アジアユース、日韓のPK戦で思い出すこと

<サッカー アジアユース選手権>日本 PK戦を制して2大会振り6度目の決勝進出 - インド

【コルカタ/インド 9日 AFP】サッカー、アジアユース選手権(AFC Youth Championship)・準決勝、U-19日本代表vsU-19韓国代表。試合は延長戦でも決着が付かず2-2で突入したPK戦を3-2で制した日本が勝利を収め、2大会振り6度目となる決勝進出を果たした。写真は、勝利を喜ぶ日本の選手達。(c)AFP/Deshakalyan CHOWDHURY

AFPBB News


U-19日本代表が、AFCユース選手権準決勝で、3連覇を狙う「宿敵」韓国をPK戦(3-2)で下し、6度目の決勝に進出しました。(前回のエントリーは、こちら

先制点を奪われ、スリッピーなピッチで後半途中退場者を出しながらも、その後何とか延長まで10人でしのぎ切りました。PK戦では、日本代表の梅崎司、そしてこの日得点を決めた森島康仁と青木孝太の3人が決めてくれました。最後は、GK林彰洋が韓国6人目のキッカーのシュートを見事に止めました。PK戦の模様は、こちら(→動画)。

「AFC公式サイト」の試合詳報は、こちら。また、監督・選手のコメントなどは、こちら(→J's GOAL)。

さて、ここで私が思い出したのは、日本開催だった1971年のアジアユース大会のことです。今回と同じく、準決勝での対決となった日韓戦は、やはり延長でも決着がつかず、PK戦へ突入しました。

現在は大韓サッカー協会で技術委員長を務める、金鎮国(キム・ジングック)を始めとする韓国選手(?)が何度も行った「ボールを置きなおす」は、「蹴るふり(キックフェイント)をして止まる」はの、(今のルールでは反則の)掟破りの“非紳士的プレー”に、GK瀬田龍彦(日立)がイラつかされ、最後は高田一美(三菱)が止められ、日本は敗れました(怒&涙)。

サッカージャーナリストの大住良之氏が、「日本のサッカー史に記録されるべき試合」と語るこの激闘は、少年時代の私の中に鮮烈な記憶として残りました。

後にブンデスリーガで相まみえることとなる奥寺康彦(古河電工)と車範根の初対決もこの試合でした。決勝で、韓国はイスラエルに0-1で敗れてしまいましたが・・・。

ちなみに、日本代表が初めて決勝に進んだのは、1973年のイラン大会でした。当時天才と言われた中村一義(藤枝東高)の活躍などで決勝まで勝ち進むも、地元イランに0-2で完敗。まだ、ワールドユース選手権などない時代の話でした。

さぁ~、決勝は初戦で勝っている北朝鮮です。韓国との死闘の後ということで、心身の疲れが心配ですが、きっと日本サッカーの歴史を塗り替えてくれることを信じて、かの地インドに向かって声援を送りましょう!!!


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登録日:2006年 11月 10日 23:30:00

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ロベルト・アベリーノ
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私は、「CROSPO」メンバーです。
  
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日本代表初キャップ(聖地・国立競技場のデビュー!ただし、観戦ですが…)は、1970年5月の対サウサンプトン戦。

ちなみに、文章を書いてお金をもらったことなど一度もない、素人のただの「ミーハー」サッカー・ファンです。

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