ。
海軍は艦隊を動かす油がなくなったから、
南方の油田を確保するために戦端を開いたのが現実だろう。
(異論はあるかもしれないが)
有色人種開放なんて、後付の正当化の側面も大きいはずだ。

日光の男体山は、見る角度によってまったく異なるシルエットを持つ。
どの角度から見ても、男体山であることに間違いはないのだが、
意図的に「ある角度」からだけ見させれば、
本当の男体山の姿からは距離のあるイメージを抱かせることが可能だ。

この映画に私は、その「ある角度」を感じる。
太平洋戦争に対する免責。
非道な特攻作戦に対する免責。
いやさらに、特攻作戦立案・実施者の免罪符。
それが、事実関係を知らない人に見せて、
「ミスリード」させることを企図しているのが分かるのだ。

可憐で、雄雄しかった彼ら特攻隊員を追憶することは大切だ。
だが、歴史と事実を改ざんすることは許しがたい。
とにかく、やらせるだけやらせて逃げた高級将校たちに免罪符だけは与えたくない。
この免罪符映画を作った意図を、
製作者はつまびらかに説明してはもらえないだろうか。

コメント[1], トラックバック[0]
登録日:2007年 06月 09日 07:52:21

コメント

はじめまして。
特攻隊については私も昨年映画「回天」を見てから関心を持っていたのですが、私の友人がつい最近、特攻隊関係の本を著しました。
もう一つの特攻隊―特殊潜航艇・蛟龍(こうりゅう)という特攻兵器のことです。この本は、特殊潜航艇艇長として敗戦時に出撃した、海軍兵学校第73期出身の宗像元中尉の戦争体験の物語です。機会がありましたら、目に通してみて下さい。
『特攻兵器 蛟龍艇長の物語』(宗像 基著/堀口洋子・聞き書き)
 定価1680円 社会批評社発行
 http://www.alpha-net.ne.jp/users2/shakai/top/75-5.htm

青木誠 @ 2007年 08月 11日 12:28:12

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1959年07月13日
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「仕事だから」という言い訳しながら、悪いことしてる人は
古今東西後を絶ちません。
色々な投機話や健康グッズ、百鬼夜行の如くに
欲にまみれた妖怪のオンパレードです。
それは自動車業界でも同じです。
しかし、市場経済至上主義とは、儲かれば何をしてもいいことではないと
私は思ってます。
仕事とは、それを通じて社会に奉仕すること。
自らの発展の過程において、社会全体の幸福にも寄与できること。
当社は大発展を目指しつつ、それが社会全体の幸福に繋がるべく
努力して参ります。

飯田 剛
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