「澤登正朗引退試合」ミーハー観戦記

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今回は、私の参加しているSNS「CROSPO」に掲載した日記を、多少手直しして載せてみました。

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急遽思い立って、「沢登正朗引退試合」を観に清水まで行って来ました。

昨夜のテレ朝「やべっちFC」や、熱海で観たNTV「バンキシャ!」の中のニュース(静岡ローカル?)でもやっていましたネ。

実は、随分前からこの試合のことが気になっていたのですが、いざチケットを買おうとしてネットの天気予報を見たら、当日は「雨(!)」との事。軟弱な私は情けないことに、この事(情報)で二の足を踏むことに・・・。

ところが、何と前日の土曜日、またまた天気予報を見ると「雨」から「曇り」に変わっているではありませんか(嬉)。

それで、早速「チケットぴあ」に走り、残っていた自由席(ゴール裏)を買い、ついでにJR「みどりの窓口」で特急列車の指定席も確保しました。

品川駅7時25分発の「特急ワイドビュー東海1号」に乗り込むと、同じ箱(列車)にはいかにもな人たちがチラホラと・・・。

何しろ、「日本平スタジアム」は“お初”なもんで、緊張の清水入り(笑)。清水駅近くのバスターミナルから「シャトルバス」に乗り込み、スタジアムに到着したのが10時やや前(?)辺りでしょうか。

試合開始までまだ3時間程ある(キックオフは13時5分)と言うのに、スタジアムの周りにはビックリするほどの長蛇の列(驚)。結局、スタジアムに入れたのは何と開門(10時30分)後30分以上を経過した11時過ぎでした。

西サイドスタンド(ゴール裏)は、エスパルスのサポーターたちに占拠されており、席を探すのも大変でした。1階席は諦め、2階席の後ろの方のエスパルスサポーター軍団の途切れた(?)辺りにやっと席を確保。

席に着き、我慢していたトイレを済ませるとほぼ同時に、TBS「スーパーサッカーPLUS」の“バナナキング”の収録が始まりました。参加したのは、この日の主役の沢登正朗を始め、藤田俊哉、藤本淳吾、岩本輝雄、ラモス瑠偉の5名、そして中山雅史(盛り上げ要員!)&小倉隆史。この日は、結局岩本テルが一番の成績でした(多分、今週放送されるでしょう・・・)。

この後、売店に走り、メモリアルグッズを見ようと思いましたが、こちらも行列。やっともぐり込んで、プログラムとペナントを買いました。ここまでで、清水入りから早くも約3時間が経過・・・。

ここで、やっと出場選手が一人ひとり場内アナウンスで紹介されながら登場して、アップに入りました。「エスパルスオールスターズ」は、エスパルスの現役コーチ、田坂和昭が自らコーンまでセットして、指示を与えて練習をさせていました。

名波浩は、家族に不幸があった(?)とかで、欠場とのアナウンスがありました。

そして、いよいよ13時5分「エスパルスオールスターズ対JAPANオールスターズ」のキックオフ。

先発メンバーは以下の通りです。サブのメンバーは、後半にはみんな登場しました。

「エスパルスオールスターズ」

<GK>
シジマール
<DF>
市川大祐
堀池巧(*)
高木和道
平岡直起
<MF>
沢登正朗
大榎克己
伊東輝悦
藤本淳吾
<FW>
長谷川健太(*)
安永聡太郎

<サブ>
真田雅則、向島健、三渡洲アデミール、内藤直樹、永井秀樹、田坂和明、安藤正裕、興津大三、森岡隆三、平松康平、高木純平

「JAPANオールスターズ」

<GK>
下川健一
<DF>
三浦泰年
柱谷哲二(*)
小村徳男
都並敏史
<MF>
北沢豪
山口素弘
礒貝洋光
三浦知良(*)
<FW>
城彰二
小倉隆史

<サブ>
川口能活、ラモス瑠偉(*)、武田修宏(*)、中山雅史(*)、相馬直樹、藤田俊哉、岩本輝雄

<注>
「*」は、1993年10月28日のあの試合に出場していて、今回参加した7名の選手です。

城彰二&小倉隆史は、“幻の”「1996年アトランタ五輪」の2トップでしたネ。

さて、私にとってこの日の喜びは、礒貝洋光&三渡洲アデミールと「清水(東)三羽烏」を観れたことでしょうか・・・。

礒貝(腹はボテボテで、そこらの恐いオッさんのようでしたが・・・)は、前半開始すぐ(だったと思うが・・・)に左サイドからキレイなセンタリングを上げ、かつての才能の片鱗をうかがわせましたが、前半途中で自ら「ダメサイン」を出して引っ込んでしまいました。一方のサントスは、左足の細かいステップが懐かしかったです。

堀池や大榎は、現役当時のスタイルそのままのプレー振りでした。長谷川監督は、ちょっと太目の体格のため思ったようなプレーが・・・でした(爆)。

さて、肝心の主役、沢登は随所で好プレーを魅せてくれました。後半は「JAPANAオールスターズ」でプレイしましたが、エスパルスのゴール前でのFKのチャンスに、平松からオレンジのユニフォームを譲り受け、ゴールを狙いました。デニス・ベルカンプの引退試合の時と違って、沢登がゴールを決めてくれてちょっとホッとしました(笑)。

私の記憶に残る、1993年5月7日、対UAE戦(1994年W杯アジア地区1次予選)の沢登のゴールについて、プログラムに記述がありました。「試合前に祖父が亡くなり、帰国するかどうか悩んだ末に、(試合会場のUAEに)残って先発出場した試合。先制されたものの、自分の同点弾でワールドカップ一次予選突破が決まった。」って。

ちなみに、沢登のメモリアルゴールの第一位は、1999年12月11日、Jリーグチャンピオンシップ第2戦の対ジュビロ磐田戦のゴール。「一生の思い出に残るFKからのゴール」だそうです。UAE戦のゴールは、第六位でした。

しかし、この日一番サポーターの声援が多かったのは、残念ながら「ミスターエスパルス」沢登の勇姿(プレー)に対してではありませんでした。

清水の高校で活躍したとはいえ、沢登(富士宮市)を始めとして、小野伸二(沼津市)、高原直泰(三島市)、川口能活(富士市)、武田修宏(浜松市)らは、清水の出身ではありません。

それが原因かどうかは全くわかりませんが、やはり「エスパルスのアイドル」は、漫画「ちびまる子ちゃん」にも「ケンタ」のキャラクターで登場する、清水出身の長谷川健太のようでした。スタンドのサポーターからは、「今日は誰の引退試合だぁ~???」の声も上がっていました(笑)。

ラモス、柱谷、カズらの年長者たちやエスパルスの若手たち(後半は沢登への当たり、タックルはほとんどなし?)は、そのプレーでこの日の「花相撲」的イベントを盛り上げていましたが、都並(だけ?)は本気(マジ)で沢登や長谷川にスライディング・タックルをブチかましていました。

本当にわざわざ観に来て良かったなぁ~と感じられる、楽しい試合でした。メンバーも豪華でしたし、17,383人の観客みんながそう思ったと思います! 天気も見事に持ってくれましたし・・・ネ(爆)。

清水出身で、湘南ベルマーレにレンタル移籍した斉藤俊秀はなぜ呼ばれなかったんだろう? 出場予定メンバーに入っていた、沢登の高校・大学の後輩、服部年宏も欠場でしたネ。

こちらは、清水エスパルスの公式サイトに掲載されたこの試合の「写真、選手のコメント」、「試合速報」、「試合経過レポート」です。

<引退試合について> Jリーグ規約-第4章競技-第4節非公式試合-第72条〔引退試合〕に

「引退試合は,公式試合および天皇杯全日本サッカー選手権大会において通算500試合以上の出場実績を達成した選手、またはJリーグで活躍し、Jリーグの発展に著しく貢献した選手を対象として開催する。」

と定められているそうです。

2007年までに、この規定が適用された選手は次の6名。
木村和司 (1995年)
ラモス瑠偉 (1999年)
福田正博 (2003年) 
北澤豪 (2003年)
井原正巳 (2004年)
沢登正朗 (2007年)

写真(↑)は上から、①この日配られたチラシ、②静岡新聞「速報」より試合前の集合写真、③CDジャケットサイズのこの日のマッチデープログラム(200円)。


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登録日:2007年 01月 24日 23:30:04

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ロベルト・アベリーノ
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私は、「CROSPO」メンバーです。
  
サッカーに関するモノなら、何でも集めている元サッカー小僧です。

日本代表初キャップ(聖地・国立競技場のデビュー!ただし、観戦ですが…)は、1970年5月の対サウサンプトン戦。

ちなみに、文章を書いてお金をもらったことなど一度もない、素人のただの「ミーハー」サッカー・ファンです。

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