<?xml version="1.0" encoding="UTF-8" standalone="yes" ?>
<rss version="2.0">
<channel>
<title>埼玉の夜は更けて</title>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/</link>
<description>宇宙人から嫁姑まで、何でもありです！</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>東京新聞　６月１０日　掲載の投書です</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/37959</link>
<description>3日付一面、社会面に　韓国目指したが変更「よくこんな小船で」との記事。<br />
<br />
脱北者が、ついに日本に直接来た。<br />
<br />
中朝国境が閉鎖され、韓国もまた厳戒態勢とあれば、海路日本を目指すのは自明である。 <br />
<br />
<br />
かねて半島有事の際には、難民が直接日本を目指す可能性が指摘されていた。<br />
<br />
今回の「ジャパンルート」が成功するようならば、継続的に大量の難民が日本に来る可能性は否定できない。<br />
<br />
その脱北者を保護し、迅速円滑に韓国に引き渡すためには、韓国政府とのすり合せが急務だ。<br />
<br />
だがそれ以前に必要なのは、日本自身の決断である。武装難民発生も否定できない。<br />
<br />
これらボートピープルを人道的見地から大量に受け容れる覚悟があるかどうかだ。<br />
<br />
北の体制崩壊はそう遠い未来ではない。<br />
<br />
「人道」に背を向けて、水際で完全に阻止するか、リスクを覚悟で受け容れるか。<br />
<br />
決断と準備の時間は残されていない。</description>
<pubDate>Sat, 23 Jun 2007 01:14:01 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>愛媛に掲載された投書をご紹介します。</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/37362</link>
<description>大臣に歌手と、二人も続けて有名人が自殺したものですから、<br />
<br />
死者に鞭打たぬように注意して書いてみました。<br />
<br />
しかし、愛媛にも松山にも関係ないのに、<br />
<br />
よくこんな投書を掲載しましたねー<br />
<br />
<br />
愛媛新聞　６月５日掲載<br />
<br />
釈尊は、苦しみの「この世」を泥沼に例えて、「その中から、あの蓮の花のように美しい花を咲かせよ」、と教えになっている。<br />
<br />
人生の苦しみには様々ある。「四苦」のように、万人に逃れ難い苦しみもあれば、自らの不明で種をまき、刈り取らざるを得ない苦しみもあろう。ただ、人それぞれに異なるのは、その苦しみを味わってからの違いだ。不幸にして自殺にまで到る方もいれば、苦しみの泥沼の中から、花を咲かす方もいる。<br />
<br />
その花には大小があろう。容姿も異なろう。だが、小さくとも、自分なりの花を咲かすことができた者には、人生の勝利者としての栄冠が与えられる。見事に人生の復活をなす者にたいしては、その不屈の精神に賛辞が与えられる。だがたとえ、その人生が悲劇に終わったとしても、困難な環境下、見事に生き切りさえすれば、それもまた人生の大輪の花を咲かせたことになるのだ。<br />
<br />
人生は正に「四苦八苦」だ。だが、同じ苦しみを与えられたとしても、自殺などしてはならない。花を咲かすか否かの選択は、各人に委ねられているのだ。</description>
<pubDate>Wed, 13 Jun 2007 22:35:38 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>陸軍特攻隊の続き</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/37027</link>
<description>この映画に抱く違和感は、一語で記すなら「免罪符」であろうか。<br />
<br />
特攻の英霊たちに感謝と哀悼をささげ、<br />
その（たぶんまだ迷える）魂たちに回向して救済することは、<br />
当然のこと大事であり、重大な意味を含むものである。<br />
その意味において、この映画が忘れられた彼らの存在を思い出させることに、<br />
この映画に大いなる意義を見出すことができることは間違いない。<br />
<br />
ただ問題なのは、同時にこの映画が、<br />
「特攻を命じた側」への免罪符としての表現に満ち満ちていることだろう。<br />
しかもそれが素人には分かりずらいように、<br />
巧妙に誘導されていることに、違和感というよりは憤りを感じるほどなのである。<br />
<br />
それが特に象徴的なのは、特攻の最初と最後に出てくる、大西瀧次郎中将の描写である。<br />
大西中将は、たしかに「特攻の父」とも称せられている。<br />
直接には彼が命じて特攻は始まり、<br />
彼の自決でその幕は降ろされた形になっている。<br />
（その部分にウソがあることは、次回に詳説したい）<br />
特攻を全体的に見れば、たしかにそう言えないこともない。<br />
<br />
だが、この映画は陸軍を描いているのだ。<br />
それなのに、不自然きわまりなくも、<br />
海軍の将官を意図的に取り上げているのだ。<br />
そこには、ある種の政治的意図、<br />
あるいは、巧妙な誘導の痕跡を見出すことが可能なのだ。<br />
<br />
直接に知覧の彼らを指揮していたのは、<br />
第五航空軍であり、<br />
その軍司令官は、陸軍中将　菅原道大であった。<br />
その五航軍の下には、飛行師団があり、<br />
その下部に飛行団がある。<br />
あの映画で出てきた責任者は、その飛行団の長だ。<br />
飛行団には部員はいるが参謀はいない。<br />
だから映画で出てきた参謀たちは、<br />
飛行師団か航空軍の参謀なのは間違いない。<br />
<br />
陸軍の特攻のメッカとも言うべき知覧には、<br />
菅原中将も頻繁に激励に訪れているはずだが、<br />
参謀連中も軍司令官をも描写しないのは、<br />
あまりにも片手落ちだ。<br />
<br />
なぜ彼らを描写しないか。<br />
それは、彼らがまったく責任を取らなかったからだろう。<br />
参謀も軍司令官も、戦後ことごとく生き残っているはずだ。<br />
（多少の例外はあるだろうが、その際にはお詫びする）<br />
とにかく、「お前たちだけを殺すのではない」<br />
「私も最後に続くのだ」といい続けて、若者を死地に送り出し、<br />
大人たちは終戦で逃げたわけだ。<br />
<br />
海軍をほめるわけではないが、<br />
終戦で中将が二人責任を取った。<br />
一人は冒頭の大西中将で、この人は開始の責任者だ。<br />
彼は約束を守った。「最後にオレも行く」と。<br />
もう一人は、第五航空艦隊の司令長官で、<br />
沖縄特攻の海軍側の責任者だ。<br />
彼は、終戦後に特攻隊を編成して、文字通り最後に突っ込んだ。<br />
「我もまた諸子に続くのだ」なんて美辞麗句など吐かず、<br />
見事に責任だけを果たしたのだ。<br />
（指揮官の中津留大尉以下、部下を巻き添えにした罪は指摘されるが）<br />
<br />
逃げた陸軍の「大人たち」に触れずに、<br />
責任を取った大西中将だけ取り上げるのは、<br />
非道な特攻作戦に免罪符を与える意図以外に<br />
何の理由があろうか。<br />
５航艦の宇垣長官を取り上げるわけには行かないのは自明だ。<br />
海軍側の指揮官を描いたら、<br />
逃げた陸軍の責任者も描かざるを得ないからだろう。<br />
<br />
その他、大西中将の口から、<br />
「有色人種開放の聖戦」みたいな美辞麗句を吐かせていた。<br />
これもわざとらしく、不自然だ。<br />
海軍は艦隊を動かす油がなくなったから、<br />
南方の油田を確保するために戦端を開いたのが現実だろう。<br />
（異論はあるかもしれないが）<br />
有色人種開放なんて、後付の正当化の側面も大きいはずだ。<br />
<br />
日光の男体山は、見る角度によってまったく異なるシルエットを持つ。<br />
どの角度から見ても、男体山であることに間違いはないのだが、<br />
意図的に「ある角度」からだけ見させれば、<br />
本当の男体山の姿からは距離のあるイメージを抱かせることが可能だ。<br />
<br />
この映画に私は、その「ある角度」を感じる。<br />
太平洋戦争に対する免責。<br />
非道な特攻作戦に対する免責。<br />
いやさらに、特攻作戦立案・実施者の免罪符。<br />
それが、事実関係を知らない人に見せて、<br />
「ミスリード」させることを企図しているのが分かるのだ。<br />
<br />
可憐で、雄雄しかった彼ら特攻隊員を追憶することは大切だ。<br />
だが、歴史と事実を改ざんすることは許しがたい。<br />
とにかく、やらせるだけやらせて逃げた高級将校たちに免罪符だけは与えたくない。<br />
この免罪符映画を作った意図を、<br />
製作者はつまびらかに説明してはもらえないだろうか。</description>
<pubDate>Sat, 09 Jun 2007 07:52:21 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>読売新聞に昨週掲載の投書です</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/36770</link>
<description>「進行形のいじめ　看過せず解決を」<br />
山口県下関市の中学校で、２００５年に当時中学三年の女子生徒が　<br />
いじめを苦に自殺した問題について、山口地方法務局が、人権侵害事件と認定した。<br />
多くの教員がいじめを知りながらも、適切な対応を取らなかったと断定したという。<br />
学校内のいじめがうやむやに対処されることが多い中、この認定は、学校再生へ向けた第一歩になると評価したい。<br />
ただ一方で、認定が遅きに失したことが、残念でならない。<br />
もし、女子生徒が自殺するに到らなかったら、果たしていじめ問題に真正面から対処してくれた人はいただろうか。<br />
現在もいじめは、どこかで起こっているだろう。死に至らなくても、いじめが人権侵害であることに間違いはない。<br />
今行われているいじめを看過しているとしたら、問題ではないだろうか。大切なことは、自殺という悲劇になる前に、いじめを見つけ解決をはかることだ。<br />
人権侵害である「いじめ」は、れっきとした犯罪である。必要なのは事後の認定ではなく、いじめを食い止め、根絶するための対策に、もっと力を入れてほしい。</description>
<pubDate>Tue, 05 Jun 2007 12:06:14 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>陸軍特別攻撃隊</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/36528</link>
<description>家内や友人を誘って、映画を見てきました。<br />
陸軍の特攻隊の映画です。<br />
<br />
期待していたんです。<br />
ネットで予告編見たりして、<br />
「こりゃ、なかなかの映画かもしれない」、とです。<br />
少し前に公開された人間魚雷の映画なんか、<br />
「入場料と時間を返せ！」<br />
と、言いたくなる内容でしたが。<br />
この映画は、予告編を見る限り、<br />
ていねいに、あるがままの姿を映像化しているような<br />
そんな期待を抱くことができました。<br />
だからこそ、前売り券まで手配して、<br />
みんな引き連れて映画館に行ったんです。<br />
<br />
この映画、まあ、評価するべき点も多いです。<br />
特攻作戦が、どれほど非道で過酷だったかが、<br />
しみじみと分かります。<br />
それに、平和の尊さも物凄く実感できるでしょうね。<br />
「ああ、平和な時代に生まれて来れて、よかった！」<br />
という、率直な感想をです。<br />
<br />
以前、メルマガの編集後記に書いたことがあるかもしれませんが、<br />
知覧から飛び立った陸軍の特攻機は、<br />
最後に、「開聞岳」の上空を越えて、沖縄へと向かいます。<br />
<br />
実は、このふもとに知人が住んでまして、<br />
この方、多少、「見える」ようなんです。<br />
彼女の言によれば、<br />
「まだ、開聞岳の上を、特攻機は飛んでますよ」<br />
とのことです。<br />
<br />
映画を見て実感しました。<br />
「これじゃ、成仏できてないなあ」<br />
「たしかに開聞岳を越えて、特攻出撃をくりかえしているかもなあ」<br />
<br />
これほどかわいそうな彼らのことを、<br />
今の日本では誰も知りません。<br />
こうして、映画のかたちででも、思い出してあげることは、<br />
彼らへの、いい供養になることは、確かに間違いありません。<br />
<br />
これが、この映画の評価すべき点です。<br />
「確かに、供養になる」という点です。<br />
<br />
「うーん、しかしこれはなあ・・・」という部分は、<br />
次回とさせていただきます。</description>
<pubDate>Fri, 01 Jun 2007 07:40:38 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>その歌は歌わないで・・・</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/35161</link>
<description>会社からの帰途、<br />
街宣車が信号待ちをしていました。<br />
スピーカーからは大音量の軍歌。<br />
「ラバウル海軍航空隊」です。<br />
ああ、この歌だけは、<br />
あなたたちには歌ってもらいたくない・・・<br />
<br />
ちょうど読み返していた文庫本<br />
「炎の翼」－ラバウル中攻隊死闘の記録ー<br />
鍛えに鍛え抜かれた精鋭たちが、<br />
己の生命を代償にして、<br />
連合軍の圧倒的な攻勢にあたる勇者たちの話です。<br />
<br />
「雷撃を三度した者はいない」<br />
そういわれるほどに過酷な戦場<br />
昼間強襲雷撃に出動すれば、<br />
生還率は一割もなし。<br />
<br />
「搭乗員の墓場」といわれたラバウルの、<br />
その海鷲たちを鼓舞するために作られたのが、<br />
この「ラバウル海軍航空隊」です。<br />
<br />
１０００名を超える戦闘機乗り<br />
２０００名以上の艦上爆撃機搭乗員<br />
そして、３０００名超の中攻隊が、<br />
ラバウルを飛び立ち、いまだ帰投しません。<br />
<br />
その事実を知ろうともせず、<br />
景気づけだけに歌うことだけは、<br />
私はどうしても許せないのです。<br />
<br />
まあ、この歌が流されることだけでも、<br />
逆に考えれば「回向」になるかもしれませんが・・・</description>
<pubDate>Thu, 10 May 2007 20:59:34 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>大阪日日新聞　「散歩道」掲載投書です</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/34319</link>
<description>　「いじめに警察の対応を」<br />
<br />
お隣の韓国でも、「いじめ」が社会問題となっているようである。<br />
<br />
今般、「いじめ」で暴力行為にさらされている被害生徒に対して、韓国警察が保護する制度を開始したようだ。被害生徒を真剣に保護するならば、あって当然の制度かもしれない。米国のように、通学には保護者があたり、また学校内においては警官が常駐して犯罪行為を抑止している、という状態からは一線を画しているだろうが、「いじめ」という名の暴力行為が、警察の管轄である犯罪行為であることが、今回の韓国の制度ではっきりとするのではなかろうか。<br />
<br />
こうした暴力行為を伴う傷害事件が、もし一般社会で行なわれたならば、警察による逮捕、立件は当然のことだ。だが日本においては、学校内でこのような暴力行為が行なわれても、教育的配慮の保護もと、犯罪としてではなく「いじめ」として指導されるのみである。その決着は加害者への厳しい指導ではなく、往々にして被害者側の転校や不登校という、ある意味「泣き寝入り」によって解決されるのだ。<br />
<br />
これは考えて見ればおかしい。なぜ加害者にきちんとした処罰がなされずに、被害者側が「泣き寝入り」しなければならないのか。どうして、犯罪行為を犯しても罰せられないという「治外法権」が、学校内においてだけ認められるのだろうか。<br />
<br />
その「治外法権」が学校内で認めれるためには、その前提として、学校は自らの手で治安と正義を校内に実現するべきだ。その秩序の維持がなされないならば、米国や今回の韓国のように、警察とのリンクが必要なのは当然のことである。<br />
<br />
学校内において、「いじめ」という名の犯罪行為に慣れ、しかも加害者側にきちんとした「罰」が与えられず、犯罪行為が野放しにされているままならば、はたして子供たちはどのような大人に成人するのだろうか。正邪も規範も正義すら教えられず、どうして良識ある社会人となれようか。<br />
<br />
学校に正義と秩序の回復を。それなくして社会に正義も秩序もありえないからだ。公立学校や教育委員会が無為無策を継続すれば、それこそ「いじめ自殺」に追い込まれる児童生徒を、みすみす看過することとなりかねない。教育関係者に自浄作用が期待できない今、警察と学校のリンクは避けられない選択ではなかろうか。</description>
<pubDate>Thu, 26 Apr 2007 22:19:18 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>戦場　虫の知らせ</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/34016</link>
<description>季節外れの「戦場虫の知らせシリーズ」です。<br />
<br />
①昭和１９年１０月某日未明、<br />
第二六航空戦隊司令官、有馬海軍少将の妻・文子さんは、<br />
郷里の鹿児島県伊集院村にある熊野神社の参道に立っていた。<br />
<br />
突然、目の前にフィリピンで戦場に出ているはずの有馬少将が現れた。<br />
少将は、結婚したときに新調した大島に袴をつけ、<br />
にこにこ笑いながら石段を降りてくる。<br />
<br />
文子さんは、驚きながら夫の足元を見ると、片方の足袋のこはぜが掛かっていない。<br />
しゃがんでこはぜを掛けてやると、少将は微笑をうかべて、<br />
「やっぱり奥さんは、よか人をもらうもんだね」と言いながら、石段を降りていった。 <br />
<br />
<br />
われに返ると、少将の姿はどこにもない。<br />
その白日夢が破れた時、少将の乗機はフィリピン沖で散華していたのである。<br />
<br />
②数年前に亡くなった春風亭柳昇師匠は、<br />
太平洋戦争末期、船舶工兵の支援のため、機関銃手として商船に乗り組んでいました。 <br />
<br />
その船が米軍機の攻撃を受け沈んだ際に、機関砲弾で両手に大怪我を受けます。<br />
ちょうど、戦闘のその時刻、師匠の母親が血まみれの師匠の姿を、<br />
実家で目撃します。<br />
師匠は、「こんな姿になっちゃったよ」と、言って消えたそうです。<br />
<br />
何だが、書いてて薄ら寒くなってきました。<br />
ゾクゾクするような気もしますので、この辺でお開きです。<br />
ヒヒヒヒ・・・</description>
<pubDate>Sat, 21 Apr 2007 19:35:47 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>ああ、怖い！</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/33454</link>
<description>この前、テニスの知り合いから、<br />
「中国の警察学校の教授が来て、バーベキューやるんだけど、来ない？」<br />
とお誘いを受けました。<br />
<br />
ナマケモノの私は、「中国語で話すのもメンドクサイなあー」などと思案していましたが、<br />
まれなニュースソースが、向こうから飛び込んでくると思い、<br />
情報収集に行ってまいりました。<br />
<br />
もらい物のスパークリングワインをぶら下げて、５ｋｍの道を自転車での行軍です。<br />
遅れていったので、もう、宴たけなわでした。<br />
主賓として座っているその中国の方は、年のころなら５０前後でしょうか。<br />
ご夫婦ともども大学の教員だそうです。<br />
<br />
お客人に対して、そうそうぶしつけな質問をするわけにもいきませんから、<br />
他愛ない世間話でお茶を濁していましたが、<br />
ソロソロ頃合かと、「中国における、死刑執行と臓器移植の関係を教えてください」などと、<br />
すっとぼけて聞いてみました。<br />
<br />
すると、多少警戒したのでしょう。<br />
最近はずいぶんと人権に配慮するようになって、刑務所の一人当たりの面積も広くなった。<br />
などと、ちょっとずれた話をしてきました。<br />
「この人は知らないのか。それともすっとぼけているのかな」などと考えていましたら、 <br />
<br />
しばらくしたら切り出しました。<br />
<br />
「死刑囚の臓器提供には三種類ある。<br />
　一つ目は、死刑囚本人が提供の意思を表示した場合であり、<br />
　二つ目は、本人の意思がなく、家族が同意した場合<br />
　三つ目は、本人も家族も確認が取れなかった場合で、国家が認定する」<br />
というものでした。<br />
結局、なんでもありじゃないかー！<br />
<br />
しかし、最近は人権をうるさく言うようになったので、<br />
三番目のは少ない、とのこと。<br />
まあ、これも分かったもんじゃありませんが。<br />
<br />
結局、取り放題やってるんでしょうね。<br />
今回で面識は得ましたんで、<br />
この知人が訪中するときには付いていって、<br />
ばっちりと見聞してみようかと思っています。<br />
<br />
まるで、ブラックホールのようだろうなあ。<br />
ああ、こわ！</description>
<pubDate>Sat, 14 Apr 2007 11:04:48 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>えびす製菓　「あんみつ」</title>
<category>関八州うまいものめぐり</category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/32991</link>
<description>葛飾の東金町（ひがしかなまち）に本店を置く<br />
「えびす製菓」<br />
売店は埼玉県東南部を中心に複数ある。<br />
ここのウリは「満願どらやき」<br />
通常のどら焼きである「満願どらやき」以外にも<br />
白餡<br />
栗<br />
梅<br />
江戸の松（黒糖）など<br />
５種類を超える「どらやき」がメイン商品だ。<br />
以前、上野あたりで名をはせ、<br />
松坂屋なんかでは行列までできた「うさぎや」のどら焼きよりも、<br />
確実にこちらの方が上を行く。<br />
しかし、私のお勧めはどら焼きではない。<br />
冬季には並ばない商品<br />
「あんみつ」である。<br />
３２０円と、非常にお買い得な価格だが、<br />
コストパフォーマンスは限りなく高い。<br />
絶品ともいえる餡だけでも、その価値はあるのだが、<br />
それ以外のコンテンツも、見事といえるできばえだ。<br />
なぜかこの商品のスゴサを、一般の顧客は理解できないようで、<br />
並んでいるあんみつの数は限られる。<br />
それゆえ、カウンターに並んでいるあんみつを見かけると、<br />
私はいつも、すべてを買い占めることにしている。<br />
当然、家に持ち帰れば家族の取り合いであり、<br />
先に発見したものが、感涙に咽びながら食することとなるのだ。<br />
できれば、あんみつのスゴサが、<br />
これ以上知れ渡らないことを期待したい。<br />
うーん、考えてみれば、ここで告知しちゃ、ばれちゃうか・・<br />
まあ、遠隔地の人だけが読んでると、<br />
そう固く信じ込もう。<br />
お願いだから買わないでね。ボクの分は・・・　</description>
<pubDate>Sun, 08 Apr 2007 17:26:46 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>北日本新聞　掲載投書です</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/31758</link>
<description>正月に帰省ができなかった敵討ち（？）に、社員旅行で氷見に行った。<br />
三連休の大忙しの時期、親戚筋の老舗旅館に、<br />
無理を言って予約を押し込んでもらってである。<br />
<br />
「寒ブリ尽し」のおいしい料理に、また温泉にと、<br />
満足の一語に尽きる本当にいい旅行であった。<br />
<br />
朝、ロビーでくつろいでいたら、庭木の雪吊りが見えた。<br />
暖冬とて積雪もない庭に、雪のない雪吊りだ。<br />
<br />
雪など無縁の埼玉から来ている私には、この雪吊りはまことに珍しい。<br />
一体どんな作業が施されているのか、雪がないゆえに、かえってよく分かって面白い。<br />
荒縄と竹や木を使った見事な職人芸である。<br />
自然の素材が営々と使われてきたわけだが、<br />
これをワイヤーなどの近代的な資材で行なうと、かえって具合が悪いと聞いて面白い。<br />
<br />
自然の素材は、雪の重みでいい具合にたわむのだそうだが、<br />
人工的な素材では、硬直してうまくないのだそうだ。<br />
<br />
考えて見れば人の世も同じかもしれない。<br />
肩肘張って我を押し通せば、到る所できしみが生じる。<br />
やはり「無我観」は必要だ。<br />
尖った自我さえ抑えれば、自分という枝も、折れはしまいということだろう。<br />
まさに「柳に雪折れなし」である。</description>
<pubDate>Mon, 19 Mar 2007 20:43:32 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>小春屋の団子</title>
<category>関八州うまいものめぐり</category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/31067</link>
<description>茨城県常総市元石下（旧石下町）の<br />
県道３５７号線沿いにある<br />
「小春屋」<br />
ここの団子は、真に絶品である。<br />
<br />
私が子供のころからまったく変わっていない。<br />
本当に昔ながらの味を保っている。<br />
店の周りの景色も、<br />
数十年前の面影がいまだ残っている。<br />
幼いころ、店先から眺めた景色の残滓が、<br />
はっきりと見て取れるのだ。<br />
<br />
ところで、ここが扱っているのは、<br />
餡団子だけである。<br />
また、通常の団子と異なり、<br />
クシにも刺さっていない。<br />
<br />
Ｂ５サイズの折り詰めに、<br />
びっちりと敷き詰められた団子。<br />
その上に満遍なく餡がまぶしてある。<br />
イメージとしては、<br />
あの伊勢名物の「赤福」を連想してもらえばよいだろうか。<br />
<br />
違いは、「赤福」が、団子ではなく餅であることと、<br />
さらに内容量であろうか。<br />
「小春屋」の方は、<br />
「赤福」の、優に２倍は入っているだろう。<br />
それでいて価格は５２５円に過ぎない！<br />
お買い得過ぎるのだ。<br />
<br />
それでも、味が悪ければ購入するに値しないのだが、<br />
個人的好みとしては、この「小春屋」は、<br />
「赤福」が顔色を無くすほどの味である。<br />
<br />
赤福ほどには、餡は晒していない。<br />
垢抜けない田舎の味だといわれれば、<br />
確かにその通りだ。<br />
だが、変に澄ましていない。<br />
素朴な味には、本当にホッとするのである。<br />
<br />
そして、大量生産品である「赤福」の餡が、<br />
甘すぎるきらいがあるのに対して、<br />
完全な手作りである「小春屋」の甘みには、<br />
及第点を上げられるだろう。<br />
<br />
おばちゃん二人が箱詰めするのだが、<br />
作業は、注文してから行われる。<br />
お客の眼前で、団子を丸め、箱詰めし、<br />
そして餡をまぶしていく。<br />
<br />
この手作り感とボリューム。<br />
安価なことを考えると、お買い得なのは間違いない。<br />
<br />
十箱以上、まとめ買いする光景も、よく見るほどだ。<br />
<br />
茨城に行く機会がある方は、<br />
ぜひご賞味されることをお勧めしたい。<br />
<br />
団子で小春屋を凌駕することは、<br />
至極困難である。</description>
<pubDate>Tue, 06 Mar 2007 23:02:06 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>関八州（プラスα）我見偏見うまいものめぐり 第一回　</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/29450</link>
<description>「ＪＡかみつが落合農産物直売所」の弁当①<br />
<br />
合併で今は日光市となったが、<br />
昨年までは今市市の南部に位置した農協の直売所、<br />
「ＪＡかみつが落合農産物直売所」に、その弁当は並んでいる。<br />
<br />
農協の直売所とは言っても、<br />
この直売所を甘く見てはいけない。<br />
弁当数種類に大福等の餅菓子、<br />
漬物にパン、生花や鉢植えまで扱っている。<br />
<br />
その中でもお勧めは、この弁当だ。<br />
おしょうゆのご飯をベースにして、<br />
数種類の具をその上に載せた弁当は、<br />
何と驚くなかれ、２８０円でしかない！<br />
<br />
もちろんこの値段では、高級食材が使われているはずもないのだが、<br />
十分に美味であり、また、昔懐かしい素朴さは堪能できる。<br />
<br />
上に乗せられた具は数種類、<br />
その中での主役は、何と言っても薄揚げだ。<br />
斜めにスライスされ、煮込んである薄揚げは、<br />
ご飯のおかずとして絶妙の味付けをされている。<br />
<br />
これに対抗するのは昆布の佃煮、<br />
周囲のご飯を巻き込んで、その昆布色に染め上げている。<br />
この昆布味のしみこんだご飯を、どう別格に扱うかが、<br />
この弁当を賞味する際の醍醐味だろう。<br />
<br />
その他に特筆すべきは椎茸、そしてインゲンだ。<br />
彩り豊かだが、インパクトは主役と対抗にはかなわない。<br />
<br />
とにかく、この値段、この味、この風味は、<br />
他所では決して味わえないだろう。<br />
この他の種類の弁当に関しては、次回に詳述することとしよう。<br />
請うご期待。</description>
<pubDate>Tue, 13 Feb 2007 19:19:33 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>読売さいたま版 「ひろば」掲載の　テーマ投稿「節分」です</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/28910</link>
<description>節分だといっても、この所とんと豆もまかない。<br />
「鬼は外」と邪気を払うことが実感できないからだろう。<br />
これが文明開化の前ならば、戸外の闇も深かったに違いない。<br />
あの平安の世の「安倍晴明」の世界なら、<br />
世の闇に向けて、うごめく百鬼夜行に豆の一撃をあびせてやろうかとも思うだろうが、 <br />
この科学万能の平成の御世では、夜であろうとも昼の如き明るさ。<br />
へたに戸外に豆でもまこうものなら、不法投棄とまで言われそうだ。<br />
まことに残念ながら、目に見えぬモノなど信じることもできない御時世である。<br />
だが考えてみれば少し残念だ。<br />
目に見えるモノ、触れるモノだけの範囲で生きていては、何のロマンもないからだ。<br />
さて、節分くらいは、見えない神秘に思いをはせるとしようか。</description>
<pubDate>Thu, 08 Feb 2007 22:16:23 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>いじめマンガ感想記</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/28126</link>
<description>私もいじめ問題を勉強せねばと一念発起したのだが、<br />
活字になっている固い本はどうも読みこなせない。<br />
<br />
というのも、内容があまりに悲劇で満ちていて、<br />
本を開いて読み進める勇気が足らないからだ。<br />
そこで、「マンガなら簡単に雰囲気がつかめるかも」と、<br />
マンガで勉強と決め込んだ。<br />
フィクションぽいし、<br />
イメージはつかみやすいし、<br />
普段なら「またマンガ買ってきたの？！」と、<br />
家内に馬鹿にされるのを、<br />
「これは勉強だ！」と言い返すことが可能だからだ。<br />
（目的が不純か・・・）<br />
<br />
まず第一弾は、<br />
集英社のマーガレットコミックスで、<br />
「問題のない私たち」（全３巻）だ。<br />
これは本屋さんで普通に品揃えしているので、<br />
すぐに購入可能である。<br />
<br />
全三巻の内容は、一冊づつ中心が異なる<br />
第一巻は、いじめ問題<br />
第二巻は、問題教師<br />
第三巻は、心の病を持つ少女<br />
<br />
いじめを学ぶなら一巻だけでオッケーだが、<br />
読み物としては面白いので、通読しても損はない。<br />
<br />
いじめに関して本書から学べることは多い。<br />
（１） いじめ被害の恐怖、絶望<br />
（２） 加害者と被害者が容易に入れ替わる<br />
（３） 指導側（学校、教師）の無為無策が助長<br />
（４） 自殺にまで到る必然性<br />
<br />
活字ではなく、画像としてイメージを持てることは、<br />
マンガの特徴であるから、一読すれば容易にエッセンスをつかめる。<br />
<br />
特に私が「ここがポイントだなあ」と思ったのは、<br />
いじめが行なわれている際、<br />
加害者が、周囲の反応や教師の対応を窺いながら、<br />
いじめをエスカレートさせていったことだろう。<br />
逆にみれば、指導的立場にある存在が、<br />
断固とした対応を取れば、<br />
容易にいじめを防ぐことが可能かもしれない、とうことだ。<br />
<br />
これほどまでに猛威を振るう「いじめ」でも、<br />
大人社会の（まあ、学校や教員、教育委員会を意味するが）<br />
断固たる対応で根絶する道筋が見えるのだ。<br />
<br />
一方、本書の短所をあえて挙げるとするならば、<br />
登場人物が、すべて善人ばかりであり、<br />
子供社会の自浄作用だけでいじめが解決したということだろうか。<br />
<br />
実際には「魔に魅入られた」ような存在が、<br />
悪魔的な行動を取ることも多かろう。<br />
そうでなければ、自殺にまで到る現実は存在しない。<br />
<br />
大人社会の「断固たる大鉈」が不要で、<br />
それでも、いじめが解決するという、<br />
誤まったメッセージを発信しないかと、<br />
それだけは心配である。<br />
<br />
まあ、いじめ問題の入門書として、<br />
また、子供たちと「共学」の教材として、<br />
一読しても損はない作品であると思う。<br />
<br />
しかしそれには関門があることはある。<br />
オジサンが少女マンガ買うのには、抵抗があるし、<br />
変な人に見られるかも・・・<br />
御注意を。</description>
<pubDate>Wed, 31 Jan 2007 22:45:05 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>臓器目的での殺害</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/24468</link>
<description>毎日新聞のＨＰの記事にありましたが、<br />
インドで30名分の子供の遺骨が発見されたそうです。<br />
未確認ですが、臓器移植目的で殺害された可能性があるようです。<br />
<br />
この臓器移植というのは、元来は崇高な医療行為なのですが、<br />
実施の段階になると、<br />
残念ながら巨額のお金が動くビッグビジネスになってしまいます。<br />
<br />
それは、脳死者からの正当な臓器提供が潤沢に出てくる、<br />
臓器移植先進国のアメリカにしても同様です。<br />
<br />
南米の貧困な子供たちが殺害されて、<br />
先進国の子供の医療行為に利用されているのが、<br />
残念ながら臓器移植の「闇」の部分なんです。<br />
<br />
これが、世界第2位の臓器移植大国の中国になると、<br />
もっと事態は極端です。<br />
<br />
死刑囚からの臓器移植がそのほとんどで、<br />
これが支配階層の特権的な錬金術になっています。<br />
<br />
アジアからもアフリカからも、さらにはアメリカ合衆国内であっても、<br />
子供の誘拐と臓器目的の殺害は止まることを知らない、というのが、<br />
この医療の「闇」の部分なんです。<br />
今回、インドで発覚したのは、そのほんの氷山の一角に過ぎません。<br />
今、この瞬間にも信じられないような悲劇が、<br />
世界中の多くの子供たちを襲っています。<br />
子供の誘拐は、臓器目的だけが全てではなく、<br />
もちろん、性的虐待も、その大きな動機のひとつです。<br />
<br />
先日、恐ろしいネットワークの話を聞きました。<br />
アメリカで誘拐された子供は、欧州の児童性愛の変質者に売られ、<br />
成長すると、虐待を嗜好する変質者へと転売され、<br />
最後には殺害されて臓器を摘出されるというのです。<br />
こんな闇を放置しておいて、許されるはずはありません。<br />
<br />
<br />
巨額なブラックマネーを生み出す、<br />
この移植医療という巨大なマーケット。<br />
成立し、機能してしまっている現状では、<br />
停止することも禁止することも不可能です。<br />
<br />
人工臓器の開発や、臓器再生医療の実現は、<br />
もうすぐ可能な域まで来ています。<br />
さまざまな犯罪や悲劇の温床になりうる、<br />
「移植医療」を払拭するためにも、<br />
これらの高度な医療技術の、一刻も早い実現を願いたいと思います。<br />
<br />
根本的に悲劇を根絶するためには、<br />
移植医療を必要としないような、<br />
医療技術の発展以外にはないと思うからです。</description>
<pubDate>Sun, 31 Dec 2006 21:58:51 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>一昨日の</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/23730</link>
<description>「自殺して責任取るのは過ち」<br />
<br />
自殺して責任を取るのは止めよう。<br />
<br />
長い人生には、様々な失敗や挫折がつきものだ。責任ある立場にいれば、その度合いは倍増する。管理職として責任を取るのは当然だ。だが、その責任の取り方として、自殺を選ぶことは許されない。<br />
<br />
古来、切腹の伝統がある日本では、指揮官が責任を取って自殺する、ということは社会の常識かもしれない。しかし、そんな考え方を社会の通念としてはならない。あくまで生き抜いて事態を改善することこそが、真の解決の手段であるはずだからだ。<br />
<br />
かつてのローマ帝国の将星は、敗北して帰陣しても再戦のチャンスが与えられたと聞く。敗北した将軍は、敗北によって知恵を得たはずだからだという。<br />
<br />
長い人生には敗北は付きまとう。一度の挫折で間違った責任の取り方をしてはならない。生き抜いて完全に事態を改善してこそ、責任を全うしたことになるのではないだろうか。</description>
<pubDate>Thu, 21 Dec 2006 22:06:22 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>　愛媛新聞１２日付けの掲載投書</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/21475</link>
<description>－「人体の資源化」に恐ろしさ－<br />
宇和島徳州会病院の病気腎移植問題で、臓器移植自体への不信は高まった。<br />
患者本人の意思と関係なく勝手に移植したことは非難されてしかるべきである。<br />
<br />
執刀した医師は強弁を繰り返している模様だが、<br />
環境や条件、あるいは結果によって、手段や過程の正当化は不可能だ。<br />
医師の真摯な反省の弁を待ちたい。<br />
<br />
そしてさらに気になるのは、「人体の資源化」という言葉の恐ろしさだ。<br />
人体や臓器をパーツ化して考え、<br />
壊れた機械から中古部品を外すように、人体から臓器を摘出する考えだろう。<br />
<br />
確かに「死ねば何もかも終わりだ」と思えば、肉体など単なる器物に過ぎない。<br />
資源化を考えても当然だ。<br />
ただ、その言葉の響きの中から、生命の価値、人間のへの尊厳の念など感じられるだろうか。<br />
<br />
どうか考えてもらいたい。<br />
人間が単に機械の集合体であり、人間の尊厳とは機械としての使用価値に過ぎないなどと、<br />
本当に思えるかどうかをだ。<br />
<br />
尊い生命を扱う医療関係者諸氏には、<br />
「生命の尊厳」という言葉を、再度かみしめてもらいたいと念願する。</description>
<pubDate>Tue, 28 Nov 2006 21:06:04 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>映画「硫黄島からの手紙」を、すべての子供たちに見せるべきではないか。</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/20153</link>
<description>映画「硫黄島からの手紙」を、すべての子供たちに見せるべきではないか。<br />
<br />
大人の社会でも「勝ち組」と「負け組み」に二極分化しているようだが、<br />
子供の社会でも当然、二極分化が進んでいる。<br />
<br />
子供社会の二極化とは、<br />
教育の意欲と資金が潤沢な保護者を持つ恵まれた子供と、<br />
教育の意欲・資金ともに薄い保護者を持つ子供、とに分かれる。<br />
<br />
前者は、受験エリートの道を歩み、<br />
後者は、放置されて動物化していく。<br />
以前なら、公立学校教育に子弟を預ければ、<br />
出身階層に係わりなく才能によって未来は開かれていった。<br />
しかし、現状崩壊しつつある公立学校教育では、<br />
保護者の係わり方如何で、子供たちの前途は間違いなく二極分化していくのだ。<br />
<br />
これもまた規制緩和の一環かもしれない。<br />
私学や塾のビジネスチャンスともなっているからだ。<br />
だが、ここに落とし穴がある。<br />
私学や塾にとって、子供たちは育成の対象ではない。<br />
極論かもしれないが、それはビジネスの対象、商品でしかないのだ。<br />
<br />
過酷な教育ビジネスの渦中で求められるのは、<br />
ホノボノとした学園ドラマではない。<br />
あくまで数値化できる結果が求められるのは当然のことだ。<br />
<br />
その数値化される過酷なビジネスの中で、<br />
渦中の子供たちが陥るわなこそが、<br />
この「結果を出す」教育ビジネスの落とし穴なのだ。<br />
<br />
過酷な競争の中、結果を出すための「合理的な教育」の過程で、<br />
一部の子供たちは、残念ながら人間性を喪失していく。<br />
「勝ち」と「負け」だけを価値観とすれば、<br />
一体どのような人格が作り上げられるだろうか。<br />
高度な教育を受けた結果が人間性の喪失だなどど、<br />
私はそうしたものを「教育」だとは認めない。<br />
<br />
教育の目的が一体なんなのか、<br />
保護者にしても教育者にしても、明確に子供たちに説明しているのか。<br />
もし言葉にしたとしても、<br />
それは、ただ単なる自己中心主義の説明にしかならないのではないだろうか。<br />
<br />
「ノーブレスオブリージュ」など、信じていない大人たちに、<br />
子供に教育を施す権利はない。<br />
<br />
高度な教育を受けたゆえに人間性を喪失しつつある子供たちに、<br />
そして、放置されているがゆえに動物化を余儀なくされている子供たちに、<br />
義務の遂行、自己犠牲、そして勇気と献身の姿を見せるがよい。<br />
現在の教育者はおろか、我々一般国民ですら信じないこれらの特質を、<br />
わずか60年前に発揮していた人々の群れがいたことを、<br />
子供たちに教えてやるがよい。<br />
<br />
自己中心と立身出世、そして経済的な繁栄だけが、世界の全てだなどと、<br />
決して子供たちに教えてはならない。<br />
戦争は悲劇以外の何物でもない。<br />
ただその悲劇の中でこそ、輝く真実もあることを、<br />
子供たちに教えてやれないものだろうか。</description>
<pubDate>Sun, 12 Nov 2006 21:10:18 +0900</pubDate> 
</item>
<item>
<title>読売のさいたま版に載った投書です</title>
<category></category>
<link>http://www.actiblog.com/saitamano/19892</link>
<description>「秋になると、この山々は一面の紅葉になるよ」<br />
<br />
今夏、我が家はガールスカウト２人を、<br />
タイからホームステイに迎えた。<br />
<br />
冒頭のせりふは、彼女たちとの、日光ドライブでのせりふだ。まだ山々は夏の盛りの濃い緑に覆われている。<br />
その景色は彼女たちの故郷の山々と、<br />
さほどには変わらなかったろう。<br />
だがこの山々は、秋になれば赤や黄色で満たされ、<br />
やがては冬枯れと雪景色が取って代わる。<br />
<br />
「今度、日本に来る時は、秋においで。<br />
紅葉がすばらしいから」<br />
<br />
彼女たちは<br />
「絶対に、またもう一度日本に来る」と言っていた。<br />
厳しく現実を見れば、<br />
彼らの再来日は遠い夢かもしれないが。<br />
<br />
でも、強く描き続けた夢は必ず実現するという。<br />
<br />
信じてるよ、またおいで。いつでも歓迎するから！</description>
<pubDate>Thu, 09 Nov 2006 22:16:26 +0900</pubDate> 
</item>
</channel>
</rss>
